《降臨》再び2
「があぁぁあ!!」
四方八方から切り刻みにかかる邪心の風。羽風牢からの羽風邪を光明はまともに受けてしまう。
(くそ、くそ、まずい、くそ!)
身体は裂かれ、天心はすり減らされる。それでも邪心の風による攻撃は容赦なく続く。
(死ぬのか。ここで、俺は……死ぬのかよ!?)
[情けねえ]
(!?)
[まだおめえには力があるだろ?]
(誰だ!?)
[生きてえんだろ? 死にたくねえんだろ?]
(……ああ)
[だったら力を貸してやるよ]
(!? まさか……この声が)
[あっちだけに力を与えるのも不平等だからな……くくく]
(ま、待てっ! 俺は)
「そんな……光明が……」
「さて、そろそろ天心も消えたか」
伊比が攻撃を止めようとしたそのときだった。
「うそっ」
「なっ」
風の牢が形を崩す。いや、崩される。
その中心部で高まるものは天心ではなく邪心だ。しかし伊比のものではない。
「うぉあぁぁ」
雄叫びと共に風の牢は完全に消え失せる。そして現れたのは黒羽の天使。
「ちっ、アポロは俺を味方してくれるわけでは」
「うがぁあ」
伊比が文句をいう間もなく光明は移動する。瞬時に間合いを詰めると邪心に包まれた白剣を振り上げる。
「『羽風壁』!」
風の防御と剣撃がぶつかりあい、辺りに爆風が巻き起こる。
「ちっ」
反動からか伊比は爆心から後方へと下がる。その肩からはわずかに血が流れていた。しかし光明の攻撃は終わりではない。
「うがぁあ」
すぐさまの追撃。恐るべき速度と威力で光明は伊比に襲いかかる。だが伊比も簡単にはやられない。羽風壁による防御で光明の剣撃を凌ぎ続ける。
「光明……すごい力だけど、身体が……」
光明が纏うのは強大な邪心。その力は《降臨》状態の伊比を相手に押しているほどだ。故に、だ。天使である光明の身体は自身の纏う邪心に耐えきることが出来ない。時間が経つにつれて光明の動作一つ一つにキレがなくなり、代わりに伊比には余裕が出来始める。そして、
「《羽風壁》」
「うがぁ……」
光明の動きが止まった一瞬の隙だった。
「《羽風牢》!」
伊比はついに攻めに出る。風の牢が近接する光明を完全に閉じ込める。しかし
「《羽風、!?」
「ううぅがあぁあ」
凄まじい衝撃。圧倒的な邪心の剣撃を光明が放つ。邪心の塊は風の牢をつき壊してそのまま伊比に直撃して遠くへと押し飛ばしていった。
「う、うぁ…………」
と、同時に光明はその場に倒れ込む。邪心が完全に消え、黒き羽は縮こまりながら元の白へと戻る。
「光明!!」
「……くそ、……身体が……」
もはや光明は動くことさえ出来ない。それは伊比も同じだった。
「はぁ、……はぁ、……地界の者め……」
傷口をおさえ、荒い呼吸をする伊比は片膝立ちが限界だ。
「俺は……天界の入り口の場所を……」
「無駄よ」
そう言いながらハルはゆっくりと立ち上がり、伊比に近づいていく。
「悪魔が狙うことを私たち天使は教えない。さあ、早く地界から退いて。少しだけど回復した今の私なら今のあなたよりは動けるはずよ」
「ちっ……」
ハルは天心を高めていく。その力は万全の状態を思えばわずかだが、今の三人の中では一番であった。
しかし四人目が現れる。
「随分とやられたな、伊比よ」
「!?」
「なっ!?」
「イジエム様……」
伊比の横にアポロの地の高級悪魔、イジエムが現れる。
「申し訳ありません……天界の場所はまだ……」
「ふん、だろうな。だがまあいい。じきに分かる」
そしてイジエムは指を鳴らす。するとたちどころに多数のハンカが出現し、辺りを覆う。
「なんだよ……これ……、ハル! どうすれば」
そこまで言って光明の言葉は止まる。光明の視界が捉えたハルは怯えるように肩を震わせていた。
「あなた……あの時の……」
声をも震わせてハルはイジエムに尋ねる。
「八年前に……私を殺した……」
「殺しただと?」
イジエムは自身の長い白髪をかきあげながら答える。
「そうよ、八年前に地界で私を殺した!……」
