34話 序幕・エピローグ
祭りの終わりを告げるように、村の中央広場では巨大なキャンプファイアが燃え上がっていた。
ぱち、ぱち、と薪が弾ける音が夜風に混ざり、橙の火が闇を追い払う。
火の周りには笛吹きや太鼓打ち、歌を歌い、踊る者などで溢れかえっている。
そこから少し離れた、なだらかな丘の上。
ロランドは露店の時と同じように頬杖をつきながら、眺めるようにその光景を見下ろしていた。
傍らには小竜形態のヴァルナが尾を巻いて寝ており、、隣にはシクロがちょこんと座っていた。
露店は結局、夕方になる前に畳んでいた。
昼過ぎにシクロがやってきて早く一緒に祭りを見て回ろうと急かすのを「やかましい」と一蹴し、ギリギリまで粘っていたが、流石に全てを捌く事は出来なかった。
他の店の撤収時間に合わせてしまうと、同じ様に撤収作業をする店の連中でごった返す通りを歩く羽目になる。
それが億劫で、早々に店を片付けて宿へ戻り、翌朝すぐ村を発てるよう荷物の整理まで終えていた。
(仕入れ、ちゃんとやらねーとな...)
幸い、村に来る前に盗掘団からぶんどった小道具達がそれなりの値段で全て売れたお陰で、当面の予算と路銀には余裕がある。
この村の民芸品も数点ほど見繕って購入し、旅先で売るつもりだ。
数日間、祭りの規模を肌で感じたが、風祭りの村のネームバリューはそこそこ高い筈だ。これらもそれなりの値で買い取られていく事だろう。
もっとも、それだけでは心もとない。
ミューレの街でもう少し商材を買い込んでおくべきだった。ヴァルナが襲来などしてこなければ、一日使って吟味していたものを。
とはいえ日付がズレていれば、祭りの売り上げは無かった訳で・・・いかんともしがたい。
次はどこに行くべきか。ぼんやりと考える。
好みの物が落ちているのはダンジョンだの森だの、人の寄り付かない廃墟だの。
多少足を伸ばして危険地帯にでも足を踏み入れようか。
それこそ村の近くには遺跡が有るし、未だ未開の塔とやらも有ると聞いた。
そういった場所は勿論一人では無理だ。シクロとなら苦労することなく踏破できるのかもしれないが、こいつに頼り切りになる状況を作る事はしないと決めている。矜持の問題だ。
しかし、今は自身の能力で隷属させているヴァルナという強力な武器がいる。野蛮と思われるだろうが、何なら防具にもなる。
これなら、そういった場所を探索してもいいと思った。
と言っても、今は比較的”まともな”商材を揃えておくべきだとも思っている。
個人的にガラクタ売りが一番好ましいとは言え、それだけで食っていける筈もない。
やはりどこか大きめの街を一度目指すべきか。
ミューレに戻るのは...無いな。逃げるように飛び出してきた意味が無くなる。
さてどうするか...。
「そうだ王都行こう!!」
突然。
隣で静かにしていたシクロが、拳を握って唐突に叫んだ。
ロランドは反射的に迷惑そうな視線を向ける。
「...ってね!」
構ってほしそうにこちらを覗き込むその顔。
うるさ。と思った。
……が、言っていることは至極まっとうだ。
「王都か...まあ悪くはねえ」
「ほんと!? じゃあ決定! 次は王都! うひょひょーい!」
シクロは勢いよく立ち上がり、腕をぶんぶん振って喜びを表現する。
火の明かりがその白い髪に反射し、銀の輪のように煌めいた。
実際、王都は次の候補の一つではあった。……あったのだが、ロランドには一つ引っかかることがあった。
「で、何でお前が王都に行きたがんだよ。具体的に何があるのかも知らねえだろ」
「えっ。 そ、そりゃ、この辺だと一番大きい所なんでしょ? なんてったって王都! 名前が凄い! つよそう! ねっ!」
こいつ、言い訳が本当に下手だ。
今に始まったことじゃないが、どうにも心配になる。
ロランドは目を細め、例の件をつつくこととする。
「ふーん。まぁ良いんだけどよ。昼間の武闘大会で誰かに何か吹き込まれたか?」
「え”っ」
シクロの動きがぴたりと止まる。
さっきまでの無駄なテンションが嘘みたいに。
「何とか言ったらどうなんだコラ。 決勝で魔法使っちゃって失格になった天才少女のシ・ク・ロ・ちゃ・ん~~~~??? あ”あ”~~~!??」
「ぐりぐりやだーーー!!」
シクロが逃げられない様に首に腕を回し、頭にぐりぐりと拳を押し付けると、脚をじたばたさせて騒ぎだす。
昼過ぎに広場の催しが終わって、少ししたら通行人の客足が増えた瞬間があった。
その時に自分の露店を覗いていた観光客らしき者に、広場で何があったか聞いてみたら事細かに教えてくれた。
案の定、シクロの名前が出てきた時は白目を向きそうになったが。
そしてすぐに本人が露店に現れるものだから、大会を見ていた者達は俄にざわついた。
それを気にする事なくロランドに引っ付いてくるものだから
「シクロちゃん、男いたんだ...」
「いや兄貴だろ...結構歳離れてる気がするけど...」
「師匠って言ってるけど...? え、シクロちゃんより強いって事? ガチ? 人間?」
