甘党神官モニカ
「レン君……?」
「はい」
「ば、罰ゲームの内容は……?」
「散歩」
私とレン君しか知らないはずの罰ゲーム。
考えるような素振りもなく、即答。
間違いない、レン君本人だ。
「レン君だ……でも」
この体つきはどこからどう見ても女性。
私の知っている『レン君』は女性じゃない。
「……レンちゃん?」
「いえ、レン君です」
良かったレン君か、じゃなくて!
「レン君、どうしちゃったの?」
「……まぁ立ち話もなんですから、どうぞ座ってください」
「うん……」
促されるままにテーブルにつく。
向かい側の席にモニカが座った。
「紅茶でも淹れますね」
「あ、うん。ありがと」
「では……」
レン君は部屋の奥へ進み、紅茶の準備を始めた。
「……」
静まり返った部屋に
カチャカチャと食器の音だけが響く。
「……」
「……」
何処と無く気まずい空気。
「えっと……」
「……」
「……」
会話を切ってしまったのは失敗だった。
色々と聞きたいことはあるのに上手く話しかけられない。
台所に立っているレン君が、別の誰かのように思えてしまう。
「はぁ……」
普段なら、「紅茶なんてあったの。お洒落ね」
なんて、気軽に話しかけているところなのに。
今はどうにも、あの後姿へ声をかけるのが躊躇われる。
「……」
「ラズ、あたしハチミツたっぷりな!」
ただ時間が過ぎるのをじっと待っていた私の耳に
モニカの普段と変わらない陽気な声が聞こえた。
「蜂蜜か……無いな」
「採ってきて」
蜂蜜は無いと答えたレン君に対して、今から採取してこいと
どこかの身勝手な女王みたいな要求をするモニカ。
「はい今すぐ採って……こねえよボケ」
「えー、じゃあもーそのままでいいから早くしろよ」
「よし、モニ公は水でいいな」
「あたしが悪かった。ゴメンナサイ」
モニカがペコリと頭を下げる。
凄い変わり身の早さだった。
意味が分からないけど、我が儘な振る舞いが目に余る。
軽く注意だけはしておこう。
「ちょっとモニ……」
「ハハッ、なんだお前」
「あ……」
台所からレン君の小さな笑い声が聞こえてきて
思わず声が漏れる。
「砂糖が少しだけあるから、それで我慢しろよ」
我慢しろよと言いながらモニカを一瞥したレン君。
口元が緩んでいた。笑っている。
「ヒュー! ラズサイコー!」
指笛を鳴らして喜びを露わにするモニカ。
大袈裟ともとれる言動が滑稽にみえる。
「うるせえパツキン」
「てぃひ!」
怒られた。
ピーピー鳴らしすぎだ。
「あぁ……」
でも良かった。
レン君が笑ってくれたおかげで
部屋の空気が一気に軽くなった気がする。
「……ふふ」
モニカのおふざけもたまには役に立つのね。
偶然だろうけど助かったわ。
「ふぅー……」
「ん?」
モニカが一仕事終えたような表情で
軽くため息をついた。
「あ? なんだ、あたしの顔になんかついてるか?」
「ううん、なんでもない」
もしかしてさっきのは、わざと?
