森と子供
「なんだ、ここ……」
子供が怪しげな森の中にいるとわかって、警戒心を最大限引き上げて森に足を踏み入れたルークは中の異様さに呆気にとられた。
森の中は外からの鬱蒼とした印象とは違った。端的に言ってしまえば森じゃなかった。
あの外側の木々はまるで柵の代わりだったように外側だけに厚く生えていて、抜けた先の中は先ほどの野原と同じようになっていた。そして一番目を疑うのが、ぬいぐるみみたいなフワフワした不思議な動物(?)たちが駆け回っていたのだ。
「生き物、なのか? こいつら」
フワフワしてそうな、可愛いようにもみえる生物だがルークには不気味にしか思えなかった。自分の常識が消えているような得体の知れなさに不安や恐怖の方が勝っているためだ。
目に見えるだけで十数匹の動物(?)がちょこまかと動いているのに、本来あるはずの足音が聞こえない。せいぜいが草を揺らす音くらいだ。
そして犬猫に始まり羽の生えた馬や、絵具を塗ったのかと疑うようなやけに黄色いキツネ、赤いウサギ。リスに羊と、大小さまざまな者がいるのに、全部が全部幼児ほどの均一した大きさで揃っていた。
こんなことはあり得ない。
どこに人の顔より大きいリスがいる? 通常の子馬より小さい(翼のある)馬が存在する?
この森すべてがあり得ないものだらけで構想されていた。
「あの世説が強くなってきたな……」
理解の範疇を越えたルークはそんなことを考えて自身の混乱を紛らわせる。そうでもしないと頭がどうにかなってしまいそうだ。
今は仕事道具の剣やその他武器防具の一切がない、下手に謎動物たちと接触・刺激して命の危機になったら抵抗の仕様がない。
そっと生き物たちから距離をとり、とりあえず刺激しないだろうと思うところまで離れてから本来の目的に向かい足を進めた。
「子供はどこだ、あんなすすり泣きが大声でできるわけないと思うんだが……」
ルークは不気味な生き物たちから目を逸らした。目的がなければこんなところはごめんだ、さっさと先ほどの泣き声の主をみつけて森から出たい。
しかし先ほどから聞こえていた泣き声がぴたりと止んで静かになってしまっている。あの声が道しるべのようなものだったのに、これではあてがなくなってしまう。
仕方なく木々の柵に沿って歩き出し、いるはずの子供を呼んでみる。
「おお~い! どこだ、いるんだろう? 返事をしてくれ~」
声をさっきよりも張り上げてルークはあたりを見渡した。
見晴らしはいいのに、謎動物たち以外姿は見えない。
いつまでも見つからないので、ひょっとしてあれは自分が作り出した幻聴かもしれないという思案も浮かぶ。
(いや、泣き声は確かに聞こえた。いるはずだ。こっちが呼び続けてれば向こうにも聞こえるだろう)
「お~い、泣いてる子~、どうやって迷い込んだか知らんが帰った方がいいぞ~。ここはよくわからん所だし、おにーさんも迷子になりそうだ~。一緒に帰ろうぜ~」
いくらかでも優しく聞こえるよう、気安い感じで喋ったりして気を引く努力を繰り返す。
またしばらくそれだけで時間がつぶれたが、成果は現れてくれなかった。
誰かと会えるかもしれないという期待を裏切られた悲しみと、なぜ自分がこんなに苦労しているのかという苛立ちが募る。
(くそ、アランめ、覚えてろ。次ぎ会った時はやっぱ一発殴ってやる)
ただ合流してハイおしまい、には絶対にしたくない。巻き込んだ謝罪は絶対にさせてやる。
そうしてまたしばらく歩いてそろそろ戻った方がいいかと思ったころ、ふと木の陰に隠れたそれらしい影を見つけた。
「ん?」
こそこそと木の陰へ陰へと移り、近づいてくる小さな影に目を凝らし、ルークはもしやとそこへ声をかけた。
「泣いてたのはお前か?」
「ひっ!?」
ガサガサッとまるで返事のように枝の揺らす音と短い悲鳴が聞こえてくる。耳に届いた限り、子供特有の高い声音だ。
そっと近づいていくと、向こうもそっと遠ざかろうとした。
悲鳴があがったことに若干ショックを受けつつも、これ以上近づいたら逃げそうな雰囲気があるのでルークはその場にとどまり声だけかけ続けた。
「お前一人か?」
…ガサツ。
「………大人か?」
ガサガサッ。
「……そこから出てくる気はないか?」
ガサガサガサツ。
