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その後、私はブローシアと合流。
ブローシアの私物に同化して身を隠し、一足先に帝宮へ戻って来た。
不在の間は、私は風邪を引いて寝込んでいると誤魔化してくれていたらしく、私は数日ほど部屋に引きこもった。
そしてさらに二週間たった今日、私はいつもより明るい色のドレスを着て大広間にいた。
なぜなら、クロード様達の凱旋を祝うパーティーだからだ。
そう、凱旋。
クロード様達は無事にエッセやツヴァイエの軍を追い払ったのだ。
父である皇帝陛下の前には、軍の総指揮官だった将軍達のすぐ後ろに、クロード様を含む騎士隊長達が並んでいる。
すでに昼のうちに、褒美の授与などは行われていたので、今は改めてのねぎらいの言葉だけをかけられている。
それも終わると、広間の端にいた楽団が音楽を奏で始めた。
ダンスの始まりだ。
皇帝陛下は、今は伴侶がいないのもあって、設えられた緋色の天鵞絨張りの椅子に座ったまま。代わりに兄皇子達が婚約している令嬢や、将軍達に娘がいれば、その人を誘って広間の中央へ進む。
姉皇女は、本来なら将軍の一人と踊るはずだった。
もちろん私もだ。
本当はクロード様と踊りたいけれど、序列的な問題なのでそこは仕方ないこと。
そう思って、皇帝陛下とそう変わらない年の将軍の方に進み出ようと思ったし、クロード様達も別な令嬢を誘って踊るとばかり思っていたのだけど。
私の前を横切って、姉皇女がクロード様の前へ進み出てしまった。
「え……?」
思わずその姿を凝視してしまう。
姉皇女は堂々とクロード様に手を差し出し、彼に誘えと視線でうながす。
(まさか……後からそういうことになったのかしら)
エゼリンが聞いていた打ち合わせ内容だと、姉皇女も将軍の一人と踊ることになっていた。なのに、姉皇女がいつものように我がままを言って変更をさせたのだろうか。
胸がつきりと痛む。
でも、自分にはどうしようもない。
後ろ盾の弱い皇女で、母のことはどうかわからないが、父皇帝は自分のことなどあまり関心を持っていないのだ。何かをねだっても無視をされて以来、期待してはいけないとわかっている。
だから粛々と、決められた通りの相手の前へ行こうとしたのだが。
「おや、アルシオーネ皇女殿下のお相手は私ですぞ」
私が踊るはずだった中年の将軍が、そう言いだした。
「え? うそ、だって私、たしかにクロード・エウス隊長とってお願いをしたのよ」
姉皇女が不愉快そうな表情をみせる。やはり踊る相手を変えてと依頼したようだ。
すると当初は姉と踊るはずだった高齢の将軍が笑いながら間に入る。
「何か勘違いが生じたのでしょうな。私の腰の調子が悪くなりましてな、別な方に変更をと申し出たせいで、皇女殿下に混乱をさせてしまったようですな。なので、尊き身である皇女殿下の相手は、こちらの伯爵位をお持ちの将軍にお任せしたのですよ」
高齢の将軍が、私と踊るはずだった中年の将軍の肩を叩く。
「さぁ、どうぞ。アルシオーネ皇女殿下の華麗な舞を、私はここで拝見させていただきとうございます。ようございますよね、皇帝陛下」
高齢の将軍が振り仰ぐと、父皇帝が静かにうなずいた。
皇帝陛下にまでその通りにせよと促され、さすがの姉皇女も反論できなくなったようだ。
不承不承ながらも、中年の将軍の手をとった。
それから高齢の将軍が言う。
「そしてエゼリン皇女殿下には、すみませんが男爵位を持っているこのクロード隊長のお相手をお頼みします」
「え、あ、はい」
驚くことに、順番が繰り下げられたことで、私の相手はクロード様になったようだ。
クロード様の方はこうなることをわかっていたようで、穏やかな表情で私に一礼し、手を差し伸べてくる。
「エゼリン皇女殿下、お相手を務めさせていただきます」
私はぼんやりとしたまま自分の手を伸ばしながら思う。
本当に、こんな夢みたいなことがあっていいのだろうか。
けれど私の手は握られ、人らしい温かさと、男性の手だとわかる大きさに緊張して、わずかに肩が跳ねる。
だから現実だと思うのに、広間の中央に進み出てクロード様と手を取り合い、彼を見上げると、天井のシャンデリアの輝きに彩られた彼の姿が、やっぱり夢の中の光景のように見えたのだが。