━━━━━
「……ちょっと昔の話をしますね」
鍋を火にかけているレン君が、
背を向けたままポツリと言った。
「うん、して」
おそらくレン君の姿に関係する話なのだろう。
聞き漏らさないようにしよう。
「昔、魔王様の下で働いてた頃の話なんですがね」
「うん。どんなことしてたの?」
「……まぁ雑用みたいなもんですよ。直属だったんで魔王様から直々に命を受けて」
「え?」
今、レン君が気になることを言った。
直属ということはジェードの近くに居た可能性が高い。
「……」
私、レン君見たことないんだけど。
「サタン様?」
「あ、ごめんなさい。続きを」
聞く機会はいくらでもある。
非常に気にはなるけど、話の腰を折るのはやめておこう。
「……ある仕事で、味方の魔術師共の拠点にカチコミまして」
「おいラズちょい待て。味方ってどういうことだ」
すかさずモニカが口を挟んだ。
私もさすがに今の発言は放っておけない。
「味方の拠点、ってどういうこと?」
「ああ、すみません。味方っていっても、その時はもうそいつら半分敵みたいなものでして」
「……?」
言っている意味がよくわからない。
「命令を無視して勝手に他種族を襲ったり、無意味に虐殺行為を働いたり」
「……」
「とにかく信用ならない奴らでして、そろそろ反乱でも起こすんじゃないかって」
「ああ、なるほど」
半分敵とはそういう意味か。
無茶苦茶な集団だったと。
でもそれって雑用がやるような仕事?
何か違うような。
「とりあえず調査のために行ったんですが、案の定でしたね」
「案の上……」
「いきなり襲撃されました。会った途端に魔法の雨霰ですよ」
「ど、どうなったの?」
今ここにレン君が居るということは
やられたわけじゃないっていうのははっきりしてるけど、
「反逆の意思ありってことで皆殺しにしました。その権限は頂いてます」
レン君は背を向けたまま、
まるでありふれた日常でも語るかのように淡々と言った。
「ラズ、お前なにもんだよ」
「大した役回りじゃねーって。今言ったような仕事ばっかり」
「いや、そういう意味じゃ……」
モニカが軽く引いている。
「権限だけはそこそこあったから、相手からしてみれば中ボスって感じか? 実際はただの雑用だけどな。ハハッ」
「……」
「まぁ完全な裏方仕事だよっと……ほっ」
爪先立ちになり、頭上に手を伸ばすレン君。
天井から吊り下げられた編み籠を掴みたいようだ。
「よっ……おりゃ……せいっ」
レン君は長い髪を揺らしながら必死に手を伸ばす。
が、健闘空しく、指先が編み籠の底を掠めるだけ。
編み籠が振り子のようにレン君から逃げ回る。
「チッ……モニカ、椅子貸してくれ」
「銀貨2枚」
お金をとるのか。
というかその椅子はモニカの私物じゃない。
「お前やっぱ水な」
「うそうそ! どけ、あたしが取ってやる」
「お前の方が背低いだろうが。いいから椅子貸せ」
仲良さげに椅子を取り合う光景が少し羨ましい。
知り合って間もないのに、どうしてあんなに和気藹々と。
もしかして相性が良いのだろうか。
「で、そいつら始末したのはいいんですけど」
椅子に上ったレン君が
編み籠の中を探りながら呟いた。
「何かあったの?」
「拠点の奥の小部屋に入った時、突然変な靄みたいなのに包まれて」
「靄?」
「靄というか霧というか……上手く説明できませんけど、おそらくそれが原因ではないかと」
レン君の姿が変わった原因が謎の靄、か。
なんだろう……って、
「でもレン君今朝までは……えっと、普通……の身体だったわよね?」
男とか女とか、直接的なワードは避けておこう。
もしかしたらレン君はその事を気にしているかもしれない。
「あぁいいですよ、気を遣っていただかなくても」
「え?」
「性別についてですよね。これまでは結構気にしてたんですけどもういいです」
「レン君……」
「現実を受け入れます。俺は今、女です」
なんと男らしい宣誓だろうか。
いや、今は女か。
「よっ! オカマ野郎!」
モニカの酷い合いの手が入った。
いくらなんでも酷すぎる。
「……俺も勇者にそれっぽいこと言ったし、別に、気にしねえよ……?」
絶対嘘だ、気にしてる。
なんかプルプル震えてるし。
っていうかそんな酷いことを勇者に言っちゃったのか。
勇者かわいそう。
「ごめんなさい話が逸れましたね。何の話でしたっけ?」
「今朝までは男だったよねって話」
「ああ、はい。今朝までは確かに男でした」