言葉を交わす気がないらしく、さっきから草の揺れる音が返事のようになってしまっている。会話が成り立たないことにハア、と溜息をつくルーク。
意思伝達手段がないと相手の様子もうかがえない。子供なので怖がるようなことはしたくなかったのだが、面倒になってきたのでルークは少し大人げない手段をとることにした。
ようするに悪ガキを捕まえる時のように直接捕まえることにしたのだ。
「俺の気のせいか。こんなとこに一人でいるのも嫌だし、他の場所を探すか」
傭兵職の基本で相手の気配を窺い、どこにいるのか大体の察しをつけてから姿が現れないことにわざとらしく残念がって返るそぶりを見せる。
「……、……………。」
なんとなくだが戸惑った雰囲気が伝わってきて、内心しめしめと思いながら背を向ける。
「あっ……………」
本当に行ってしまうと焦ったのだろう、声が漏れていた。
ガサリと草の中から出て来たのだろう音が聞こえて、今だっ!とルークは思い切り振り返った。
「うえっ!?」
言葉にならない驚きを口からだして、子供は硬直したままルークと目を合わせた。
そのチャンスをルークは逃さない。
「そら!」
子供が逃げに入る前に側まで駆け寄り、恐怖で動けなくなっている子供の腰のあたりを両手でがっしり掴んで持ち上げた。十に届いていないと一目でわかる子供は軽々と持ち上げることができた。
なんでこんな子がこんな場所に居るのかと疑問が駆け抜けたが、それより前にまずルークは表情がみるみるひきつっていく子供へ謝罪を口にした。
「いきなりこんなことしてごめんな! 逃げてほしくなかったんだ」
悲鳴をあげかけた子供はルークの謝罪で声が口の中で止まってしまう。
そして大きく見開いた目でじっとルークを見つめた。
「………………………。」
子供はびっくりした顔のまま固まってしまい、何も発さなかった。それでも不安と警戒、何かの期待を向けているのを瞳で雄弁に語っていた。
悪い感情だけではないようなので、すぐに遠ざかっていくことはないだろうと期待し、ルークは子供をそっと降ろした。
予想通り、子供は逃げずにその場に留まった。怖さからというよりは、一人になりたくないからのような印象を持つ。近づくのは怖いが、離れたくない。そんな気持ちが服の裾を握ってもじもじしている態度から見え隠れする。
子供は少女だった。
若葉のような薄緑の髪が肩口で切られ、くりくりしたこちらは濃い緑の瞳を不安で揺らしている。幼子らしいどこも丸みのある顔と体で6~7歳くらいにみえる。
子供相手のときは笑顔だ、と意識して怖がらせない距離を保ちつつルークは優しく見えるように笑顔を浮かべて話しかけた。
「さっきはごめんな。逃げないでほしくて捕まえたんだ。体が痛くなったりとかしてないか?」
「…………んっ……」
(お?)
最後の言葉に短くだが応えてくれた。少しは警戒心を解いてくれたらしい。
もう少し突っ込んでみるかと質問を続ける。
「さっき変な生き物に遭ったんだが、お嬢ちゃん大丈夫だったか? 何もされてないか?」
「ん。だいじょぶ。こわくないもん」
少女的にはアレは怖い部類には入らないらしい、表情にも怯えはない。
ルークは素直に褒めた。
「すごいな! 俺は怖かったぞ。あのふわふわした生き物」
「あれは……かわいい、から………」
「そ、そうか、かわいいのか」
ルークにとっては不気味でしかなかったあの生き物たちを可愛いと感じるとは。見た目より胆力があるらしいと感心した。いや、単に女の子は可愛く見えるのかもしれない。
やっと言葉を交わしたことで少女は自分からルークへと尋ねた。
「………お、おじさん、だれ? どこからきたの?」
「おじ………」
おじさん呼びされることにショックを受けるルーク。だがまぁ、29という歳を考えて呼ばれてもおかしくないんだと自覚し、数秒熟考した末くだらないプライドは捨てた。
「え、とな。ぉじさ、んは………迷子だ」
若干詰まりつつも答えた。
少女は不思議そうにコテンと首を傾げる。
「まいご?」
「ああ、迷子。友達とはぐれてな。次会ったらぶちのめ……ゴホンッ、頼まれごともあるから早く会いたいんだよなあ~」
本音がダダ漏れそうになって慌てて飲み込んだ。
そんなルークの様子に少し和んだようで、クスッと笑った。
