《降臨》再び3
「なんだよ、人がせっかく決めてる最中に! ハル、呼び捨てすんなっていつも言ってるだろ!オレのほうが天使歴長いんだぞ!」
「違う、蒼介!ハンカが……」
「えっ……!?」
散ったはずの邪心はイジエムの奏でるハープの音色とともに集合し、再びハンカとなって奇声をあげる。
「嘘だろ!? つうか、ハープってことは……」
蒼介の目が奥でハープを弾くイジエムを捉える。
「ずいぶんと早い到着だな」
「やっぱり! イジエムか!」
即座に蒼介は弓矢に手をかける。
「『三散讃歌』!」
放たれた矢は三回別れ、二十七本となってイジエムに迫る。すかさず一体のハンカがイジエムの盾となりばらばらになる。が、ハープの音色とともにまたもやハンカの形を取り戻す。
「なっ、……ちくしょーめー!!」
蒼介は『三散讃歌』を乱れうちする。しかし次々とイジエムの前にハンカが集まり何重もの防壁を形成していく。天心と邪心が衝突し、爆煙が巻き起こるがハープの音色は止まらない。
「はぁ、はぁ……なんで……前に戦ったときはオレが勝ったのに……」
ばらばらになった邪心が集まってハンカの形に戻る。消耗した蒼介に対してイジエムは優雅にハープを弾き続ける。
「うるさいガキだ。八年前と何も変わっていない」
「何だとー!」
「私は違う。天使を倒すため、天界を潰すために高級悪魔まで上り詰めた」
「なっ!?」
音色にあわせてハンカは邪心を高め、再び獣の姿を取り戻す。
「援軍がたった一人とは、私も随分なめられたものだ」
「く、来るわよ! 蒼介」
「だから呼び捨てすんな! わかってる!」
蒼介も天心を高める。素早く射法八節の引分けまでをし、精神を集中させる。
「まずはこの三人を倒すことから私の計画は始まる……殺れ」
「させるか! 『三散燦讃歌』!」
雄叫びをあげながら突っ込むハンカと無数に別れる聖なる矢。
だが両勢は打ち消された。
「何をしている……イジエム」
その男の出現に空気が変わる。
皆が驚いている。
しかし誰も声を発することができない。
漆黒に光る装束。闇に染まった黒髪。そしてこの世の全ての邪心を溜めたかのような黒羽。
敵わない
光明、ハル、蒼介。天使の直感が三人にそう告げる。男から放たれる邪心の量ではない。質が圧倒的に違うのだ。
「ジュノー……様、なぜ……」
最初に口を開いたのは伊比だった。名前のない獄界の権力者は宿した邪なる神の名そのままで呼ばれている。伊比がその姿を目にするのは二度目であった。
ジュノーの視線が伊比を捉える。それだけで伊比は言葉を失うほどに圧せられる。
続いてジュノーの視線は三人の天使へと向く。
「天使諸君、」
なんとか身構える三人に対してジュノーの口がゆっくりと動く。相手を奈落の底へと突き落とす深い声。
「すまなかった」
しかし続く言葉は謝罪だった。
「地界への侵出は天界、獄界、両世界で禁止されていることだ。まして戦闘などあってはならない。我々は即時帰還する。君たちもただちに天界へ戻ってもらいたい」
そしてジュノーは軽く頭を下げた。
予想外の出来事にハルたちはただ戸惑うだけだ。目の前にいるのは獄界を統べる悪魔の長。軽く捻られてもおかしくない相手が頭を下げている。
天使たちに背を向けてジュノーはゆっくりとイジエムに近づく。時が止まったかのように誰も動かない。動けなかった。
「還るぞ、イジエム。話は獄界で聞こう」
「……ふざけるなよ……なぜ」
イジエムは邪心を高める。同時にハンカがジュノーを囲むように何体も現れる。
「なぜ私の邪魔をする! なぜそこの天使を倒さない!」
ハンカの邪心は高まり、獣の姿へと変化する。
「私は違う! 天界を潰す! それこそが悪魔! そのために得た高級悪魔の力だ!」
イジエムの羽が大きく広がる。大量の邪心が渦を巻き、集まっていく。