レン君は喋りながら編み籠から取り出した小袋を開けて
中身をティーポットに入れていく。
紅茶の葉っぱのようだ。
「そうよね、間違いないわ」
出会ってから今日まで、レン君は間違いなく男性だった。
さすがに見間違えたりはしない。声も全然違う。
「……さっき言った靄の直後はなんともなかったんです」
昔話の続きか。
現在のレン君の状況にどう繋がるのだろう。
「その日寝るまでは別にどうもなかったんですが……朝起きたら女になってました」
「へぇ……それは」
「焦りましたね。その日は一日中近くの山に隠れて1人で混乱してました」
「そりゃ驚くわよね、急に女になってたら」
朝起きていきなり別の身体になってたら、ビックリどころの騒ぎじゃない。
私だったらショックで気を失ってしまうかもしれない。
「その翌朝、山の中で目覚めたら男に戻ってました」
「ずっと山に居たのかよ」
モニカの鋭いつっこみが入った。
不謹慎だけど状況を想像すると少し可笑しい。
「で、それ以来不定期的に性別が変わってます」
「不定期的?」
「ええ、1日で戻ったり、何日もそのままだったり」
「ふむ……それが今日きたわけね。寝てる間に変わってるの?」
「起きてる間に突然変わったってことはないです」
「うーん……」
どういうことだろう。
寝ている間というのは抵抗力が低いのが理由な気がするけど、
「レン君」
「はい?」
「魔術師は全員倒したのよね?」
「はい。間違いなく」
靄の正体が魔法、という線は無いか。
魔法なら使用者が無力化した時に消えるはず。
私の魔力障壁みたいな例外もあるにはあるけど、
単独で作動するトラップみたいにできるほどお手軽なものじゃない。
魔法じゃないとすると……そうか。
「おまたせしました。どうぞ」
「あら」
目の前に紅茶の入ったカップが置かれた。
紅茶の良い香りが鼻をくすぐる。
「ありがとう。美味しそうね」
「サンキュー、ラズちゃん」
「どうも……で、何かわかりますかね?」
大丈夫よレン君、そんなに不安そうな顔をしないで。
まかせなさい。私、わかっちゃったから。
今その不安を取り除いてあげるわ。
「こほん」
さぁ耳を澄ませてよーく聞きなさい。
私が導き出した答えを!
「ふ、それはね……じゅ」
「待て、わかった。それは呪術だ」
口に出そうとした言葉を
そっくりそのままモニカに言われた。
「お、おお? なんだそれ。っていうかすげえなモニ公」
あれ、ちょっと待って?
先に言おうとしたのは私なんだけど?
「スゴイ? あたしスゴイ?」
「ああ凄い凄い。凄いからその呪術とやらを詳しく教えてくれよ」
私を置いたまま、なにやら2人で盛り上がり始めた。
「……」
今更「私が先に言おうとした」なんて横槍を入れる勇気は無い。
なんかモヤモヤするけど。
もういいや、紅茶でも飲んどこう。
「まぁそう慌てるでない。わかりやすく説明してやろう」
何したり顔で偉そうにしてんのよ。
おいしいところだけもっていって。
何が、でない、よ。
「頼むモニ公。いや、お願いしますモニカ先生」
「ふぉっふぉっふぉっ苦しゅうない。あ、おかわりを頼めるかね?」
誰よあんた。
さっきまでそんな口調じゃなかったでしょうが。
「砂糖たっぷりですね。残り少ないですけど全部ぶちこんじゃいますんで」
「早くしたまえよ~チミ~」
「承知」
泣きたい。
━━━━━
ちびちびと飲んでいた紅茶が無くなった頃合で
ちょうどモニカのしたり顔解説が終わった。
〆のセリフは『ふふん、どうかねあたしの名推理は』だった。
むかつく。
解説の内容は私が考えたものと大体同じ。
名推理という程の代物じゃない。
単純に、使用者の魔力に依存する『魔法』ではないのだから
単独で機能し、対象者に影響を及ぼす『呪術』だろう
というだけの話。
件の靄が自然発生したものという線はまず無い。
そんな現象見たことも聞いたこともないし、
持続性からみても人の手が加わっているとしか思えない。
魔術師集団がレン君に会う以前に生み出していたもの。
小部屋に入った時に、と言っていたから
おそらく、レン君が足を踏み入れた場所は実験部屋かなにか。
魔術師が生半可な知識で呪術に手を出して、
手に負えなくなったものだから放置していたんだろう。
レン君が言うには、『危険! 入ルベカラズ』
という注意書きが扉に貼ってあったとのこと。
何故入ったのか。
好奇心で逆に入ってみたくなった?
