END
「ホントに、私がついていって良かったんですか?」
「……いいも何も、僕が河野さんと来たかったんだよ」
目的地に向かって、僕と河野さんは傘を差しながら歩いていた。天候はあいにく、雨模様だった。
根田さんに金曜日の予定と目的地を伝えたら、「話を聞いてしまった以上、付き添いをつけてくれないと、許可できない」と怒られてしまい、その日に僕は河野さんに連絡した。
「でも、今日行くところって……その」
河野さんは、伏し目がちに目を逸らした。
「……河野さんはさ、いま、セカイのこと、どう思ってる?」
「えっ……」
そう問いかけると、河野さんは僕の方に顔を向けて再び逸らす。そしてその表情は真剣そのものになった。
「……実は私、根田さんと加賀君について話したことあるんです」
「……そうなんだ」
それは僕が聞いたことのない事実で、内心驚いていた。
「はい……。それでその時、根田さんに聞かれたことがあるんです。どうして、加賀君は死なずに済んだのかなって」
「……」
そんな話がされていたなんて、僕は全く予想だにしなかった。
「私は「セカイさんのおかげだと思う」って言ったんです。根田さんは私の意見に理解を示してくれました。……でも。その後に根田さんが要は、本質的には『形はどうであれ、寄り添ってくれる人が居たってこと」それが重要なんだ、って」
「……」
「それが、全てだと思います。セカイさんは加賀君にとって『大切な存在』。それでいいんだって、今は思います」
僕は上の空見上げながら、一つの気持ちを噛みしめていた。
「……やっぱり河野さんと来て正解だよ」
「……えっ、な、なんですか」
僕の言葉に、河野さんは戸惑ったようにこちらをみた。
「セカイが、喜ぶからだよ」
「……よくわかりません」
セカイに話すことが、また一つ増えたと、僕は独りでに笑っていた。
「……ところで河野さん。今日金曜日なのに、本当に大丈夫だった?」
僕がそう言うと、河野さんが「ああ」と口を開く。
「それなら全然大丈夫です。私、滅多に休みませんし……それにこういうの初めてで、実は一度やってみたかったんです」
笑顔を見せる河野さんは、無邪気な少女のようだった。
「ははっ、僕も初めてだよ。学校サボって出かけるだなんて」
「なんだか、たまにはこういうのもいい、ですよね」
「うん、いいよいいよ」
我ながら適当な軽口をたたきながら、ぬかるんだ坂の道を滑らないよう、こけないよう、しっかり意識して歩いていく。こんなところで転んだら、誰かさんに怒られてしまう。
「うん、やっぱりここだ」
「……わあ」
小高い丘の上には、ベンチとテーブル。そして、雨をしのぐ屋根がある。
そこには僕とセカイが見たのと、同じ菜の花畑があった。
……やっぱりあの世界で見た綺麗な菜の花畑は、昔家族と来たことのある、この場所だった。
――いつか晴れた空の下で、この菜の花を見るのが私の夢なんだ。
他愛のない会話だったけど、僕は鮮明にそのセリフを覚えていた。
途中まで、天気は快晴だったが、山の近くということもあって、最寄りの駅に降りた時には、既にぽつぽつとにわか雨が降り始めていた。これではあっちの世界と状況は変わらないのだが、せっかく遠くまで来たのだし見て帰ろうと河野さんと話し合いここまで来た。
確かに、僕がここの晴れの景色を見たって、セカイの夢を叶えたことにはならない。
でも、もし、もしも仮に、セカイが僕の心の中にいたとして、僕を通じて晴れた景色が見れることが出来たのなら。……そんな都合のいい考えで、ここまで来た。
「でも、雨じゃ仕方ないな」
……これも、笑い話として追加しよう。
「……ごめんなさい、加賀君、私、ちょっとトイレに」
「ん? ああ、わかった。ここにいるね」
「わ、わかりました」
そういってそそくさと河野さんは下に降りて行った。
……? 大丈夫かな?
河野さんを心配していると、スマホの着信が不意に鳴った。
「どこかに、でも確実にいるセカイさんと、いまは二人っきりで楽しんでください!」
「河野さん……」
それは、河野さんからのメッセージだった。
「……気、遣わせちゃったかな」
申し訳なくて、でもその気遣いがうれしくて、僕はそんなメッセージを見て少し笑ってしまう。
……折角だから、河野さんが作ってくれた時間使わせてもらおう。
「……セカイ」
君はあっちの世界にいて、僕の声は届かないだろうね。
でももしも、聞こえるなら、聞いて欲しい。
僕は、残念ながら、まだ弱いままだよ。
君がいないことが悲しくてしょうがないし、会いたいとも思ってしまう。
でも、まだ生きている。
辛いことは、たくさんあるよ。僕は夢遊病で、異常者で、目立ちがりやのバカらしい。ネットでのコメントを見ちゃったんだ。根田先生に、あれだけ見るなって言われてたのに。
でもね、君が認めてくれたから、平気なんだ。
不思議だ。一人、味方がいるだけで、こんなに違うだなんて。……それに、見えてない優しさにも気付くことが出来た。
……このことを伝えるのが、君の出した宿題のひとつだった。形はどうであれ、僕なりに頑張ってみるよ。
僕の人生は、これから、どうなっていくのかは、わからない。どうしても、僕は根暗なんだろうね。マイナスなことばっかりが起きそうな気がするよ。
でも、だったとしたら、僕は稀に見える、一縷の光のありがたさを、君に伝えられるように精一杯生きていくよ。
とにかく、どうせなら、たくさんのお土産を持って、いつか、君に会いに行く。
「……約束だ」
情けなく、少し涙ぐんで、下を俯いた。
「……ダメだな、僕は」
耐えきれずうずくまっていると、下の地面の変化に気が付いた。
「……っ」
慌てて、顔を上げる。それを見て、また僕は、涙腺が緩んだ。
――セカイ、たまには僕にも「希望」が訪れるみたい。
下の地面は、少しづづ陽に照らされて、明るくなる。
顔を上げると、雲を割って、日が出始めていた。雨粒が乱反射して、目を凝らすと、微かに虹が見える。
「……セカイ?」
問うても、辺りを見渡しても、返事があるわけもない。
「……だとしたら、ありがとう」
でも、そう呟きたくなった。
――僕の、世界の始まりだった。
セカイの夢だった晴れた青空の下、目の前に広がるのは黄色く、雨粒がキラキラ反射する菜の花畑。綺麗とは言えずとも、しっかりとそこに存在して、役割を果たすベンチに座り、消えかかった虹を一瞥して、席を外した河野さんに「もう大丈夫」とメッセージを打ち込む。ぬかるんだ地面のせいでズボンには泥が跳ね、御世辞にもきれいに生きてきたとは言い難い。
でも、足跡はしっかりそこにある。
そんな世界で、僕はこれからも、生きていく。
おわり
もし、最後までお読みいただいた方がいましたら、只々ありがとうございます。
圭太くんは時たま「もうダメだ…」とか思いながら、割りかし幸せに、楽しく生きてそうな気がします。
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次のテーマは「才能」に関する自分なりの物語です。




