『旅』と『愛』
一行は扉を潜り建物の中へと入って行く。
施設の中では仕事中の書類を持った白い制服姿の騎士たちが忙しそうに早足で廊下を行き来している。途中で一行が通りかかった廊下に面した広間では、休憩中の騎士たちがお茶を飲みながらソファーでくつろいでいた。
そこからさらに廊下を進んで行くと、二人の騎士は廊下の突き当りの部屋の扉の前で歩みを止めて振り返る。
「こちらの応接室に先生と他の方々が待っていますよ」
黒髪の騎士はそう言うと扉に手をかけて手前に開くと、リアンとアイラスを部屋の中へと導く。部屋の中では、4人ほどの年齢様々な子供たちの楽しそうな笑い声が響いている。中にいた一人の女性の見た目の存在——孤児院の先生がリアンたちに気が付いて顔を上げる。パッと顔を明るくさせてソファから立ち上がり、柔らかな深緑の長髪を軽く揺らせながら軽く駆け足で扉の方へと近づく。
「せんせー!!」
リアンの腕にしがみ付いていたアイラスは、手を離すと先生の方へと駆け寄ってその腰に勢いよく抱き着く。先生はそんなアイラスの頭をそっと手で撫でる。周りの子供たちも、「アイラス帰って来たー!」などと言って笑っている。比較的大きな子は、ほっとしたように胸をなでおろしていた。
先生がそっとアイラスから手を離すと、アイラスは他の子どもたちの方に走って行く。孤児院の面々の中でも末っ子のアイラスは、他の子どもたちに囲まれてぴょこぴょこ跳びはねている。
そんなアイラスを傍目に先生はリアンと騎士二人の方へ一歩近づいた。
「騎士の皆さん、本当にありがとうございました。それで……そちらの方は? 精霊の方だとお見受けしますが、もしやアイラスを見つけてくれた方ですか?」
「ええ。私は『旅』の精霊のリアン。そしてこっちは、僕の相棒の『剣』の精霊、ヴェイグ。ちょうど街の散歩中に彼女を見つけてね……」
「ふん。リアンの奴が言う通り、俺はヴェイグだ。それで……そう言うお前はどうなんだ、先生?」
「あぁ……ごめんなさい、私としたことが名乗るのが遅れてしまいましたね。私は『愛』の精霊、ステリナ……街の外の西の方で小さな孤児院を営んでいます」
ステリナは後ろのソファの周りで笑い合っている子供たちの方を振り向くとふっと頬を緩める。アイラスがステリナの視線を感じてパッと顔を上げると、ステリナの方へその小さい歩幅で駆け寄って来る。ステリナはそんな彼女を腕で受け止めて引き寄せると、そっと彼女の頭を撫でる。アイラスはふっと目を細めながらステリナを見上げた。
「ねぇねぇ、先生……リアンはね、先生とおんなじなんだよ。あったかくないけどあったかいの。でもやっぱり先生が一番だけどね!」
「……なるほど、これが君の『道』か。とても素敵だなものだね」
「ええ……私もそう思います。……お二人の事は存じ上げませんでしたが、随分と古いお方のようで。私はまだまだ若いですが……あなた方のような同族にそう言って貰えるとなんだか嬉しいものですね」
「はっ! 俺もなかなか良いと思うぜ」
その時、部屋の扉をノックする音が小さく響く。それまでリアンたちの様子を見守っていた黒髪の騎士がその音に応じて扉を開くと、部屋の外の廊下には制服姿の若い男の魔人が姿勢を正して立っている。彼は扉の傍に立つ茶髪の騎士と黒髪の騎士の横を通り過ぎて一歩部屋の中へ足を踏み入れると、リアンに向かって姿勢よく礼をした。
「ご歓談中失礼致します。リアン殿、第一小隊長のアウロアが後でお会いしたいとの事です」
「おや、迷子を届けた次は旧友からのお誘いか。今日は早速良い日になりそうだね」
「ふん……あいつは随分とお前に懐いてたもんな。まったく、今日はしばらく騒がしいのが続きそうだな」
呆れたようなヴェイグの声にリアンは軽く笑う。そんなリアンのローブの端がふと引っ張られ、その感覚にリアンは視線を下に向ける。そこには、口角が僅かに下がっているアイラスの姿がある。小さく揺れる瞳で、じっとリアンを見上げていた。さっきまでアイラスを構っていたステリナは、少し目を伏せて小さく微笑んでいた。
「……お別れ?」
「お、なんだなんだ……リアンお前、色んな奴にモテモテだな」
リアンはヴェイグの揶揄いの笑いを軽く無視すると、そっとアイラスの頭に掌を乗せる。
「そうだね、一旦お別れ。ごめんね」
リアンの言葉にアイラスは一瞬瞳を揺らした後に目を伏せると、ローブを掴んでいた手を離す。リアンはアイラスの頭を撫でていた手を離すと、引っ込めようとするアイラスの空いた手をそっと握る。
「じゃあ、約束……今度また会いに行ってあげる」
アイラスはぱっと顔を上げると目を輝かせる。力強く何度も頷くと、リアンの手を離して軽い足取りでステリナの下へ帰って行った。ステリナはその腕の中に再びアイラスを受け入れながら、そっと微笑んでリアンに頭を下げる。
リアンは手を上げて軽く振ると、先ほどの伝令の騎士に目線を送る。騎士は軽く頷くと、リアンを先導して部屋の外に出る。リアンもそれに続いて扉の方へ向かうが、後ろから「えー、リアンさんほんとにもう行っちゃうんですかぁ?」と茶髪の騎士の声。そしてそれと同時に、茶髪の騎士が黒髪の騎士に頭を軽く叩かれた鈍い音と、「いてっ!」という間の抜けた声が響く。
リアンは笑いを堪えて口を結びつつ、振り返らずに扉を潜る。リアンの後ろで、伝令の騎士が扉を閉める音が響く。
「リアン殿、ご案内致します」
「うん、よろしく頼むよ」
リアンは伝令の騎士の後ろを付いて歩みを進める。リアンは静かな廊下に響く騎士たちの足音を聞きながら、先ほどのの騎士のどこか抜けた様子を思い出す。そして、それを呆れて見ていたあの黒髪の騎士のことも。
「そう言えば……あの娘とあの男、第一小隊の所属だって言ってたよな」
「はっ! アウロアの奴も苦労してそうだな。会って早々愚痴を言われるかもしれないぞ?」
リアンとヴェイグがそんな話をして笑い合いながら騎士の後ろを歩いて行くと、騎士は一つの部屋の前で足を止めてリアンたちの方を振り返る。騎士が扉を拳で叩くと、中から凛とした静かな声が聞こえてくる。
「……どうぞ」
その声を受けて、騎士がゆっくりと扉を開けた……




