第二章:魂の欺瞞
第二章:魂の欺瞞
再び、彼は途方もない退屈を感じていた。その絶対的な虚無の中で何もしないでいると、一秒ごとに、彼と彼の精神さえもが、自らを喰らい尽くす虚無へと変わっていくかのように感じられた。
だから彼は、前回観察していた少女を再び観察し始めた。あの「温もり」と呼ばれるものを見せた、興味深い少女を。
少女は相変わらず生き生きとした笑顔を浮かべ、40代に見える男とテーブルを囲んでいた。男の髪はまるで月光が透けているかのようであり、その肌の色や筋肉質な外見から、彼が活動的な人物であることは明らかだった。 そこにはもう一人、華奢な手を組み、血が通っていないかのように青白い肌をした女が座っていた。同じテーブルに座る男と比べると若く、おそらく30代だろう。彼女は娘と同じ、生き生きとした笑い声を上げていた。
父親とは違い、母親の髪は夜よりも暗く、まるで宇宙そのものが外套となって彼女の髪を覆っているかのようだった。少女は母親によく似ており、母と同じように暗い髪を持ち、その頬は美しい桜さえも色あせて見えるほどだった。
個々を観察すれば、彼らは決して美しい造形とは言えなかった。しかし、彼らが寄り添い生み出すその情景は、まるで一つの美しい生命体として融合したかのようだった。
その瞬間、神は理解した。 これが「家族」と呼ばれる構造なのだと。人々が、魂そのものを形作ると言い張る構造。
もし家族が魂を形作るのだとしたら、家族は神自身よりも偉大だというのか?
彼が創り出したものが一つに溶け合い、彼を超えることなどあり得るのか?
そんなことは、あまりにも馬鹿げているではないか?
いや、絶対に不可能だ。単なる被造物が、己の神を超えることなどあり得ない。
神がそんなことを思考している間にも、テーブルに座る女が口を開いた。
「美緒、早く卵を食べなさい。冷めてしまうわよ」
彼女の声には、絶え間なく循環する水や、雨、そして海にしか見出せないような、穏やかな響きがあった。それは静謐で、美しい平穏だった。神自身でさえも驚かされるほどの平穏。
なぜ、彼女はこれほどまでに穏やかでいられるのか?
これが、人間たちの呼ぶ「平穏」なのか?
平穏もまた、魂の一部なのか?
彼は耳を澄ませた。彼らが何をしているのかを理解するために。彼女がいかにしてその平穏に辿り着いたのかを理解するために。
彼らにとっては、ごくありふれた日常だった。父親は新聞を広げ、まるで自分の命が懸かっているかのように、そこに書かれている文字を読むことに集中していた。
すると、少女が興奮した様子で母親に答えた。
「食べてる、食べてるよ!」
それは母親の話し方とは著しい対照をなしていた。その興奮は、大洋で砕け散る波のように激しく、決して穏やかではなかったが、その熱量は彼女もまた幸せであることを意味していた。
美緒の声を聞き、男は微かな笑みを浮かべた。それはまるで煙のようだった。彼もまた、そこで繰り広げられるダイナミズムを喜んでいるように見えた。
その後、美緒はその場から飛び跳ねた。まるでこの宇宙全体において、彼女の興奮を邪魔できるものなど何一つ存在しないかのように。そして叫んだ。
「外に遊びに行ってくる!」
母親はただ、表情で合図をした。許可を意味する合図だ。 それは言葉を使わず、互いが理解し合える身体的なサインで会話をするという、興味深いコミュニケーションだった。
しかし、美緒が立ち去ったその瞬間、母親は男に向かって怒鳴り始めた。 まるで、最初から穏やかさなど持ち合わせていなかったかのように。まるで、彼女の人生に平穏な時など一度もなかったかのように。彼女の叫び声は、全存在を貫く激しい炎のようであり、先ほどの振る舞いとは完全にかけ離れていた。
最初は静かに見えた父親も、女よりもさらに大きな声で怒鳴り返し始めた。それはまるで、二頭の竜が互いに争っているかのようだった。
ほんの一秒前まで、共に笑い合っていた人間たちがこれだ。
しかし、すべては演技だったのだ。 欺瞞の演技。
人間は、他者が近くにいる時には互いを欺くというのか?神は心の中でそう思った。
理解できなかった。
欺瞞の行為、それは実に醜悪なものだった。意味のないこの世界において、さらに意味を持たない行為だった。
これが魂というものか、と彼は心の中で思った。
不快と見なされる感情を隠し、良いとされる感情を無理やり表に出す行為。
では、あの少女、美緒はどうなのだ?神は思考を巡らせた。彼女のあの温もりも、また別の欺瞞だったのか?彼女は冬の夜のような、氷よりも冷たい存在でありながら、偽りの心地よい春の日を演じていただけなのか?