「…わたしも、まいご」
「そうなのか? そっかあ~、迷子仲間か~」
軽い調子で話していくと、少女の表情から怯えの色が消え始めた。だんだん打ち解けてきたようで、まだぽつぽつとだが返答も返してくるようになった。
今ならいけるかとルークは少女のすぐ隣まで近づいてその場に腰を下ろした。いつまでも立ったままだと威圧感を与えてしまう気がしたのだ。
近づくときにビクリと肩を跳ねさせはしたが、少女は逃げずにその場にとどまった。
さっきよりは警戒されていないらしいとわかり、ルークはそのことにほっと安堵する。
優しく、優しくと胸の内で呟きながらルークは質問を続ける。
「お前はどうして迷子になったんだ? 一人は寂しいしここは怖いだろう、親はどこだ?」
ルークを真似てちょこんと座り、聞く姿勢になった子供は親と聞いてたちまち泣く一歩手前の表情になった。
それにあわあわと焦るルーク。
「ほ、ほら、はぐれたんなら連れて行ってやるし、ここで待っててねとか言われてたりしないのか? 一緒に待っててやるぞ」
慌ててフォローを試みるも、子供はポロポロ涙をこぼした。
「う……、おかあさん、どっかいっちゃった」
「どっか?」
「うるさくておきたの。そしたらくろいのがわあーっていて、ひっぱられて……ここいたの」
「黒いの…に、引っ張られた…?」
既視感があって反芻すると、少女は頷いた。
言っていることが自分の状況と似通っている。そう感じるともっと状況が聞きたくて、ルークは焦りすぎないように気を付けながら少女から引っ張られた時のことを聞いた。
子供の説明はつたないが、ぐずりながらでも伝わった内容はルークの予想通り、黒い触手に襲われたというものだった。
昼寝していたところ、周りの騒がしさに目を覚ますと母親がどこからかでてきた触手を追い払おうとしていて、何が起きているのかわからなかった少女は怖くなって母の側に行こうとした。そこを触手に捕まり、叫ぶより早くこのよくわからない場へ放り出された、ということだった。
子供ながらの擬音表現を交えて説明を終えた少女に教えてくれたことへ礼を言って、ルークは状況を整理した。
自分も少女も、突然現れた黒い触手によってこの場に攫われている。
相手の目的は不明。
不気味な生き物たちと、檻のような森。
果てがないと感じる野原と時間が経過しないこの空間。
少ない情報だが、これらから自分たちは閉じ込められているという推測は立った。
理由はわからないが、あの触手はどうやら自分たちをここから逃がしたくないらしい。だから一見だだっ広いだけの野原を模して、どこかへ移動しただけと思わせようとしたのじゃないだろうか。できるだけ気づかせないために。
だがルークはそれでよくても幼い少女はそれでは騙せない。いや、騙す以前の問題で親の元へ帰れない時点でここがおかしいと気づいても、脱出の手段など思いつかなくて泣いていたのだろう。
(この推測が正しければ、脱出口でも探してみればいいんだろうが…………自力で出れるのか? これ)
冷静にこれまでを思い起こして、嫌な予想ばかりが浮かぶ。
ここに飛ばされる時、ルークはアラン達と共に転移魔法の陣の中で待機していた。そこに触手が現れた。
そしてルークの記憶が正しければ、気絶する前に見た光景は、上部に浮かんだ魔法陣に引きずり込まれていく自分の状態だ。
つまりは、ここには魔法現象で飛ばされているということになる。その場合、対抗するには魔法が必要な気がする。
そうなると、ルークに対抗する術はない。何もない。従って脱出を試みようにも最初から無理ということになる。
そこまで思い至ってルークは心が折れそうになったが、子供の手前情けない顔は隠した。
「ねえ、ここどこ? おかあさんとこ、かえりたい……」
少女が弱々しく訴える。
大人がきたことで何とかしてくれると疑いもしないのだろう。家に帰してくれる期待がありありとルークへ伝わってくる。
推測を口に出すわけにもいかないのでどうだろうなあと濁して曖昧に首を傾げるしかルークにはできない。
「ここは魔法でできた場所かもしれないんだ。そうすると出るのに時間がかかる」
不安を煽るわけにもいかず、出られないとは言わずにおく。
