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夜更けの恋人たち

あれから、色々準備をして、今は宿屋に泊まっている。


テデュッセアによると、魔王の居城は強固な結界が張られていて、魔王が誕生するまで侵入は不可能なのだそうだ。


無理矢理こじ開けたとしても、肝心の魔王が、産まれていないなら意味がない。


ならばと、テデュッセアの力で見渡せる魔王の居城の外観から、みんなで様々な作戦を練った。


明日、ニャルパンから装備品を受け取ったら、いつでも出撃できる。


いよいよだな。


ケルヴィン殿下は、夜遅くに帰ってきた。


姉であるヘレン王妃を説得して、飛空挺ディアモンドを借りることができたそうだ。


最初は逃亡者である彼を、周りは責めたらしいけど、見事に言いくるめたとか。


ネプォンの醜態が、耳に届いていたからかもしれない。


そして、何故か大聖女オベリア様まで、一緒にやってきた。


フィオと話がしたいということで、別室でずっと話し込んでいる。


……オベリア様は、フィオを後継者にしたいんだろうな。


彼女には、その素質と才能が十分ある。


俺の恋人にするには、大きすぎる存在。


それでも、俺も彼女が好きだ。

彼女を奪えば、大聖女の資格を喪失させることができる。


王の妻になる可能性がある大聖女は、貞操を守らないといけないからだ。


けれど、大聖女になるかどうかは、フィオが決める。


彼女の結論を待たないと。


コンコン。


俺の部屋のドアを、ノックする音が聞こえた。


「ドナタ?」


フェイルノが、返事をする。


クスクス笑い声がして、フィオだとわかった。


俺がドアを開くと、フィオが中に入ってくる。

こんな時間まで、オベリア様と話し合ってたのか……。


「どうだった?」


俺は、内心ドキドキしながら、フィオに話しかけた。


フィオは、ふっと笑って俺を見る。


「魔王を倒して凱旋することができた時は、大聖女になりなさい、て。満場一致で、他の神官たちも願っているから……て」


ズキッと胸が痛む。そうだよな。

やはり、そう言うよな。


「そうか……」


「でも、お断りした!」


「!?」


「大聖女じゃなくても、神官はできる。私は……このままでいい」


「フィオ、でも……」


「決めたの」


「結論は、魔王を倒してからでもいいんだぞ?」


「ううん。先に断った方がいい」


……いいんだろうか。

俺としては嬉しいけれど。


「あ、それでね、アーチロビン。おじいさんと、シャーリー様の件、オベリア様が謝ってた」


「!!」


「イルハートがどこに隠したか、今もわからないらしいけど、探し続けるから、て」


「嬉しいよ」


「私も、魔王討伐終わったら、すぐ探すからね、アーチロビン」


「ありがとう、フィオ」


「どういたしまして。こんなふうに、これからも支え合っていこうね」


「……ああ」


いいんだろうか。


この先、みんなの心の拠り所になる可能性を持つフィオを、俺が独り占めしても。


そんなこと、許されるのか?