「フン!」
その横を通り過ぎながら、憎々し気な目を向けてきた姉皇女に気づいて、私は我に返る。
ああ、これは現実だ。
誰からともなく、踊り出す。
私もクロード様に手を引かれるまま、足を動かし始めた。
そして踊りながら、クロード様にささやかれる。
「あらためて、戦場でのことについてお礼申し上げます、エゼリン皇女殿下。おかげでずいぶんと助かりました」
「い、いいえ。私ほとんどお役に立ってないかと……」
クロード様がほぼ無傷なのは、確かにエゼリンが念動術で補助したおかげかもしれない。けれどクロード様の強さならば、別にそんな補助がなくても大丈夫だった可能性が高い。
結局クロード様は自力でツヴァイエの魔法隊を倒してしまったのだし。
だから私はあまり役には立っていない。邪魔にはならなかっただけだ。
「あなたのおかげで、うちの隊の者は守られました」
自分を狙う剣や槍をそらせば、自然と隙が生まれ、周囲にいた隊員達が敵を倒しやすくなったり、逃げやすくなったりはしていたのだ、とクロード様が語る。
「おかげでうちの隊は、負傷者が数名出ただけで済みました」
クロード様は、隊員達が無事だったことが嬉しいのだろう。微笑みを見せてくれた。
私の頬は自然と緩む。
「しかしあなたは、いつもあんな危険なことをしているのか?」
クロード様がまゆをひそめながら言う。
「戦場は初めてですよ?」
「……それにしては、妙に手馴れていた。普通の女性なら、戦いに巻き込まれた時点で悲鳴を上げて気を失うだろう。その点、君は矢にも剣にも対応する冷静さを保っていた。正直すごいと思っている」
クロード様に褒められ、私は思わず頬がゆるむ。
「あの、兄の仕事をひっそりと手伝っているせいです、きっと」
だから慣れであって、そんなにすごいことではないと言ったら、クロード様の表情が心なしか怖くなる。
私は慌てて、心配ないことを主張した。
「あの、普段はずっと安全なことをしているんです。他国の方が来た時に、話をこっそり聞いてほしいと頼まれて、お茶のカップに同化してちょっとの間とどまったりとか、その程度で……」
「カップが割れたらどうするんですか」
「お客様として来た方が、そんな無作法はなさいませんよ。でもご心配なら、今度はお盆にしてもらいますから」
頑丈な金属製の盆なら、投げても少し曲がるだけで済む。
でもクロード様は納得してくれない。
「それでも危険だ。そもそもあなたは皇女で、軍に所属しているわけでも、訓練を受けてるわけでもないだろう」
「危なくなったらテーブルか何かに同化いたしますし」
「しかし術を破れる魔法使いが敵にいたら?」
「それは……」
だんだん追い込まれながら、私は不安になる。
一番上の兄は、比較的私に優しく、配慮してくれる人なのだ。それも私が仕事を手伝っているからだと思うのだけど、それが無くなったら……他の兄みたいに冷たくなってしまうのではないかしら。
少しでも味方と思える人間のいない帝宮は、針の筵なのだ。姉皇女だって、後でクロード様と踊ったことで怒って、いじめてくるかもしれない。そんな時にも、兄という後ろ盾はなるべく失いたくないのだけど。
困ってしまってうつむきがちになる私に、クロード様は言う。
「俺がなんとかする」
なんとかする?
クロード様がそう言った時、ダンスが終わった。
意味を聞こうと思ったけれど、それ以上続けて話すと変に目立ったり、姉皇女の怒りをあおりそうでできない。
なので黙って離れたのだけど……。
私は一週間後、父皇帝にとんでもない話を聞かされて驚愕することになる。
まさか前回と今回の戦での褒美として、クロード様が私との結婚を願い出るだなんて思いもしなかったんです!
そして後ろ盾のない私の処遇について困っていた父皇帝も、乗り気だったらしく。話はすぐにまとまってしまったらしい。
身分はそれほど高いわけではないものの、英雄という称号を持つ相手なら、皇女を嫁がせても問題ないだろう……むしろ私とならつり合いがとれると思ったようだ。
そして再会したクロード様は、「これで君は危険なことを手伝わなくてもいいだろう」と非常に満足した表情をしていたのだった。
これで終わりとなります。お読みいただきありがとうございます。