リバーシブル
「ん……うーん……」
女が動き出した。
「モニカ」
「はいよ」
右側で身構えたモニカの手には短剣。
女の服を探った時に出てきたものだ。
紺色の宝石で綺麗な装飾が施されているが、
鋭く、先の尖った剣身から
戦闘用の武器であることは容易に想像できる。
「あれ……? って……え? なに……?」
ゆっくりと上体を起こした女がこちらを見て
戸惑いの表情を浮かべる。
「あ、それ」
女がモニカの手元を見て眉をひそめた。
隠し持っていた武器を奪われて動揺したのだろうか。
「無駄な抵抗はやめなさい。下手に動けば、ボンッ、よ」
魔力をこめた左手を女の顔に向ける。
もし不審な行動を見せたなら、躊躇はしない。
顔面目掛けて思いっきり魔法を撃ちこんでやる。
この至近距離ならたぶん一瞬で終わる。
ハッ! ボンッ! いっちょあがり! だ。
「は……?」
「さぁ答えなさい。あなたは何者?」
始末するのは簡単なこと。
でも、できればそんなことはしたくない。
さぁ正体を明かしなさい。
怪我せずにおうちまで帰れるかも知れないわよ。
答え次第だけど。
「なにものって……ゲッ、なにこれ汚ぇ……」
「それはあなたのゲ……口から出てきた液体よ」
「……うげ、マジか。あれ、なんか声が……ん……?」
「何を独りでぶつぶつと。質問に答えなさい」
「アー、アー……あぁ、そういうことか……」
私の声が聞こえていないかのように独り言を続ける女。
イラつく。
「……あんた、何者かって……!」
この女、私達をなめているのだろうか。
自分の立場ってものを分かっていないようだ。
しょうがない、ほんの少しだけ痛い目にあわせて
目を覚ましてもらおう。
「待てサラ」
「え?」
女に近づこうとした身体がモニカの呼び声に止められた。
「こいつ……似てね? ラズに」
急に何を言い出すのか。
こんなおかしなやつがレン君に似ているわけが、
「……」
って、あれ?
あれあれ?
こいつレン君に似て、る?
「ラズほどじゃないけど、目つきの鋭さとか」
「……」
「髪の色なんてそっくりじゃん」
言われてみればたしかにそっくり。
偶然?
いや、どうだろう。
たまたまレン君によく似た他人がレン君の部屋に居た。
そんな偶然があるだろうか。
あ。
「も、もしかして」
「ああ」
「身内の……」
「の、ような気が」
「う、うそ……」
身内。
レン君の身内の方。
「……」
妹さん、お姉さん、お母さん。
いや、お母さんはさすがにないか。
見た目の雰囲気からすると、妹さん。
ん?
「ちょっとまって」
ちょっと頭の中を整理しよう。
私は今、1人の女を詰問している。
左手に魔法をチラつかせながら。
魔力をこめた左手の延長線上、詰問している相手が
実はレン君の妹さん?
「……」
まずい、私はとんでもないことを。
見れば見るほど彼に似ている。
間違いない。彼女はレン君の妹さんだ。
「あの……」
やばいやばいやばい。
妹さんが今さら喋りかけてきた。
どうしようどうしよう。
はっ!?
「そいつです!」
モニカと妹さんとの間に素早く割り込む。
そして妹さんを庇うように立ち、左手をモニカの方へと向けた。
「そいつが全てやりました! 大丈夫です! 私がお守りします!」
「ちょ! おま!」
「武器を捨てなさい! この金髪不審者め!」
「ええっ!?」
悪いわね、モニ……いや、謎の金髪女。
私はレン君、それとレン君の身内の方には
絶対に嫌われたくないの。
大丈夫、本当に撃ったりはしないから。
たぶん。
「さぁ、さっさと武器を床に置きなさい……そう、そうよ。そのまま両手を上げなさい」
「くっ、てめぇ……ふざけんなよ」
フフ、なかなか良い顔をしてるわね。
それっぽい構図だわ。
これならなんとか誤魔化せるはず。
よし、このまま、
「あー、サタン様」
「え?」
妹さんが私の名前を呼んだ。
私のことを知っているのだろうか。
「状況はなんとなくわかりましたんで」
「な、なにが……ですか?」
「えっと、とりあえず立ってもいいですか?」
「あ、はい」
どうぞどうぞ、ご自由になさってください妹さん。
「よっと……げっ」
ピチャリと嫌な音が聞こえた。
妹さんが起き上がりざまに
ゲ○溜まりへ手を着いてしまったようだ。
「うっわ……ちょ、水…………えーっと、サタン様」
「は、はい?」
「すみませんけどちょっと風呂行って来ていいですか? よく見たら手以外もすっげえ汚れてるんで」
お風呂があることもちゃんと知っているようだ。
さすが妹さん。
よく入りに来てるのかな。
「どうぞ。私もさっき入ったばっかりです」
「ありがとうございます。あ、ダガー返して」
妹さんがモニカの足元から短剣を拾い上げた。
「……それでは申し訳ありませんが、ちょっと洗ってきます」
妹さんが扉の方へよたよたと歩いていく。
服のサイズが合っておらず、非常に動き辛そうだ。
レン君が着ていたのとよく似ているから、
あの服は彼に借りたものだろうか。
「ごゆっくり~」
妹さんが部屋を出て行った。
モニカと2人部屋に残される。
「……えっと、モニカ、どういうこと?」
「さぁ……?」
何故妹さんがレン君の甲冑を着ていたのか、
レン君はどこへ行ってしまったのか、
結局何がなんだかよくわからないまま。
「うーん」
妹さんにもう少し話を聞いておいた方が良かったかもしれない。
今からでも追いかけていって事情を聞くべきか。
しかし部屋をこのままにして離れるのも気が引ける。