「《神格化》 戦慄せよ アポロ!」
ただでさえ大きなハンカがイジエムの叫びとともにさらに巨大化する。
そして、消えた。
「ばか……な……」
手刀
ジュノーが手の一振りに邪心をのせた。ただそれだけで放たれた邪心はイジエムのハープを貫き、同時に胸部を襲撃する。
「貴様、我の話を聞いていなかったのか? 地界で《神格化》などしおって」
流血とともにイジエムの羽が縮こまる。高級悪魔の全力をジュノーはたった一撃で粉砕した。
「天界を潰すなどという考えは我すら倒せぬ貴様が持つべきものではない」
傷口をおさえ、体勢を崩すイジエムをジュノーは冷酷な視線で睨み付ける。だがイジエムも怯まない。
「……ならあんたはどうなんだ……」
「なに?」
「それだけの力を持っていながら……あんたはなぜ本気で天界を潰しにかからない!? 戦争でもルールや掟を守るせいで勝機を逃し続けている! 本当に潰す気ならばあんなルールは無視して攻め続ければいい!」
「……勘違いするな」
ジュノーが再び手刀を振るう。苦痛の悲鳴ともにイジエムの身体は邪心に切り刻まれ、鮮血を撒き散らす。
「勝機もあればその逆もある。天使も戦争のルールを守っている。だから我々悪魔は絶滅させられていない」
「……あんたなら……天使が何人来ようと……」
「ああ、大丈夫かもしれないな。だがたった一人、ゼウスが来れば敵わない。だから我々もルールや掟を守る」
「……どういう……」
しばらくの静寂が辺りを支配する。ジュノーの語る内容は天界と獄界の深部だ。
「お喋りがすぎたな。天使諸君、我々は還る。君たちも天界に戻れ。もし地界に残っていればそのとき我は正当に君たちを倒すことができる」
そしてジュノーはイジエムを抱えて消え去った。慌てて伊比も後を追っていく。
かくして悪魔は地界から消え去った……。
「び、ビビった~~」
今まで息を止めていたのか、へたりこみながら蒼介は荒い呼吸をする。同時にハルも光明も緊張の糸が切れてほっと一息をつく。
「なんだよあの強さ、ありえねぇよ、さすがのオレでも勝てねえよ」
「……あんたはもともとそんなに強くないでしょ」
「なんだとー!」
「と、とにかく、早く天界に戻りましょ。いそがないとジュノーが戻ってくるかもしれないわ」
「それだけは勘弁だ! ハル、あと、え~と初めて見る顔だな。新入りか?」
「ま、まぁ」
「二人とも自力で動けるよな? 動けるよな? よし動けるな。じゃーな」
そう言って蒼介はとてつもない速さで移動していく。その姿は数秒で光明とハルの視界上で点となった。
「……普通怪我人置いていく? よっぽどジュノーが恐かったんだろうね」
「あれ見たら仕方ねえだろ。俺だって死を覚悟したさ」
「光明、動ける?」
「まあ、なんとかな。ハルも大丈夫なのか」
「ええ。早く天界に戻らないとね」
「ぉ~~~~~~~~~い」
再度とてつもない速さで二人のもとに蒼介が舞い戻ってくる。停止は急ブレーキの効果音が聴こえてきそうなほどだった。
「ハル、天界の場所が分からん!」
「はぁ? どうしてよ、来るときに覚えてないの?」
「仕方ないだろ! 天界でジジイにせかされて、地界に降りてすぐに邪心を頼りにここまで来たんだから。だいたいオレがいなかったら二人とも今ごろはだな」
「はいはい、わかったわかった。感謝してるから。さ、私の後についてきて」
ゆっくりと、しかしどこか恐怖し焦りながら三人は天界の入り口の場所へと向かう。
すっかり暗くなった夜空の中を白き天使たちは移動した。
道端の彼女に見上げられながら。
「……ねぇ、もう一回説明してくれない……天探女。天使と悪魔って……」
とりあえず地界編終了。
また近いうちに地界編のまとめを出してから二章に入りたいと思います。
(なんかちかい、ちかい、うるせえ。)