013 分かってしまったか
「ぐええ」
なんというのどかな田舎の風景。
畑が広がっていて、ぽつぽつとこじんまりとした家が建っている。
どうやらキッテの家はこんもりとした丘の上に建っているようで、この規模の農村では豪邸の部類で間違いはなかった。
そんな周囲の様子に感動する俺をよそに、キッテは道を駆けて行く。
おっと待つんだキッテ! 今日の俺は保護者なんだ。キッテにもしもの事があってはいけないからな。
そう思って必死に追いつこうとするが、先ほど見せつけられた速度の差は健在。差が縮まるどころか徐々に開いていく。
このままではいけないと思い、背中の羽に力を入れる。
これをこう全力で羽ばたかせれば! と思ったものの俺の翼はパタパタとはためくばかり。飛ぶ速度はみじんも変わらない。
引き離されていく俺とキッテだったが、そんなにしないうちにキッテは足を止めた。
そこは休耕地となっていて、子供たちが遊んでいる場所。
「ねえ! 一緒に遊ぼ!」
「なんだおまえ? 見たことないやつだな」
キッテは臆することなく、遊んでいた数人の男児に声をかけていた。
「私、きーてぃあな、っていうの。あなたは?」
「俺は、ターケ、って、つい返事しちまったけど、新入りはあそこの木の実を取って来る決まりなんだ。ちゃんと取ってきたら仲間に入れてやるよ」
「木の実?」
「そうだ。ほら、あそこに大きな木が見えるだろ? あそこだ」
男児の指差す方向。山の中腹に一本だけ突き出た巨大な木がそびえ立っている場所があった。
「ちょ、ちょっとターケちゃん」
「なんだよ」
男児たちがコソコソ話を始める。
だけど残念ながらドラゴンイヤーを持つ俺には、内容がまる聞こえなので申し訳ない。
「あそこは行ったらダメって言われてる場所だよ。怒られちゃうよ」
「ゲンは食べたくないってのか? 大丈夫だって、俺達が行くわけじゃないんだからよ」
「食べたいけどさぁ……」
「ねえ、私にも聞かせてよ」
一人ほっぽり出されていたキッテが内緒話の中に入って行こうとする。
「だめだ。お前はまだ仲間じゃないからな。仲間になりたかったら早く実を取って来るんだな」
「分かった!」
分かってしまったか……。
山の中に入る必要があるけど、ここからでも見えている場所だ。そんなにたどり着くのは難しくないだろう。
行ったらダメと言われている場所だっていうのが気がかりだけど……。
「ぐえー、ぐえー」
なあキッテ、危ないかもしれないからさ、別の事に変えてもらわないか?
「ぐえちゃんも応援してくれるんだね! わたし、がんばるよ!」
もちろん通じないし、逆の意味で捉えられてしまった。
そして非力な俺では幼児のキッテですら力づくで止めることも出来ない。
服を引っ張ってみたけど、宙に浮いてる俺はそのまま引きずられていく始末。
行先を塞ぐように正面に周ってみたら、がしっとキッテに手で掴み上げられて抱っこされて。
そしてキッテは俺をホールドしたまま走り出してしまった。
もはやなるようにしかならない。
大きな木を目指して一直線。森の中へと入るキッテと俺。
「ぐえちゃん、ニースの花だよ! きれいだね!」
ユリに似た白い花が自生していた。この花は庭には咲いてなかったな。
「あ、ぐえちゃん見て見て、きれいなちょうちょ!」
森の様子に大興奮のキッテ。無理もない。今までずっと部屋の中で過ごしてきたっていうんだから。
「あそこ、ラビラビがいるよ!」
感慨にふける俺の耳に聞き慣れない単語が入ってきた。
キッテの指差す方向を見ると、まるでウサギのような生物がいた。大きさ、可愛さは地球のウサギと大差ない。
だけど、異世界のウサギっていうのは大概人間の首を狙って来る凶悪な生き物なんだ。オレシッテル!