「なるほど。思い出したぞ、おまえはあの時の天使か。だがどういうことだ? 私は確かにおまえを殺した。なのに何故今も天使として生きている?」
「それは……」
ハルは返答に詰まった。殺されたときは人間の天使で、今は普通の方法で天使になったといえばそれまでだが、ハル自身説明がしにくいことだ。
「答えないか。だがまあいい。八年前に叶わなかったことも今の私の力なら実現可能だ」
イジエムは邪心を高めて邪なる神の名を叫ぶ。
「力を渡せ! アポロ《降臨》」
凄まじい爆風とともにイジエムの黒き羽が大きく広がる。そしてその手に握られた小さめのハープは圧倒的な邪心を放っていた。
「……相変わらず変な武器ね」
「ふん、無い余裕は見せないほうがいいぞ。かいている冷や汗に正直になったらどうだ。命は惜しいだろう?」
イジエムはハープの端をゆっくりと肩にのせる。そのまま弦に指をかけ、最後の問いを投げかける。
「答えれば命だけは見逃してやる。さあ、天界の入り口を教える気はあるか?」
微かに笑みすら浮かべてイジエムは問う。
「ハル……」
「ごめんね……光明……あなたは私の命に代えてでも守ってみせるから」
ハルは光明の前に立って細剣を構える。
悪魔の思い通りにはさせない。
地界の者を巻き込んではいけない。
万全からはほど遠い状態でありながらハルは、四方八方を囲むハンカに注意を向ける。
「かかってきなさい! ハンカごとき、何体いようが私の敵じゃないんだから!」
自身を奮い立たせるためにも、ハルはイジエムに向かってまっすぐに大声を張り上げる。
「ふん、それが答えか。後悔しても遅いぞ」
イジエムの指がついに弦を弾き始める。
「こいつらがただのハンカだと思ったら大間違いだ」
「……!!」
「……!!」
「『狩人の弦鳴』」
ゆったりとしたリズムで紡がれる音にハンカが反応し始める。次々に咆哮をあげて邪心を高めると、不格好な短い手足を伸ばしてその姿を獣のように変えていく。
「どうだ、これでもハンカごときか?」
「……っ」
イジエムはハープを弾きながらハルに尋ねる。もはや四方を囲むハンカは一体一体がハルを倒せるほど強力になっていた。しかしハンカは動かない。
「イジエム様、なぜあの二人を早く倒さないのですか?」
「ふん、伊比よ、天界への入り口を知るためにはやつらを倒しても意味がない。今はハンカの力を最大まで高めて敵が現れるのを待つのが一番だ」
涼しい顔でハープを弾き続けながら、イジエムは伊比の質問に答える。その言葉に反応するのはハルだ。
「どういう意味よ、私たちの他に天使なんて……」
「何を言っている。いくらでもいるだろう? 上にな」
「ま、まさか……」
驚きと焦りの混じったハルの顔に対してイジエムは余裕をもってにたりと笑う。
「イジエム様!!」
「ああ、伊比よ、今天心を感じた場所を忘れるなよ」
イジエムはハープの旋律を激しく勇ましいものへと変える。
「さて、新たな天使に備えて雑魚は消せるうちに消しておこう……殺れ」
同時にハルと光明の周りを囲むハンカたちが雄叫びをあげて二人に迫る。ハルが細剣を握りしめ、光明が頭を抱えたその時だった。
空気が切れる音が遠方から近づいてくる。上空から滝のように無数の矢が降り、ハンカを襲う。
「もう一度だ、『三散燦讃歌』!」
一本の矢が三本となり、それぞれが更に三本に分裂する。倍々に増え、こすれあい、音をたてながら聖なる矢はハンカに直撃する。邪心の塊は貫かれ、粉々に分解された。
「す、すげぇ……」
驚愕する光明のもとに遠方からとんでもない速さで天使が駆けつける。
「二人とも、大丈夫かーー!?」
声変わり少し前の独特の高い声を響かせながら弓矢を持った少年は舞い降りる。あれだけ拡散する矢を放ちながらも額には『一矢に定む』とかかれた鉢巻きを巻いていた。
「へへーん! アポロンの間ナンバーワン中位天使、天界で二番目に強い弓使い、そうす」
「蒼介!!」




