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勇者の親友はつらいよ  作者: シール
7/19

森の襲撃

 

「フレッサ!」


「へ?」


 行動を共にしてまだ数分、少女はなんの前置きもなくいきなりルークへそう叫んだ。

 咄嗟に返事を返せなかったルークは数秒経過して、挨拶かと思って同じ言葉を呟いた。


「フレッサ?」


 その反応に少女はにっこりと笑顔になった。


「うん! わたしフレッサ。おかあさんがねえ、だいすきなものからつけてくれたんだって」


「へえ、そうなのか……良かったなあ?」


「えへへ~」


(挨拶じゃなかったのか。焦った………!!)


 呼ばれて嬉しそうに顔を綻ばせるフレッサを見下ろしながら、勘違いがばれずにすんだと安堵する。

 ルークは名前を聞いたときに少女がその場で答えなかったので答えたくないのかと思い、ならば無理に知らなくてもいいかと割り切っていた。そのせいで突然の発言が挨拶だなどと思い込んでしまったのだ。


「おじさんは?」


「ん? 俺の名前か?」


「うん」


「ルークだ。……そうだな、これからはおじさんじゃなくてルークって呼んでくれ」


 言い聞かせているが、未だおじさん呼びになれない。できれば名前で呼ばれたいと願うルーク。


「るーく? うん、わかったルーク」


 フレッサは特に何も思わず教えられた名前を呼んだ。


「よし。改めてよろしくな、フレッサ」


「うん! ふっふふ~、ふ~ん♬」


 フレッサは上機嫌に腕を振る。鼻歌まで歌いだしていた。先ほどと比べると随分変わったものだ。

 どうやらさっきまでは最大限警戒していただけで、本来は明るく快活な子のようだ。小さいこともあって、心を許すとあっという間に近づいてルークに懐いてしまっている。

 もう少し警戒すべきでは………などとルークが思っても、相手は子供。本人がそんな考えに至るはずがなかった。


「おっかあっさんーどっこでっすか♪ いっまいっくよ~♪」


 上機嫌に自作の歌を歌っているフレッサ。

 なんでそんなにテンションが上がっているのかわからないルークは、この状態で母親のことを聞いてもいいものか迷う。また気分を沈めるのも良くない気がして、しかしなんの情報もないまま歩いていたって状況が変わるわけでもない。さっき聞いた限りでは触手は母親も襲っていたらしいので安否が心配でもあった。

 結局、意を決してなるべくさりげなくなるように聞くことにした。


「なあフレッサ、お母さんと別れた時はお母さん無事だったか?」


「え?」


 キョトンとしたあと、フレッサの顔がみるみる歪み、泣く一歩手前になる。


「う……おかあさん、わかんな…い………けがしてるの?」


 徐々にしゃくりあげるフレッサに、ルークはまったくさりげなく聞いていなかったと慌てて小さな頭を撫で始めた。


「ああっ、泣くな泣くなっ…。わからなくてもいいんだ、きっと無事だよ!」


「っ…、ほんと?」


 うるんだ瞳に首振り人形のごとくコクコクと頷く。


「わかんないの、おこってない?」


「怒ってない怒ってない! フレッサのお母さんのこと心配してるだけだから。な? だから泣かなくていいんだよ~」


「うん………」


 納得してくれたのか、ぐしぐし目をこすって涙を引っ込めてくれた。ホッと安堵の息を吐いてルークは歩みを促した。

 フレッサの歩調に合わせてゆっくり進むが、その間無言なのもどうかと思いルークはいろいろと聞いた。

 先程の失敗で、自分にさりげなくは無理だと理解してからはズバズバと疑問をそのまま尋ねた。

 母と居た時のこと、突然この森に来てからのことなどなど……。

 子供の頭脳では説明もうまく整理できないだろうから、急かすことはせず、答えられるまで待ったり、わからないと言われたら別の質問に切り替えたりして、少しずつでも情報収集していった。


「………じゃあ、その黒いのはいっぱいいたのか?」


「うん。いた。いっぱいいたよ。うねうねしててね、ばしばしあたるからすっごくこわかった。それでね……」


 フレッサ曰く、お昼寝から目覚めた時には既にいて、母が何とか対抗しようとしていたらしい。

 母親の元に行こうと駆けだしたところで横から押されてよろめいたところを、足をすくわれ何かに吸い込まれて母と別れてしまったという。

 その後ここにいることに気づき母を呼ぶも返事はなく、探し歩いているうちにあの動物と出会い可愛いと突撃して一緒に遊ぶ方に夢中になった。それで途中までは気にならなかったが、だんだん集中力が切れて回りを見渡して一人が寂しくなっていたところにルークが来た、という感じだったらしい。