それはさておき、レン君が受けた呪術はたぶん『失敗作』だ。
作業工程を間違えたのか偶然そうなったのかは定かじゃないけど。
仮にレン君が受けたような呪術が『成功作』だとして
一体何ができるというの?
他人の性別を変えて楽しむ?
いやいや、結構な残虐集団だったみたいだから
それはないでしょう。
対象を死に至らしめるような呪術を作ろうとして
うっかり性転換に至らしめる呪術ができちゃった、ってところかな。
勝手な推測だけど、なんか間違ってない気がする。
「はぁ、呪術か……そんなのどうすりゃいいんだよ……」
レン君が肩を落として嘆く。
どうやらモニカの言葉だけでは不安は取り除けなかった様子。
さてさて、今度こそ私の出番ね。
「レン君、安心して」
「え?」
レン君の小さな顔がこちらを向く。
立ち上がってレン君の細い肩にそっと手を置いた。
以前よりだいぶ低い位置にあるので置きやすい。
「私が力を取り戻せばそんな呪術なんてちょちょいのちょいよ」
レン君の、私より少しだけ高い位置にある目を
しっかりと見つめながら告げる。
でまかせを言っているわけではない。
自慢ではないけれど、私の本来の力をもってすれば
出来損ないの呪術を解呪することなど、容易い案件。
言葉通り、ちょちょいのちょいだ。
「サ、サタン様……」
レン君が子狼のような目で私を見つめ返してくる。
本当は子犬と表現したいけど、子犬にしては怖すぎた。
「だから私達と一緒に頑張りましょう。ね?」
「はい、俺にもちゃんとした目的ができたわけですね」
「そういうことよ」
自分の意思とは関係なく、勇者パーティーに同行するはずだったレン君に
1つ、確固たる目的が出来た。
封印を解く旅を手伝って、私が取り戻した力で呪いを解く。
「運が良いわね、レン君」
「はい。サタン様と出会えて本当に良かったです」
「レン君……」
あ、なんかいい雰囲気。
これはもしかして。
「あれ? あたしは?」
砂糖を入れすぎて半固形物と化した紅茶を飲んでいたモニカ。
空気を読めないのか、暢気な顔で横から口を挟んできた。
良いムードなんだから邪魔しないでほしい。
「こほん、まぁ今日はこのくらいにしておきましょうか」
咳払いをして一旦気持ちを落ち着かせる。
横槍が入ったせいか、急に恥ずかしくなってしまった。
「そういえば結構いい時間になってますね」
「そうね。後は私とモニカで進めておくから、大船に乗ったつもりでいて」
「ありがとうございます。お願いします」
これからグリンヒルへ帰って、一山越えなければいけない。
大船とは言ってみたものの、実際は小さな船かもしれない。
でも、モニカは何が何でもレン君をパーティーに引き入れたいみたいだし
やるしかない。
私としても、レン君は近くに居て欲しい。
「明日はゆっくりしてていいわ。広間で待たなくてもいいから」
「はぁ、了解しました」
上手く事が進んでも進まなくても、
これまでとは違った形でこのダンジョンへ訪れることになる。
勇者誘導大作戦は中止。
「よろしい。まぁ明日中に顔を出すわ……ところで」
「はい?」
「紅茶、おかわりいいかしら?」
「承知」
ふふん。やったね。