「ぐ、ぐえぇ」
小さな鳴き声でキッテに警戒を促す。
「らびらびーっ!」
だってのに、キッテは小さくて可愛い凶悪な生き物に向かって大声を上げながら駆けだしてしまったのだ。
結果として俺の思いは杞憂だった。
キッテに気づいたラビラビなる生き物は、タタタッと脱兎のごとく逃げてしまったのだ。
残念そうなキッテだったが、俺はほっと胸をなでおろしたのは言うまでもない。
そんなこんなで見るもの全てに大はしゃぎのキッテだったが、俺達はようやく目的地らしき場所にたどり着いた。
生える木々の枝葉の隙間から、圧倒的な存在感を示す巨大な木の姿がチラ見えしているのだ。
この先に進めばあの巨大樹がある。だけど目の前には、なにやら左右二対の人工の石物が置かれているのだ。
まるで行く手を阻むかのように、植物のつるで編まれたであろうロープのようなものが張られている。日本で言うしめ縄のようなものにも見える。
そうだとしたらここは神域で、あの大木はご神木で、入ったら怒られる、というのがそれが理由なんではないかという推測が立つ。
「うんしょ!」
掛け声一番。止める間もなく、キッテはつるのロープをくぐって中に入ってしまった。
ま、まあ、実害は無いと信じたい。
敷地の中に入ったキッテだったが、ニ、三歩進んだところで、ふと振り向いて首を傾げた。
俺も後を追って中に入ったのだが、何か一瞬だけ違和感を覚えた。どんな違和感なのかとかは一瞬だったので分からない。
俺もきょろきょろとしてみるが、辺りに何も変わった所は無い。
あっ、キッテ!
その間に、キッテは先に駆けて行ってしまった。
急いで後を追う俺。
森はふと終わりを告げる。
進んだ先は開けた場所。突き出した崖の先端と言ったら分かりやすいか。
青い空と雄大な農村の風景が広がっている。
その中央に鎮座するのは大きな木。
ここが下から見えていた場所で間違いない。
「ぐえちゃん、大きな木だね!」
うん。すごいな。樹齢1000年とかあるのかな。キッテが両手を広げて手をつないでぐるっと一周するなら30人くらいは必要だな。
「木の実は……あそこ! ぐえちゃん、お願い、とってきて」
キッテの背ではとても届かない高さの場所に金色に輝く実がいくつかなっていた。梨のように見える実だ。
がんばれ、がんばれー、というキッテの声援を下に、おれはゆっくりと高度を上げて行く。
だけど、どうやら俺の浮遊できる高度には限界があるようで、あと少し、というところでこれ以上は上に上がらなくなってしまう。
俺は小さく短い手を必死に伸ばす。
ぐぎぎぎぎ。
手がもげるかと思うほど伸ばしてようやく実に手が届き、しっかりとつかんだ所で体重をかけて、ぶちっと枝からもぎ取る。
よし! 採れた! キッテ、採れたぞ!
とそこで、先ほどまで聞こえていたキッテの声が聞こえないことに気づいた。
キッテ!?
俺の心臓がドクンと脈打った。
眼下にキッテが地面に倒れこんでいる姿があったからだ。
俺は急降下してキッテの元に駆けつける。
「はぁ、はぁ、はぁ」
うつ伏せになったキッテは粗い呼吸をしている。
汗もかいており、顔も赤くなっていて、おでこに手を当ててみるとかなり熱かった。
元々体が強くないと聞かされてはいた。
だけど俺がキッテに会ってからは全くそんな様子は無かったのだ。
どうすればいい!?
これがただ体力が尽きて電池が切れたように大人しくなってしまった状態なら安静にしておけばいいのだが、何らかの病気が発症しているのなら放置しているとまずい。
どちらにせよキッテは苦しんでいるので何とか助けてあげたいが、子竜の俺にはオロオロと周りを飛び回ることしかできないのだ。
急いで誰かを呼んで来るか?
でもキッテをこのまま一人にしておくわけにもいかない。これまで見ていないだけで凶暴な獣が生息しているかもしれない。
ああ、どうしたら!!
「へぇ、なるほどね。これが当代の子ってわけ」
ふと後ろから声が聞こえた。
お読みいただきありがとうございます。
キッテが大ピンチ!
次回、第2話のラストとなります。