 あの生き物たちと遊んでいた時点でルークはフレッサが只者じゃない気がしたが、それは横に置いておく。


「その黒いの、フレッサは見えたのか?」


「うん、いっぱいみたよ。なんで?」


 さっきまでのベソはどこ吹く風といった様子で首をひねる。


(俺には見えなかったのに、フレッサは見えたのか…………)


 この違いはなんなのだろうと疑問が浮かぶ。

 黒い、と周りが言うからには襲った触手は目立たないわけではないだろう。なのにルークには見えなかった。捕まっていた時だって、掴まれている・引っ張られているという感覚だけがあって周囲の反応で危ない状況なんだと想像するしかなかった。

 連れ去られたなら、またあの見えない触手と相対することになる気がする。そうなると不安だ。

 もしここでまたあの触手が出てきたら、ルークは認識できない。フレッサの目を頼るにしても子供の反応速度は大人よりずっと遅い、そんな状態では攻撃や防御を咄嗟にとることができない。これは致命的だ。

 見えないというのはそれだけで脅威がある。

 凄腕の猛者なら気配で察知するなんて技量で対抗出来るだろうが、ルークはそこまでの剣の腕は持っていないと自覚している。自分の命を守るためにも自身の実力の程度は厳しくつけているつもりだ。

 並よりは上。そうそう遅れはとらないが経験が上のずば抜けた者にはあっさり負けてしまうだろう。と、それくらいが自身の技量だと意識していた。

 もしまた見えない触手に襲われた場合、果たして自分は対抗できるだろうかと不安になった。

 しかし子供がいる手前、ルークはそれらの不安を隠してフレッサと接した。

 時折振り返っては手にした草木を見せて楽しそうにしているフレッサにルークは癒され不安にさいなまれ続けることがないのを感謝する。

 歩きながら草木とじゃれるフレッサを眺め、ルークはこんなところ早く抜け出して母親と再会できるといいのにと願う。知らぬうちに娘が消えていた母親の気持ちを考えたら、泣き崩れてることだろう。一刻も早く帰してやりたい、と。

 両親を失い、長い間友も失った気分でいた昔の自分を思い返すとどちらの気持ちもわかってしまう。

 フレッサと離れすぎないようにしながら周囲をずっと観察して、ここから出られる方法が少しでもわからないかとルークは懸命に手掛かりを探した。

 そんなことを考えながら歩いている先へ目を向けた。

 だいぶ歩いてもうルークが入った入口は見えない。外側がわかる場所がないかと木々を見ていた目はひとつの変化をかすかにとらえた。

 だがそれは不自然と思えるもので、違和感が湧く。

 枝が揺れたのだ。なんの原因もない場所で。


「フレッサ、止まれ!」


「っ……ぁ、はい!」


 ルークの呼びかけに驚いて止まったフレッサ。

 振り返りルークをとらえると、戻ってくるように指示される。急いで近くまで戻ると、ルークはフレッサを片手で庇いながら一歩前に出てある揺れた枝の一点を見つめた。


「どうしたの?」


「なにか………動いたような…」


 フレッサへの説明も言い終わる前に途切れさせて、ルークはじっと茂みを観察した。

 なにかが、茂みを揺らした気がしたのだ。

 ここには風が吹いていない。揺らす存在があるとすればルークたちと、謎の生き物だけだ。

 あの生き物たちは最初見つけた場所からは動いていない、ルークたちも木々に沿ってはいるが中に入っているわけじゃない。


(今草を揺らしたのは、何だ…?)


