心にキス
あ、コウの声。
ラジオからDarwinの曲が流れて来た。曲はユッケの『進化論』だ。
眩しい太陽 拝むため 俺たちは進化を重ねた
この世の果てにたどり着くため 俺たちは立ち上がった
海から陸へ 大地を目指し 陸から空へ 風を求めて
俺たちは泳ぎ走り 飛び立つ今こそ
手に入れた火が燃え盛る 心の夢掻き集めて俺たちの進化論
六月始めの夕方、家で絵を描きながらSラジオのランキング番組を聴いていたら、番組にリクエストが来た。
すごい。
コウ達はバンドの練習だから知らないだろう、あとで電話して教えてあげよう。
そのことをコウに話してから間も無く、地域FMのロック番組にもDarwinの曲のリクエストが来ているということでバンドに取材の申し込みが来た。
ユッケとセイが取材を受けて曲やライブのことを話した。
それが番組で放送され、春に作ったライブ盤のテープ音源も流してくれた。
インディーズバンドなのに注目してくれる人や応援してくれる人が増えている。
東京でも、ロックコンテスト優勝以来何箇所かのショップにデモテープを置くことになった。
そっちにも時々追加をしている。
そして今みんなは、夏までに八曲入りの新譜を作ろうと頑張っている。
バンドと昔からの付き合いがあるショップやライブハウス、楽器店も新譜の応援を申し出てくれていた。
その一方で、コウとケンは家族と今後の話を進めて理解してもらうことに懸命で、ラジオの取材でもまだ二人は表立つことは避けていた。
「お袋と直接対決するのがなかなかきつい」
コウはDarwinでプロを目指すという気持ちを固めて、大学進学はしないと両親に言ったところだった。
お父さんは、コウの覚悟とバンドの今の活動を聴いてから「やるだけやってみろ」と言ってくれた。
聖美さんも、両親にDarwinのデモテープを聞かせたりして応援してくれているそうだ。
けれど、まだお母さんとは折り合わなかった。
「俺には向いてないって言われた」
「どうして」
「騒がれたり、自分のペースとか関係なしに人がどんどん関わってくるような生活は、俺が参るんじゃないかって。どんだけ弱く見られてんの俺」
コウは意外そうだけれど、私はお母さんの言い分もわかる気がした。
コウをとても心配してくれてるんだ。
コウは緊張が表に出ないし、落ち着いてクールな感じに見られることが多い。
でも付き合ってみるととても優しくて一途で仲間を大事にするし、繊細なところがある。
お母さんから見たコウも、やっぱりそういう男の子なんだろうな。
歌には真剣だけど、コウは今も自分がもてはやされることにすごく関心が薄い。
街中で私と歩いてる時に、
「あ、コウ君じゃん」「え、デート中」とか声をかけてくる子もいるけど、
「そうデート中。またね」と手を上げてあっさりかわす。
横断歩道の向こうから「コウくーん」「こっち向いて」と数人に呼ばれた時も「おー」と手を振って終わり。
「今のファンクラブの子だよ。いいの」
「うん、だけど今は歌ってる俺じゃない。ミキといる時間だからね」と言う。
大丈夫かなあとこちらが気になるくらい、そんなコウだから。
「地元で人気が出たからノリでこのままいける、とか考えているわけじゃないしそれも言ったんだけど」とコウ。
聖美さんは、お母さんはコウが私との交際にも真剣なのを見てるから、「せめて地元で大学に行けばと言っているんじゃない」と言うらしい。
「夢が近くなればミキが遠くなる気がするっていう、俺の弱点を見事に突いてるからな」
お母さんを説得しきれないのは、コウ自身の迷いが振り切れないせいもあるのかな。
それだけ私のこと好きでいてくれてるのはすごく嬉しいけど。
「歌で伝えたいと思って唄って、人と心が繋がる瞬間を感じるとすごく嬉しいよ」とコウは言う。