「顔怖過ぎるだろ...」
「変なもんしか売ってないけど本当に何?」
などなど、好き勝手な事を囁かれていた。
聞こえないようにしろよそういうのは。
なお、シクロが店先に居座ってからは、明らかにロランド謹製のガラクタ共が売れていった(それでも売れ残ったものは結構有るが)。
結果だけ見ると大きな利益ではあるのだが、商売の面でもこいつの影響を受けるのは堪ったもんじゃ無い、とロランドは頭を悩ませた。
難儀な性格をしている。
「旅先で目立つような事すんなつっただろうが。 ったく、言っても仕方ねえからもういい。 で、王都で何がしてえんだお前は」
解放してやると、シクロは痛いよ〜と主張するかのように頭をさする。
「え~と、ギルドで冒険者登録をしようと思って...大会の決勝で戦った人に薦められてね、色々教えて貰ったんだ」
「......ギルドか」
誰とどんな話をしたかは知らないし、聞こうとは思わないが腑には落ちる。
そりゃこれだけ強いガキがいて、ギルドに所属もしてないとなると、冒険者として登録させたくなる気持ちも沸くだろう。
冒険者とは、自分の脚で、腕で、頭で世界を切り開く職業。
その舞台を整えるのがギルドという組織だ。
そして、それを見守り、時には支援するのが趣味という変わった連中も少なからず存在する。
舞台上の演者を応援する感覚だろうか? 道楽者の思考は俺には判らないが。
「...俺の登録カード、長い事しまったままだったな...まだ使えんのか...?」
「! 師匠、冒険者登録してたの!?」
ロランドが独り言のように漏らすと、シクロが驚いて身を乗り出した。
「俺の様な根無し草で、登録してねえ方がおかしいんだよ。盗賊だの無法者でも無いなら登録すべきだからな。損も無い」
「聞いた事も無かったけど!? 教えてくれなきゃ判んないよ~~!」
「教える義務が俺にあると思ってんなよ...」
前述の様に自分の脚、腕、頭で未来を切り開くのが冒険者という存在。
ギルドはそんな彼等、彼女等に仕事を斡旋する場所だ。
当人達で仕事を探す為に右往左往するよりも、ギルド側から場所と内容を振り分けてもらった方が混乱は起きない。
冒険者たちをランクで区分し、実績に応じて依頼の質を変えていく。
上に行くほど難易度も報酬も高い。
しかし、下の者でも仕事は回ってくるので食いっぱぐれる事はそう無い。景気にもよるが。
そしてギルドというものは世界各地の街には大概存在する。
場所が変われど、登録情報も共有されているので自身のランクに応じた依頼を旅先で受ける事もできる。
一つの地域を拠点にして生活してる冒険者の方が大多数ではあるが。
故に、ロランドの様に各地を転々としている者ほど、冒険者登録をしておくべきなのだ。
「...あぁ、そうか」
そこでロランドは気付いた。
シクロと出会って三年程。
出会った直後から、付いてくるようになってすぐくらいまでは、彼女は今よりずっと口数も少なかった。
偶然にも、その頃からロランドはあまりギルドを利用する事が少なくなっていた。
だが個人的な依頼を偶然請け負う事はあった。
それをたまにシクロが勝手に攻略して、人の仕事を取る真似をするなと叱った事もあった。
本業のガラクタ...雑貨売りも二人での生活に支障が出る事は無い程には順調だったので、ギルドを頼る必要が無かった。
もしかしたら、ギルドの話なんて一度もした事が無かったかもしれない。
ギルドの存在なんてものは一般常識だが、教えなければ、他所で知識を得た所で興味が無ければ、どういう物なのか、理解できようもない。
だからシクロが、冒険者登録をしても問題の無い歳になっていたことを失念していた。
(興味が無い様に意識し過ぎるのも考えもんだったな。 ...ちっ、反省すべきだな)
ロランドとしては、さっさとシクロを独り立ちさせてしまいたい。
無論、それは一人を好む故の煩わしさという感情もあるのだが、自分の様な男の傍にいつまでも引っ付いて、こいつの時間を無駄に奪いたくないという気持ちも少なからずあった。
独り立ちできるようになったらヴァルナも押し付けてしまおう。
後は前と同じように当ても無く一人で旅を続け、どこか平穏な村にでも定住し、そのまま静かに生涯を終えられれば、それで良い。
いつか、魔王を倒した勇者が知っている名前だった、という風の噂を聞く日が来るだろう。
その日だけは珍しく高い酒と味の強い干し肉でも用意して晩酌でもするかもしれない。
これが、この壮年の男の、目と鼻の先に在る素晴らしき人生設計だった。
「...行くか、王都。明日の朝には出るぞ」
「やった! ふふ~ん♪ 楽しみだな~♪」
変なメロディの歌を口ずさみながら上機嫌に揺れるシクロ。
その動きに合わせているのか、無意識なのか、眠ったまま尻尾をぺしぺしと地面にたたきつけるヴァルナ。
旅の行く末は何処になるのかと、広場の中心で燃え盛るキャンプファイアの火の粉を目で追いながら、ロランドは考えていた。




