014 失敗しちゃった?
振り返るとそこには、耳の尖った女性がいたのだ。
「ぐえー、ぐえー!」
エルフ!? どうしてこんなところに?
いや、善人か悪人か?
俺の判断は揺れているため鳴き声で威嚇する。
判断が割れるもの仕方がない。エルフと思われる女性は仮面で目元を隠しているし、山登りには似つかわしくないパーティードレスのような薄い紫色の服を着ているのだから。
「忠臣ね。心配しないでいいわ。あなたたちに危害を加えるつもりはないから」
それだけ言うとこちらへ近づいて来る。
前に立ちふさがる俺を意に介さずにキッテの横にしゃがみ込み、うつ伏せだったらキッテを空を仰ぐように仰向けにする。
そして内科医がそうするように触診をしたり口を開けて中を見たりと、キッテの病状を見てくれる。
「ぐえぇ」
キッテは大丈夫なのか?
「なるほどね……。これなら遠くないうちに……」
「ぐええ」
なあ、どうなんだ?
「騒がない。うるさくするとこの子に負担がかかるわよ」
すみません。
「それでいいわ。あなたいい子ね」
おじさんに向かっていい子って言われてもなぁ。
「遺伝形質って分かるかしら。簡単に言うと親から受け継がれる特徴ね。その特徴だけど、稀に何世代も前の親のものが現れることがあるの。隔世遺伝って言うんだけど、この子はどうやらご先祖様の特徴を引き継いでいるみたいね。
普通の人よりも大きな魔力を体内に有しているけど、それを制御するための機能が普通の人よりも劣っている状態。だからうまく体を動かせないし、すぐへばってしまう。でも、大人になるまでには治ると思うわ。あなたはしっかりと一緒にいて上げてね」
お、おう。分かった。一緒にいる。
原因は分かったけど、キッテはすぐに元気になるのか?
「その木の実をこの子に食べさせてあげなさい。ちゃんと口ですりつぶしてからあげるのよ?」
はい?
「ほら、あーんして。口の中でもぐもぐして、ちゃんと消化に良いようにすりつぶして口移しでね。こぼさないように」
な、なんですとー!?
確かにキッテは意識が無くって、そのままじゃ実を食べれないからって、俺が口の中で飲み込みやすくしたものを、間接キッスならぬ直接キッスでキッテの口の中に送り込めって!?
ダメ! ダメ!
今の俺はキッテのペット扱いで、犬や猫と大差ない存在だけど、キッテの了解も無しに唇を奪うのは大人として許されない! 言い換えればミックスジュースを作るジューサーの役割をするだけだけど、やっぱり倫理的にアウトだよ!
ぐえーぐえーと抗議する。
「あら、私じゃ駄目よ。あなたがやらないと効果は出ない。この子にとってはあなたがキーなんだから」
そうは言うがなぁ。
「ほら、黙ってたらバレないわよ」
「ぐえぇぇぇ!」
そういう問題じゃない!
「しかたないわね……」
猛烈抗議の甲斐あって、無茶を言う長耳女性はしぶしぶ折れてくれた。
「じゃあ力技でいくからね。文句は言わないでよね」
そう言うと俺はガシっと首根っこを掴まれて、寝ているキッテのおなかの上にくっつけられて、背中を手で押されて、キッテのおなかと長耳女性の手とでサンドイッチにされてしまう。
いったい何を、と思っていると――
ぎゃわわわわわわわわわわわわわわわわ!
激しい痛みが体を襲った。
なんだよこれ、これが力技!? そうだ、キッテは大丈夫なのか!?
「動かないで! 痛みがあるのはあなただけ。その子には何の痛みも無いわ」
それならいいんだけど……
キッテのためだとしばらく痛みに耐えていると。
「3、2、1、終わり。さあこれでしばらくは大丈夫よ」
背中の支えを失った俺はボテンと地面に転がり落ちる。
痛みと共に何かが抜かれていった感じがして、まったく力が入らないのだ。
なんとか顔を上げてキッテの表情を見ると、先ほどまでつらそうに息を荒らげていた様子がうそのように、安静な表情を浮かべていた。
よかった。キッテ……。
あんた、ありがとう!