 ザワ、と。自分の中の何かが反応した。

 何でもない可能性もあるが、長年の勘なのかこれはヤバい、逃げた方がいい、と頭に警鐘が鳴った。そうなると迷わずルークは動き出す。


「走るぞ!」


「え、わっ!?」


 警鐘に従ってルークはフレッサを抱きかかえ、その場から方向も考えずに離れた。

 その途端、茂みの一か所がぶるんっとひとつ震え…いや揺れた。

 ただの植物がそんな動きをするわけがない、しかも枝が見えないほどに茂っていたのにいつもの草同士の擦れる音が全くない。

 それが終わると瞬く間に他の木々や茂みがぶるんっ、ぶるんっと大きく揺れだした。そして自らの色を緑から黒へと変色させていった。


「ルーク! くさがビクンってうごいた! いっぱいうごいてる! どうぶつさんたちいるのかなっ?」


 背を向けて走り続けているルークには全く見えていないが、抱かれて背後が見えるフレッサはびっくりした興奮で背後の様子をルークに報告している。


「さあなっ、少なくとも……っ…俺たちには良くないもんだ! 絶対!」


 じゃなきゃあんな予感じみた感覚が来るわけない。と、誰ともなく力説する。

 その予想は当たっていた。

 黒くなった植物は形状さえも変えて、植物であったすべてがそれぞれ細く長く裂け、成人男性の腕くらいの太さの根のような形状になった。

 ゆらゆらと揺れるそれは二人を攫った触手によく似ていた。


「ルーク! くろいの! くろいのでた!」


 いち早く記憶と情報を一致させたフレッサは頭をバシバシはたいて事態をルークへと伝える。


「なにっ!?」


 必死だった足を止め、いったん振り返った。だいぶ距離は稼げていた。

 自分たちがいた場所を探す必要もなく、黒い触手がゆらゆらうねっている部分を見つけぎょっとする。


「あそこの木がああなったのか!? 触手ってあんな感じなのか……」


 何故か今回は見えたらしいことに微妙に感動し、少しの間観察した。だがそこでふと気づく。


「おい、木が変化したってことは…………」


 嫌な予感は当たるものだ。他の木々も変わるのか?とルークが見回すよりもはやく、囲んでいた植物が黒く変色し、同じように裂けて触手へと変貌した。

 緑から黒へ、色が変わると共にどんどん触手が増えていった。


(逃げ場、ねえじゃねえか…………)


 内心呟いてギリ、と唇を噛む。

 いくら広くても檻のようにルークたちを囲んでいた植物が触手となれば囲まれているのは当然で、しかも逃げ場を残してくれるような優しさはない。

 中心部を目指して走ったおかげでまだ距離があるが、これを詰められるのも時間の問題だ。

 いつもの武器があればまだ護る手段も増えただろうに、外に出る時は必ず持っている愛用の剣は今腰に吊るされていない。


(くそっ、アランがちゃんと準備させれば…………! あいつ殴る!)


 殴る理由項目に一つ追加がでたのを脳にインプットした後、ルークはフレッサだけでも助かる方法を必死に考える。

 フレッサは現状の不味さに理解ができていないが、ルークを見上げ、彼の真剣な表情にぐっとズボンを握って不安そうに成り行きを見ている。


(どうする、どうする!? あれに捕まると絶対ヤバい気がする。どうにか逃げられないか? だがどんどん黒くなって…)


「くそっ!」


 思わず口から悪態が洩れた。

 出来ることがない。

 考えている間にも、触手はざわざわと揺れながら伸びて距離を縮めてくる。

 反対側からも触手は現れた、こうなると本当に逃げ場がないと確信させられる。

 わけのわからないまま死ぬなんてごめんだが、対抗手段が全く思いつかないためルークはとりあえずしゃがんでフレッサを包み込むように抱き締めて少しでも少女を守る姿勢になった。逃げられないのなら、せめて目の前の命は守ろうと思ったのだ。


「ルーク?」


「悪いフレッサ、我慢してくれ。逃げられそうにない」


 行動の意味がわからないフレッサは隙間から外を見て、さっきより増えた触手に怯えをみせる。いつの間にか触手との距離は数メートルほどにまで縮まっていた。


「あれなに? なんでこっちくるの?」


「わからない。でも捕まらない方がいいと、俺は思う。逃げたくても逃げられないんだがな……」


「つかまっちゃうの?」


「…………わからない。ひょっとしたら死んでしまうのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だがお前のことは守ってやる、心配するな」