さて、どうしようか。
「サラ、あたしやっぱあの娘についてくわ」
「そう? じゃあ私はここを片付けとくから」
お風呂から帰ってきて部屋が汚れたままだと
妹さんが気分を悪くしてしまうかもしれない。
あっちはモニカにまかせて、
私はこの惨状をなんとかしておこう。
「了解。じゃあちょい行ってくる」
「お願いね」
モニカが小走りで部屋の入り口へと向かう。
「失礼のないようにねー」
「わあってるよ」
「私のこと、ちゃんと良い感じに言っておいてね!」
さっきの事は上手く誤魔化して、
とにかく私の良い所だけを紹介してくれればいいから。
「お前、さっきの所業を……」
「今度ケーキおごるから」
「しょうがねえなぁ!」
さすがモニカ。甘いものには目がない。
一言で懐柔できてしまった。
ちょろい。
「いってらっしゃい」
モニカが扉が閉めると
部屋は静けさに包まれた。
「ふぅ……」
よし、頑張ってお掃除しよう。
……
━━━━━
……
「これでおしまいっと」
床や甲冑を汚していた妹さんのゲ……お残しを綺麗に片付けて、
ついでに部屋の小物などを整頓してみた。
「ばっちりね」
これなら妹さんもお風呂上りのひとときを
気持ち良く過ごせるはず。
「やれやれ……ん?」
部屋の外からモニカの声。
笑っているような声が遠くから微かに聞こえた。
「……?」
しばらく待っていると、ガチャリと扉が開けられた。
「おかえ……」
「あはははははははははは!」
「……」
「あはははははははははははははははははは! ひー! ひー!」
「……」
頭のおかしい奴が入ってきた。
最初からちょっとアブないなとは思ってたけど、
とうとう一線を越えてしまったか。
「ハァ、ハァ……ただいま、ちょっ、サラ聞いぶふふはははっ!」
「おかえり……妹さんは?」
「いっいもっぶっははははははっ! いもうとて! 妹って! あははははは!」
「……」
これはもう、手遅れかも。
でも一応、専門のお医者さんに見せた方がいいかもしれない。
頭か、心のお医者さんに。
「な、なぁなぁサラ、ひひ。あいつ、どう思う?」
「あいつって、妹さんのこと? どう思うって?」
どう思うとは、何についてだろうか。
いやその前に、何がそんなに面白いのか。
「いや見たまんま、あいつのこと、どう思う? ブフッ」
「……えっと、キレカワ?」
キレカワ。
今流行りの最上級の褒め言葉だ。
綺麗アンド可愛いという意味。
マキシマムキレカワというさらに上のランクもあるが、
目がちょっと怖いのでぎりぎりキレカワというところで。
「ギャハハハハハハハハハ! やめろ! 笑い死ぬ!」
「……」
「腹痛い! 腹痛いってマジで! アハハハハハ! ひー!」
「うっわ……」
ちょっとこの娘と距離をおこうかな。
いや、いっそどこか人目のつかない
どこか遠方の山奥とかに隔離してしまった方が。
「おい、てめぇ笑いすぎだろ」
「あら?」
部屋の入り口に目をやると、そこには仁王立ちした妹さん。
目の前の狂……モニカに気を取られていて気付かなかった。
「おかえりなさい」
妹さんが着ている服は、今度はちゃんと身体に合った大きさ。
なぜかまた男物っぽい服なのが気になるけど、
そういう趣味なのかもしれない。
あまり気にしないでおこう。
「あ、キレカワな妹さぶふぅ!」
後ろを振り向いたモニカが
妹さんの顔を見て噴き出した。
ちょっと失礼が過ぎるのではないだろうか。
ほら、妹さん怪訝な顔してる。
「ちょっと、モニカ」
「いや、だって……へぶぅ!」
「モニカ」
「ごめんごめん、ラズが……」
「え? レン君見つけたの? どこ?」
途中でレン君に会えたのだろうか。
それなら良かった。早く事情を聞かないと。
「いやいや、まぁ落ち着けって」
「あ、ごめん」
「……ではラズ……の妹さん、自己紹介を」
はい? なんで自己紹介?
いや、自己紹介してもらうのはいいんだけど、レン君は?
あ、妹さんこっち来た。
「……大変お待たせしました、サタン様」
「あ、いえいえそんなお気になさらず」
よし、とりあえず妹さんと話をしよう。
そうしよう。
「……部屋、掃除してくださったんですね。ありがとうございます」
「いえいえいえ! 全然! お気になさらず!」
「あんなものまで片付けてもらって……」
「あんなものだなんてそんな! 全然! 全くもって!」
1ミリたりとも苦になりませんでした!
妹さんさえよければいくらでも掃除させていただきます!
どうぞ遠慮なくぶちまけてくださいまし!!
「おーい。なにペコペコしあってんだ」
うるさいモニカ。
第一印象が最悪だったんだから、
今から少しずつでも挽回していかないといけないの。
「あの、実はですね」
「はい、なんでしょう?」
「えーっと、なんといいますか」
なんだろう。
なんか妹さん、まごまごと何か言いにくそうに。
「はい」
「もっと前から言っとくべきだったのかもしれませんが……いや、たぶん言っても冗談だと思われるかと考えた次第で、決して嫌なことから目を逸らしていたとかなってからどうにかすりゃいいやとかそういう逃げの姿勢でいたわけではなく」
「ラズ、前置きが長い」
「うっせえな、ちょっと黙ってろモニ公」
え?
「ごめんモニカ、さっきなんて言った?」
「なにペコペコしあってんだ?」
「違う、その後」
「前置きが長い」
「違う、その前」
「ラズ」
「……」
ラズって、レン君?




