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You Really Got Me  作者: のすけ
20/27

春の色彩 2

 大学に入学してから、私はデザイン会社でアルバイトをするようになった。

 そのバイト先に同じ大学で学部の一年上の田崎さんという男の先輩がいた。

「俺インディーズのロックバンド好きで去年のSラジオの特番も聴いたよ、Darwinて高校生バンド勢いあるよね」

「私応援してるから嬉しいです。メンバー喜びます」

「今度ライブに行ったらボーカルの秋本洸君と話してみたいな、彼の曲好きだから。彼と伊東祐介君とで曲作ってるんだよね」

「そうです。あの、コウは私の彼なんです。話せると思いますよ」

「え、そうだったの。うわー、よろしく」

 田崎さんは5月の連休の対バンライブに来てくれたので、終了後にコウに紹介した。

 楽屋に行くとコウはタオルで汗を拭いてたけど「ミキ」と言っていきなり軽くハグしてきた。

 人前でそんなふうにされたことはなくて急にドキドキしたけれど、

「こちら私の学校の先輩で、バイト先でもお世話になってる田崎さん。Darwinのこと知っていてくれてコウと話したいって言ってくれたの」と紹介すると、コウはお礼を言って普通に話してくれていた。

 でもその後もいつもと様子が違った。

「コウ、ありがとう」と言ったけど、ちゃんと目も合わせてくれない。

 素っ気なく「どういたしまして」と言われた。

 こんなコウは初めて。

 田崎さんはコウと面識がないし、急だったから良くなかったの。

 コウはちょっと人見知りするし。

「急に初対面の人連れてきてごめん。嫌だった」と言うと、

「ちょっと来て」

 コウは楽屋を出ると私の手首を握って階段を先に立って登った。

 そして私を踊り場の壁際に追い詰めるように向き合うと、急にキスをしてきた。

 驚いたのと、上の階から人の足音がして来て不安になり、私はコウの腕を掴んで押し返すようにした。

 ハッとしたようにコウは唇を離した。

「ごめん。悪いことしちゃった。俺、すごく嫉妬した」

 目を逸らしたコウは下唇を少し噛んでいた。

 私の先輩と言ってもコウの知らない男性なんだ。

「私こそごめんね」

「いや俺が悪い。ガキ丸出しで。許してくれる」とコウは身をかがめて私の頬をそっと撫でた。

 その瞳には私が映っている。

 そんな風に言わないで。

 コウは自分の魅力を知らなさすぎるよ。

 また背が伸びたし、女の子のファンだってすごく増えていて、私の方こそ近くにいていいのと思うことがあるのに。

 でもこの時、私はまだコウの心の柔らかさや脆さ、私に向けてくれる想いの深さをよく知らなかった。


 北海道の5月は、あちこち様々な種類の花が咲き乱れて色彩が溢れ、景色が一気に賑やかになる。

「海が見たいね」と話してコウと二人で電車に乗って、小樽にピクニックに出かけた。

 子供の頃家族で水族館に行ったことがあるけど、コウと二人で来るのは初めて。

 トンネルを抜けるたびに海がどんどん近づいて来て、札幌とはまるで違う起伏に富んだ景色が広がって来る。

 とても天気が良くてあまり風もない。

 穏やかに凪いだ青緑色の海は優しく光っていて、音もなく遠い水面を滑るように動く幾つかの船が見える。

 潮風を纏う街並みを歩くと、古い石造りの建物や昔からある看板が多い。

 ほころびた舗道や砂利道も、祖父母に遊んでもらった小さな頃の風景を懐かしく思い出させてくれる。

 高台にある静かな公園まで来た。

 ちょうど良く枝を広げている木陰の草の上にシートを敷くと、私の作ってきたお弁当を広げてお昼ご飯を食べた。

 公園には、散った桜の名残の乾きかけた花びらがまだたくさん落ちている。

 緩く暖かな風を受けて、遠くに凪の海を眺めながらコウが思いがけないことを言った。

「ミキが大学生になってから違う世界に行っちゃったような気がする。何だか置いて行かれるような気がすることがあるんだ」

「どうして。私そんなに急に変わった」

「うん、ミキ大人っぽくなったよ。大学と高校ってすごく違う世界なんだね」

「そうなのかな。でもコウだってどんどん前に進んでるじゃない。コウの進んでく邪魔はしたくないって思うけど」

「邪魔って。何でそんなふうに思うの」

「Darwinの曲もみんなもかっこいいし、ものすごく人気出てる。足引っ張りたくなくて」

「ミキが足引っ張るなんてことないよ」

「曲はともかく、コウに憧れてるって子もいっぱいいるよ」

 そう言ってる私の気持ちがヒリヒリしてくる。

「俺は求めてないよ」静かにコウが言った。

「コウが求めてなくてもキラキラしてて、それが人を惹きつけるんだよ。私こそコウに置いていかれるような気がするの」

「俺にすごく好きな彼女がいて、仲良いっていうだけ。なんか不都合になるの。邪魔ってそういうこと。まさか誰かにそんなこと言われたの」

 コウは褐色の瞳で私を見つめた。

 見たこともない表情で、私の心を探るような悲しげな顔だった。

 そんなつもりはないのに、コウを傷つけた気がした。

「違うの。私が自分に自信なくてそう思ってしまうのかも」

「まさか、俺に愛されてる自信とか言わないよね」

 そうじゃない。

 でもコウは真剣で私は首を振って答えた。

「ううん。私がコウにふさわしいかっていうこと」

「ふさわしい、なに言ってるの」

 一瞬、私とコウの間に不可思議な隙間が見えた気がした。

「あー、俺今すぐ人間やめたい」と急にコウは言った。

「なんで」

「自信ないとかふさわしいかとか、全部忘れるようなことミキにしたい。今すぐここで」

 コウは私の両腕をとって、向き合うように引き寄せるとそのまま仰向けに倒れた。

 私はコウの胸の上に乗るように抱きかかえられた。

「そばにいてほしいって俺が思ってるんだよ。俺が選んでこうしてる、ミキはわかんないの」

 そのまま腕の中に捕らわれてコウしか見えない。言葉が出なかった。

「最近、俺ってケダモノ」とコウは小さく聞いて来た。

「ううん」

 コウの腕の中で首を振った。

 やりたい事をいつも懸命に追いかけて行くコウが好き。

 コウのためにできる事をいつも私は考える。

 でも、こうやって私だけ見て全身で想いを伝えてくれるコウが好きで。

 好きで、離れたくない。

 さっきまではちょっと悲しくなる話だったけど、こうしていると心にくっついた埃のようないびつな思いが消えて行く。

 そのまま言葉をなくしてじっとして、私は背中に暖かな日差しを感じていた。

 呼吸するコウの胸が上下して、ドキドキするけど安心する。

 ただこんな風にしてるだけでどこまでも幸せ。

 突然ひびいた、高く鋭い鳥の鳴き声。

 その声にハッとして、私たちは今を取り戻した。

 コウの胸から起き上がると、少し離れたところにあるベンチに、杖をついて歩いて来たお爺さんが座ろうとするところだった。

「あ、お爺さんに見られた」と言ったら、

「近頃の若いもんはなあ、って思われたよな」と笑ってコウも起き上がった。



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