彼女はそこにいた。その華奢な体が空まで届くかのように、走り、跳び跳ねていた。彼女の生き生きとした笑顔は、まだそこにあった。彼女は魂を欺いてなどいなかった。
ならば、あらゆる欺瞞を欠いたこれこそが、魂の純粋さなのか? 神はそう自問し、再び自らの虚無へと戻っていった。彼の虚無は、無の白い情景であり、そこには欺瞞が欠けていた。もしその虚無に魂があるとしたら、それは純粋なのだろうか?
もし神に魂があるとしたら、それは純粋なのだろうか?
神が「魂」という存在そのものへの答えを探求していた時、夫婦の諍いは止んでいた。
女は泣いていた。その桜色の頬を、輝く水晶のような涙が伝い落ちていく。
――あれが、魂の発露なのだろうか。
神は思考を巡らせた。
人間は悲しみを感じるから涙を流す。だが、「悲しみ」とは一体何なのか。それは壊れかけた魂が上げる、救いを求める叫びなのだろうか。
ならば悲しみとは、魂そのものを保護するための「機構」に過ぎないのか。
魂とは、精神的な高潔さよりも、むしろ機械的な合理性に基づいた存在なのだろうか。
神が思索に耽っていると、男が女に向かって声を荒らげた。
「お前と一緒にいるために、俺はすべてを犠牲にしたんだ!」
その声は、まるで火山の噴火のようだった。
感情と共に噴出する火山。それこそが魂の正体なのだろうか。個々の人間の中でその本質を変容させる、不安定な存在。
次いで、神は「犠牲」について考え始めた。
犠牲とは、つまるところ「取引」を意味していた。何かを手に入れるために、別の何かを手放すこと。
だとすれば、魂そのものが一つの「犠牲」なのだろうか。
感情を得るために、理性と客観性を手放した代償なのだろうか。
「俺の人生、すべてをお前に捧げてきたんだ!」
献身。
それは、たった一つの物事や人物のために、ありとあらゆる全てを投げ出す「極限の犠牲」の形態。
魂が純粋であり続けるためには、肉体に献身的である必要があるのか。それとも、肉体との繋がりを忘却するほど、何かに没頭(献身)しなければならないのか。
「お前は、俺にすべてを負っているんだ!」
負債、あるいは恩義。
誰かから何かを受け取り、いつか将来、それを返すことを約束すること。あるいは、より文字通りの意味で、他者の存在のおかげで何かが成立している状態。
魂はその存在を肉体に負っているのだろうか。だが、魂のない肉体は、ただの空虚な殻に過ぎないのではないか。
「俺がいなきゃ、お前は何者でもない!」
――ならば魂とは、肉体なしでは「無」なのだ。
神は自らにそう言い聞かせた。
人間が「結婚」と呼ぶものは、魂の単なる「模倣」に過ぎないのではないか。
別の魂を創り出し、欺瞞を含むあらゆる手段を用いてそれを守ろうとする、魂の擬似的な営み。
純粋なものを守ろうとする努力の中で、自らの純粋さを摩耗させていく過程。
それが、「家族」というものだった。