あれ?
振り返ってお礼を言ってみたものの、長耳女性の姿はどこにもなかった。
「ぐえ?」
まさか幽霊的なやつー!?
「う、ううん……」
キッテ! 大丈夫か? しんどくないか? 痛い所はないか?
「おはよう、ぐえちゃん!」
はぁぁぁ、よかった。
元気な笑顔を見せてくれたキッテに俺は心底安心した。
長耳幽霊さん、ありがとうな。きっとファンタジー的な何かで助けてくれたんだろ。ありがとう。
そうして元気になったキッテと俺は村に戻って男児たちに実を渡した。
男児たちはうめー、とか甘いー、とか言いながらその実を味わっているところだ。
「いよーし、今日からお前も仲間だ。えーっと、名前なんだっけ」
「きーてぃあな!」
「言いにくいから、キーな!」
キーよりもキッテがいい、というキッテの提案に対して男児たちは断固としてキー案を譲らず……だんだんとキッテも別にいいかってなって思ったようで、その後、自己紹介が行われていた。
「ねね、甘いの食べたらさ、辛いの食べたくならない?」
キッテがにっこりと笑って男児たちにそう提案した。
「何か持ってるのか、キー?」
「じゃじゃーん! ルスガの実」
と、取り出したのは握りこぶし大の実。茶色の殻のようなものに覆われている。
どこから取り出したんだ、と思わなくもないが、いつの間にかワンピーススカートのポケットが膨れていたような気もする。
「なんだ、硬くて食えないやつじゃんか」
「ふふーん。ちょっと見ててね」
そう言うと、キッテは土に穴を掘って行く。
柔らかい土にキッテの肘くらいまでの深さを掘ったら、穴の周囲をギュッギュと押して固めて、その穴の中に先ほどのルスガの実を入れると――
「この中にナズ菜の葉っぱを入れて、そして仕上げに持ってきた魔法の粉をいれまーす」
そして穴に土をいれて埋め戻そうとしたところで
「そうだ、これを入れてみよっと」
何か固形物を追加して、土を埋め戻す。
「ちょっと離れててね」
キッテの指示に男児たちは従って。
――ぼむっ
「わーっ! すげーっ!」
くぐもった爆発音とともに何かが空へと打ち上げられた。
それはぱーっと拡散して、まるで粉雪のようにゆっくりと降って来る。
空中にいる特権で俺はそれを子供たちよりも先に小さな手のひらで受け止めてみる。
その正体はポップコーンのようなものだった。
「めしあがれ!」
男児たちはゆっくりと落下してくるポップコーンを地面に落とすまいと必死に集めて、そして、口の中に入れた。
「す、すっぱーい!」
「あ、あれ? 失敗しちゃった?」
◆◆◆
「いやー、せっかくだから美味しい味付けがいいかなって思ってさ、あれは大失敗だったね」
まったくだ。男児たちはひどい顔してたぞ。
あの頃からキッテはオリジナルレシピを求める傾向があったな。
「立派な錬金術師になるためだもの。勉強はかかせないよ」
ああ。キッテがすごく頑張ってるのは知ってるぞ。
それに、なんたって――
「明日はアトリエ認可試験だからね!」
お読みいただきありがとうございます。
ここで第2話は終わりとなります。
キッテとの出会いはいかがだったでしょうか。ほぼほぼ過去編となってしまいましたが、大切なお話でした。
次話より現在編(笑)が始まります!
引き続き応援よろしくお願いします。
ブクマ、感想、レビューをお待ちしております。
感想は、好き、良い、などの2文字より募集中!
応援は、この下の☆ ☆ ☆ ☆ ☆を★ ★ ★ ★ ★に変えて
頂ければ完了です!
それでは引き続き、キッテのアトリエをご覧ください!