 ルークの静かな瞳は話しながらもジッと触手を観察する。少しでも少女が生き残れる可能性を探るために回避案を探り、行動を立てる。

 自分が生き残ることはもう考えていなかった。

 ひょっとしたらルークの考えすぎで、死なないのかもしれない。何か二人を捕まえる必要があるだけという可能性はある。

 だがそんな推測でのんびり待ち構えることなど出来ない。自分ができうる限りのことをやってから結果をみるしかない。だから今は懸命に考える。

 傭兵は自分にとっての最悪を考えて、そうならないように用心するのがずっと生き残る術だ。

 まだ、諦める気はない。

 思考から淡々と可能性を口にしただけなのだが、死という単語にフレッサは大きく動揺した。


「しんじゃう………」


 口にして、その意味を知っているために恐怖が湧き、迫ってくる触手たちが今まで以上に恐ろしく感じた。


「わたしも、ルークも?」


(あれのせいで、しんじゃうの?)


 母のもとにも帰れず、ついさきほど知り合ったばかりのルークと二人で死んでしまうのか。あんな気持ち悪いもののせいで帰れなくなってしまうのか。

 ルークが覆いかぶさるようにしてフレッサを隠す。

 もう触手は目の前だった。


「…………やだ」


 覚悟を決めたルークがじっと耐える姿勢のなか、フレッサが呟いた。

 このまま死ぬなんて、そんなの嫌だと強く思った。


「やだっ! わたし、おかあさんのところかえるんだもんっ‼ かえるんだもんっっ‼‼」


 自分でも知らないうちに感情は言葉に変わり、気づけばルークの腕の中で叫んでいた。

 すると体内の奥から熱が沸き上がり、体の中だけが燃え上がっているような感覚に襲われる。風邪で熱を出した時のそれよりも朦朧とし、それでも死にたくないという思いだけを抱いてそこでフレッサの意識は暗転した。

 そうして涙目で突然叫び気を失ったフレッサにルークは驚き、やっと少女に目を向けた。

 そして、異変を見た。

 気絶したためにフレッサ本人は気づいていない。

 だが見間違いではなく、気を失った少女の体がぼんやりと発光しだしていた。


「なに…わっ!?」


 その現象にルークがなにかを言うよりも早く光は強まり、一瞬で二人を包み込むほどに光量を増す。

 眩しすぎるため目を開けていられないルークは咄嗟に目を閉じる。


「まぶし………なにが…」


 閉じていても瞼の裏へ感じる眩しさに一向に目が開けられない。

 彼が最後に視認できたのは、原因である腕の中の少女がぎゅっとうずくまる姿の影。それからはもう光に耐えることしかできず、依然状況を覆すこともできないままルークはただ視力が戻るのを待つしかできなかった。

 動けない二人は触手にとって格好の的になっただろう。

 しかし、二人は襲われることはなかった。

 強い光に包まれた二人を寸前まで囲んでいた触手は、いつの間にか動きを止め、彼らに近づくのを躊躇するような仕草を見せていた。

 もはや完全に二人を囲んでいた触手は周囲で忌々しそうに激しくうねっていた。

 勢いよく燃える炎のようにうごめく触手だが、それ以上二人に近づくことはしない。どうやら光のせいでそれ以上近づけないでいるようだった。

 ルークが見ていたらフレッサを抱いたままチャンスだと走り出していただろうが、眩しくて固まっている現状の彼に知る術はない。

 触手だけが――視認できるのかは謎だが――光の変化をずっと視ていた。

 光は徐々にその輝きを失い、中心にいる者の形がわかるようになってきた。

 それに1本だけ人間くさいハッと気づいたような動作をみせ、あたりの同じ触手に「行けっ」とでも言うように根先だけ揺らがせて膜を指し他へ発進命令を促した。

 他はそれに逆らうこともなく、了解の意なのか少しゆらいでからじりじりと二人との距離を縮め始めた。

 勢いを取り戻した触手は刺し貫くために先端を硬く尖らせ、一気に突撃した。

 ドドドッと地面にいくつも固いものが突き立つ音がする。

 しかしそこにいたはずの人は消えていた。触手たちはただ地面を刺しているだけだった。

 驚きでも表しているのか、触手たちは地面に突き立った状態のまま固まっていた。

 出ることの叶わないと思っていた森から、ルークとフレッサは消えていた。

なんか書くほどに脳内で話が迷走します…。

おかしいな。なぜだ…。


そんな迷走気味な感じで投稿しているのですが、読んでいただいてるのが嬉しいです。

ありがとうございます。

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