「……アーチロビン、困った顔してる」


ふと、フィオが俺の顔を覗き込んでくる。


俺は頭を軽く掻いた。


「いや、その」


他のみんなが、困らないか? そう言おうとして、魔導士ティトの言葉を思い出す。


『素質があろうとも、本人が望まねば大聖女の席はただの牢獄じゃ』


───そうだよな。


周りが望むよう、彼女が大聖女になることは、俺たちの別れを意味する。


周りは喜ぶ、俺たちは苦しむ。

彼女がいなくなることが、どういうことか。


俺は一度経験している。


ゾンビダラボッチの攻撃を防いだフィオが、魂抜けを起こした、あの時にわかった。


悲しみや恐ろしさより感じたのは、自分の体を食いちぎられたような心の痛み。


半分死んだような、喪失感。


あの瞬間を思い出すと、今も手が震える。


彼女がいないと、そばにいてくれないとダメになるのは……俺の方だ。


俺のために、彼女が欲しい。


そのくせ、周りを失望させないために、彼女を大聖女にすべきなのでは? と、心の隅で思っている。


とどのつまり。


「……優柔不断だよな、俺。みんなに、いい顔をしようとするから、迷うんだ」


「アーチロビン?」


「俺は、じっちゃんと同じ道は行けない」


「え……」


俺はフィオを抱き締めた。オウムのフェイルノは、サッと離れて窓から飛び去っていく。


「この温もりを、周りのために手放すことはできない」


「……私も」


「好きだ」


「私も、好き」


「俺はフィオとの未来を、選びたい」


「アーチロビン」


「自分勝手な、わがままな愛でごめん」


「私も……同じ。私も勝手な愛よ」


「ふふ……」


「クスクス……」


「絶対、生還しような、フィオ。そして、また冒険に行くんだ」


「ええ。楽しいよ、きっと。そんな未来……」


「ああ、きっとそうだ」


「ね……」


「ん?」


「私は、不思議なの。なぜ、ネプォン王が天に選ばれた勇者だったんだろう、て。最初からあなただったら、こんな遠回りにならなかったと思うの」


「フィオ……」


「天が選ぶ英雄は絶対。私たちは、そう教えられてきたのに。ネプォン王は、いい加減なことをして、世界を危機に晒してるでしょ」


確かにな。

そもそも、あいつが神器をまともに受け取っていたら、こんなことにはなっていない。

それでも。


「神々に選ばれた魂だったから、としか言いようがないんだよ」


そう。魂の段階では、きっと素晴らしいものだったに違いない。だから、沢山の恩恵を受けて生まれてこれた。


でも、まだフィオは不満そうだ。


「あんな人なのに?」


「天が選んだ勇者に、絶対を約束する色んな能力を与えて誕生させても、活かせるかどうかは本人次第なんだろ」


「そ、それはそうだろうけれど」


「ネプォンも、一度は魔王の元へと辿り着いて、対決している。ただ、詰めが甘かった。勘だけでやってこれたツケが、最悪の形で返ってきてしまったんだ」


そう、あの驚異的な勘も、当たりすぎれば逆に疑わなくなってしまう。あいつは、たまに外れても、なかったことにしていたからな。


フィオは、ため息をついて俺を見上げた。


「おまけに、世界を売り、やり直しも放棄して神器を売り払って逃げたしね」


「だな。グルレスの英雄は、そんな勇者を補完するための存在なのかもしれない。勇者がダメになっても、魔王は倒さないといけないから」


「過去にもこういう人、いたんでしょ? 有名な伝説の英雄たちを、見る目が変わっちゃう」


「高潔で誇り高く、絶対の力で悪を倒す正義の味方……。『中にはそういう人もいた』と理解したほうが正しいかもな」


「深く知ろうとすると、幻滅しそうね」


「そういうものだよ、でも……伝説はみんな好きだ。事実の生臭さを隠して語られる絶対強者の話は、面白い」


「そうね、でも私は……」


「ん?」


「最初に天に選ばれた勇者じゃなくても、あなたを尊敬してる。優しくて、強くて、……少しえっちなところもあるけど、大好きよ」


「あーあ、バレていたか」


「ちゃんと見てるから、わかる」


「まいりました」


「ふふ」


「あははは」


抱きしめ合ったまま、俺たちは笑う。

幸せだ。とても。


ひとしきり笑った後、どちらともなく、お互い顔を見合わせて目を閉じる。


このまま、今夜はこのまま……。


コンコン。


また、誰かが部屋をノックする。

誰だろう、邪魔しないでほしいな。


「グライア神官、ここにいるのでしょう?」


オベリア様の声だ。

俺たちは顔を見合わせる。


「クリムティナ・フィオ・グライア神官、夜更けに殿方の部屋を訪れるものではありません。さあ、部屋に戻りなさい」


オベリア様も、譲らない。

フィオは、困惑した表情でドアを見た。


「……見つかっちゃった……」


「そうだな」


「行かないと……」


「ああ」


それでもフィオは、俺の服を指先で掴んだまま動かない。


さすがにオベリア様に、居留守は通じないだろう。


「フィオ」


「!!」


俺は彼女の服の襟を指先で下げると、その下にサッと唇をつけた。


「ア、アーチロビン」


フィオが困惑しながらも、そっと俺の頭を抱き込んでくる。


少しだけ強く吸って離すと、彼女の肌に赤い痕が残った。


「俺たちの、せめてもの抵抗……てことで」


「ん……」


「ここなら、見えないし」


「そうね……じゃ、おやすみなさい、アーチロビン」


「おやすみ、フィオ」


フィオは部屋から出ると、オベリア様と一緒に廊下を歩いて行った。


「はあ……!」


俺は寝台に仰向けになって、大きなため息をつく。


格好つけすぎだ。

これが、最後かもしれないのに。


顔を両手で覆って、目を閉じる。


そこへ、フェイルノが帰ってきた。


「何も言うなよ、フェイルノ」


「……」


「ありがとう」


俺はそのまま眠った。

フィオの温もりを、思い出しながら。


読んでくださってありがとうございます。

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