気持ちが誰かと繋がるときの、二人の間に光の糸が張られたようなあの気持ち。
コウが私に向けてYou Really Got Meを唄ってくれた時に経験した気持ちを思い出す。
そしてあの日初めてコウとキスをした。
でもそれよりもっと前に、コウは唄うことで私の心にキスをした。
「お母さんにDarwinのライブ聴きに来てもらったらいいんじゃない」
「え」
「来れたらお父さんも。良くない」
「それ、聖美以上にやりづらい」
「でも、コウが本気なのをわかってもらうにはそれしかない気がする。曲を聴いてもらって感動してくれてる人がいるのを見てもらって。それからもう一回話すのはどう」
コウと話した後、私はバンド練習を聴きに行った。
そのアイデアにユッケが大賛成した。
「良いんじゃね。そのくらいの度胸出さないとこれからは成立しないよな」そう言うと
「あ、待て。いや俺浮かんだぞ、セイちょっと」とユッケはベースを取ってセイに声をかけると、足でリズムをとってメロディを弾き始めた。
曲が浮かんだみたいでケンも合わせて軽くリズムを刻み始めた。
ユッケはこんな風に曲を作るんだ。
「ユッケは浮かぶとすごい速さで一曲できる事あるんだ。俺はなかなかああはいかない」とコウが言った。
ユッケとコウは作る曲の傾向が逆で、ユッケは元気でガンガン攻める感じの曲が多い。
歌詞が面白いのもある。
ケンと一緒にみんながヘッドバンキングしたくなるテンポを叩き出し、コウにもシャウトを要求してくる。
コウはバラードがメインで歌詞も心の動きを描写したり風景画のような感じが好きだ。
テンポもケンと相談して調節したり、間奏もセイと一緒に考えるんだって。
二人の個性の違いが良いバランスになってる。
こんな風にメンバーの結束も固くて頑張っていけることも、わかってもらえるといいな。
今年の六月の対バンは父の日だった。
ユッケは「父の日ライブにすればいいんじゃね、メンバー全員父ちゃん呼ぶってどう」と言った。
セイの家は美容室なので日曜日も両親とも朝から仕事で難しい。
ユッケはお父さんが来てくれる。
コウは両親と聖美さんが来てくれることになった。
コウはすごく緊張していたけど「一番近くにいる人間にすら伝えられないんじゃ駄目だよな」と言った。
ユッケとセイは以前に言ってた通りケンの家に行って挨拶し、ライブに招待したいと伝えて今後も一緒にバンドをやらせて欲しいと頼み込んだ。
ケンの家は両親とも来てくれることになった。
対バン当日はDarwinがトリで、私はチエちゃんと受付に立ってコウのお母さんと聖美さん、そして初めて会うお父さんにも挨拶した。
「コウの彼女のミキちゃんだよ」
聖美さんが私を紹介してくれて「初めまして、コウがお世話になっています」とお父さんが言ってくれた。
コウはお母さん似だと思ってたけど、スタイルと雰囲気はお父さんによく似ている。
ユッケのお父さん達も聖美さんの案内でやって来た。
Darwinが登場すると会場はいよいよ盛り上がり、メンバーの名前も盛んにコールされる中で演奏が始まった。
『進化論』から始まって数曲演奏した。
その後MCで「今日は父の日」とコウがコールした。
会場のみんながどよめいて拍手とコールを返してくれる。
「みんな親父に感謝」とセイがコールして、また、どよめきとコールが上がる中ユッケが言った。
「今日はこのライブのために作ったできたての新曲をやります。タイトルは『親父』」
笑い声と拍手とともにケンがスティックを鳴らしてリズムをカウントし、演奏が始まった。
ビールが好き 焼肉が好き 犬が好き 競馬が好き
親父 親父 親父 親父
俺の親父の特徴
ニュースが好き 海が好き プロレスが好き ごろ寝が好き
親父 親父 親父 親父
俺の親父の特徴
こんな俺だけど 感謝に堪えない
抱きしめたいぜ 親父
ただし風呂上がりに限る