「まほう? まほうってこういうのつくれるの?」
ルークの説明に少女は不思議そうにする。
少女にとって魔法とは絵本の中でしか知らない。本では王子様を助けたり、お姫様に変身させたりする話に魔法が出てくるのが多かったので楽しい存在に思っていた。地面や木をつくるなんて思っていなかった。
涙を引っ込めてきょとんとする少女に、ルークは「できたみたいだなぁ」と曖昧に頷く。ルークだって魔法には疎いのだ、説明なんか求められてもできない。
そのまましばらく無言が続き、会話は途絶えた。
(俺たちを閉じ込めているとしたら、いつまでここに居させる気なんだ? 食料、どうしようか。それに寝床や雨風をしのげる場所も探す必要がある。……どれくらい経ったんだろうな、時間が分かれば楽なんだが。みんな…)
「……みんな、無事だといいな」
頭の中で考えていたことが無意識にでてしまった。
完全に無意識だったため聞かれていることにも気づかず呟いたそれは、少女に不安を呼んだ。
「おかあさん、あぶないの?」
幼くとも無事の意味くらい少女も知っている。それを案じているルークの様子に、彼と同じ状況に居ると理解した少女は母が危ない目に遭っているのかと危惧した。
ハッとやっとルークがまともに覚醒した時には少女の表情はくしゃりと歪んでいた。
「あ、いや、違うぞっ。お前のお母さんのことじゃなく………」
「たすけにいく!」
「へ?」
また泣かせてしまうと焦ったルークがフォローを入れる途中で、少女がキッと決意の眼をして言葉を遮った。
「おかあさんがあぶないなら、たすけるの! わたし、いいこだもん!」
挙手のように右手を上げて、潤んだ瞳のまま少女は言い放った。
「でもどこにいるかわからないだろう」
「さがすもん! おかあさんたすけにいくの! かえる!」
さっきまでの弱々しさが消えて勇ましく宣言する少女。
探すと言ったって、この場所がどこなのかも検討が付かないのだ。あたりを歩き回ったところで見つかるわけがない。それに子供の体力などたかが知れている。
だがルークはなにも言わずそうか、とだけ返した。
酷い方法ではあるが、ただどうすればいいのかわからず、泣きたくなる不安を抱えて待ち続けるよりは少女の気持ち的には紛れるのではないだろうかと思った。
それに自分の推測が当たっているとも限らないのだ。動く価値はあるだろう。
「おじさんも!」
「え?」
突然指名されて、ルークは何が自分もなのかわからずきょとんとする。
少女はビシッとルークを指してもう一度声を張り上げた。
「おじさんもさがすの! おかあさんいっしょにさがして!」
まさかの指名にびっくりして、ルークは尋ねた。
「……おじさんと一緒でいいのか? 怖くないか?」
怖がられるのは悲しいが、まだ少女は警戒心を持っているはずだ。一人にさせるわけにはいかないが、そんな状態でずっとつきまとって泣かせても申し訳ない。ルークとしても自分のせいで泣かれるのは辛い。
一応確認してみたら、初めて少女はニパッとした笑顔を見せて答えた。
「こわくないよ!」
そしてはっきりとそう言った。
「おじさん、やさしいもん。いっしょにいてくれるっていってくれたもん。こわくないよ!」
純粋に思っていることを口にする少女。
その笑顔に、ルークは嬉しさが湧く。
(脱出できる可能性は低い、が、まだ諦めるには早いか)
己の諦めの速さに気づかされて反省し、こちらもやる気が湧いてニッと笑う。
「じゃあ、一緒にお母さん探すか」
「うん!」
二人は立ち上がる。
子供特融の好奇心に負けてふらふら離れられても困るので、ルークは少し迷った後そっと左手を少女に伸ばした。
少女はその意図に最初は首を傾げていたが、ハッと何かに気づき、ルークの手に小さな両手で飛びついた。
ぎこちなくだが二人は手を繋ぎ、檻のような不思議な森を歩き始めた。
いまだアランたちの安否もこの場所のこともわからずじまいだが、もうそんなことはルークには気にならない。
それより今はこの少女の方が大事だ、なのでいったんアラン達のことは後回しにする。
だが再会したときにはこんなことに巻き込んだ彼の顔面に一発入れる誓いのことだけは忘れなかった。
その誓いが果たされるまでは、もう少しかかりそうだ。