いわゆる あれ あれ なんだっけ
あれ やっとけ あれ どこ行った
親父 親父 親父 親父
俺の親父の口癖
蝶々が嫌い 嘘が嫌い 税金が嫌い 酸っぱいもの嫌い
親父 親父 親父 親父
俺の親父の特徴
こんな俺だけど 感謝に堪えない
抱きしめたいぜ 親父
ただし風呂上がりに限る
メンバー全員で歌って、チエちゃんと大笑いしながら聴いた。
「もろユッケの曲でしょ」とチエちゃん。
その通りで、練習を聴きに行った時閃いた曲にユッケらしい歌詞が乗っていた。
ライブの後メンバーはお互いの家族を引き合わせた。
コウの両親と聖美さん、ユッケのお父さん、セイの姉妹、ケンの両親。
リーダーのユッケが「俺たちこのDarwinというバンドをやってきて、どうしてもプロデビューしたくて毎日足掻いてます。それぞれの家族にはいつも世話をかけたり迷惑もかけてると思ってます。でもこれからもありとあらゆる努力をしますのでどうか挑戦させてください、お願いします」そう言ってみんなが頭を下げた。
私もチエちゃんもみんなと一緒に頭を下げた。
そして、みんなの家族が拍手してくれた。
「祐介お前、俺をたたえる曲ってのがあれか」とユッケはお父さんに言われていた。
「目一杯たたえたつもりだけど、いい曲だろ」
「なら、会社の忘年会で余興やれ」
「ギャラ発生するならやるぜ」
「なんでギャラ要るのよー。生まれた時からスポンサーだろうが」
ユッケとお父さんのやりとりに笑いながら、それぞれの家族が挨拶を交わして色々な話をした。
その後ケンも、コウもついにプロを目指す事を許してもらった。
父の日ライブは家族の心に届いた。
これからはもっとたくさんの人にみんなの心が届いて欲しい、そう思った。
八月にDarwinは東京で初の対バンライブをやることが決まった。
去年のコンテスト以来のつながりと、顔が広い永井君のツテもあってPAには永井君も入る。
対バンまでに新しい曲を入れた新譜を完成させたい。
そして上京する時にはレコード会社にそれを持ち込もうと、みんなは考えていた。
「東京の対バンもミキにフライヤー作ってほしい」
「もちろんだよ」
「札幌では秋に単独ライブをやりたいなあ」
今日は、大通公園に面して大きくガラス張りになっているちょっと大人っぽい喫茶店でコウと話していた。
ビルの二階にあるので、ガラスの向こうにはちょうど街路樹の緑の枝が広がって、気持ちいい景色を見ることができる。
けれど今夜は荒れ模様になりそう。
今も雨が降っているけど、高層ビルの明かりを写すほの明るい夜空には薄雲がかかって時々稲妻がひらめく。
その間隔がだんだんと短くなっている。
「荒れて来た、もう帰らなきゃだね」とコウ。
「うん」
外に出ると雨脚が強く、走る車が刎ねあげる水しぶきが光って見え、時折ざあっと風が吹き付ける音がする。
濡れるのを承知で、コウと私は一つの傘に入って歩く。
差し出してくれたコウの腕に掴まるととても温かくて安心する。
「雷聞こえるね」
「近づいてるね。うわ、すごい」
コウに今日会ったら伝えたいことがあった。
けどなんだか面と向かって言うのが恥ずかしくて、短い手紙を書いて来て別れる間際にそれを手渡した。
「コウ、手紙書いて来たの。後で読んでね」
「え、どうしたの急に」
コウは言いながら受け取ってくれた。
洸へ
Darwinのこと、これからのこと家族に許してもらえて本当に良かったね。
コウの唄には不思議な力があるんだよ。
私にってYou Really Got Meを唄ってくれた時のこと、あったよね。
思いが繋がったって話したよね。
私最近思ったの。
あの時コウは唄で私の心にキスした。
だからこれからも絶対大丈夫だと思うよ。
コウの思いはたくさんの人に届くと思う。
でも、唄でキスをするのは私の心だけにして欲しいな。
未希




