依頼、からのさらに拉致
『寄越せ』
『寄越せ』
『……がいる』
『……に寄越せ』
魔法陣に引き込まれてから、ルークは上下もわからないほど真っ暗な空間を漂った。
だが本人に意識はなかった。触手に引き込まれてすぐ、強く首を絞められ気絶させられたからだ。
そんな状況の中、絶えずどこからか聞こえてくる低い声が、ルークの耳に刷り込むように繰り返し囁いている。
『寄越せ』
『……がいる』
『……を見つけろ』
声は呪詛のように何度も繰り返される。たとえ本人に聞きとられていなくても覚えていられるように、何度も、何度も時間の許す限りに声は囁きつづけていた。
そして次第にルークの回りに景色とは違うものが現れた。
それは青みがかった火の玉だ。中心が黒く、幾重にも揺れる炎の色は青い。
複数現れた火の玉は徐々にルークへとくっつき、服を燃やすことなく触れると溶けるように体の奥底に染み込んだ。
同時に、声が消えた。
図っていたようにそこへ光が現れ、光は魔法陣へと変わりルークの身体を挟んで転送を開始した。
目覚めないまま、何をされたのかも知らないままルークは再び転移した。
「…っ……どはっ!!?」
前触れもなくルークは突然地面へ放り出された。気絶していたせいで受け身が取れず、地面へ衝突して気が付いた。
「ゲホッゲホッ…! いってぇ………どこだここ?」
全身地面に打ち付け、苦しい場所をさすりながら周囲を見回した。
だてに傭兵稼業を続けてない、こういう時の状況対応力はしっかりと身に着けている。慌てず騒がずあたりを確認し、とりあえず危機的状況ではないことを確信する。脅威になりうるようなものもなく、明るい場所だ。そのことにとりあえず安堵する。
触手も消えたようで、手足は自由に動かせた。
「まったく…、なんなんだよ次から次へと。あいつはトラブルしか持ってこれねえのか」
再会の喜びもつかの間で知らぬ土地に飛ぶわ、勇者一行から仕事の依頼はされるわ、謎の触手に攫われて彼らとはぐれるわで、ルークはもう状況を嘆く以上に疲れた。
とりあえずいったん友人のことを横に置きルークは自分の置かれている状況を観察する。
周囲は平坦な地面に雑草や野花が生えたのどかな感じの野原だ。
「あー…、俺はどこにいるんだ?」
まったく覚えのない場所にルークは首を捻った。
「近くの森でもないし、家に帰してもらったわけでもなさそうだし。まああんな状況で家の近くに行けるとは思わないが、なんでこんなとこに引っ張られたんだかねえ……」
頭を掻いて、ポカンと空を見上げる。
(俺はどうすりゃいいんだか………)
とりあえず、とルークはどうするべきかを考えた。
このまま待ってアラン達が自分を見つけるのを待つのも手だが、巻き込まれた側として彼らを頼りにするのは少々――否、かなり嫌だし先ほどの状況からして落ち合える可能性も低いと考えられる。
頼りにするくらいなら自分で探してみようとあっさり決め、ルークはどこまでも続く野原を見渡し直勘で進む方向を決めて歩き出した。
それからどれくらい歩き続けているのかわからないが、ルークはこの場所のおかしい点をいくつか見つけた。
1 どれだけ歩いても景色が変わらない。
2 歩き続けても全然疲れない。
3 体内時計的にはもう夕刻ごろでもおかしくないのに、いつまでも太陽が真昼のまま動かない。
少なくともこれだけの不自然があった。
(どうなってるんだ?)
自分の身に起きていることがわからず、ルークの中で?マークが飛び交う。
移動の時点で到着場所はろくなところではないだろうと予想していたが、こんな不可思議な場所に放りだされるとは。これから自分はどうなってしまうのかと後ろ向きな思考がじわじわと広がってくる。
無言でうろうろしていてもらちが明かないし自分がおかしくなりそうなのでルークはアラン達を呼んでみた。
「おーい、勇者アラン~、どこだー?」
出せるだけ声を出して遠くへと呼びかけ続ける。
「不法侵入勇者さま〜? 今までのこと許すから出てこいよ~。姿を見せろ~。それともほんとに詐欺師だったのかー? 軽蔑するぞアランの馬鹿野郎~!」
オーバーリアクションなアランなら絶対怒って突っ込んできそうなセリフを連呼しても、ちょっと侮辱気味なセリフを吐いても、結局誰も現れなかった。
無駄な努力の疲労と捜索のやる気が減退したルークはその場に座り込んだ。
「あー、なんだってこんなことしてんだかなー俺」
何も起こらず、空の様子さえも変わらず、切り取られた時間の世界にでもいるようなこの不気味な場所から早く出たい。それだけを願って進んでいたが一向に出る手段は見つからない、どころか一生出られないのでは…という不安まで湧いてきていた。
「どうすりゃいいんだよ………。あ~、もう疲れた!」
完全に気力が果ててごろりと草の上に寝転がる。
ぽかぽかとしたあのほっとする暖かさを感じない気持ちの悪い太陽に体を照らされながら、こんなことに巻き込んで未だ影も形も表さない友(とその他)に次ぎ会ったらどうしてくれようかと恨む。
こんな状況は聞いていない、子供を預かるだけで何故こんなことになるのか。合流した時に問いただしたい気分である。
だがいない輩にいつまでも腹を立ててもいられないので溜息で吐き出し、別れる直前を思い出して彼らの安否を気にし始めたルーク。
なんだかんだ言いながらも心配なのだ。
(あいつらは、大丈夫だよな? 俺に絡まってたっていう触手?は俺意外はみんな見えてたみたいだから何かされても対処できるはず…。まあ勇者とその仲間だし遅れをとるなんてことないだろうな。そもそもアレってなんだったんだ? なんで俺を狙って絡みついてきた?)
転移直前に襲って来た見えない触手。あれが一体何の目的で自分なんかを攫ったのかが気になっていた。
あんなものに狙われる理由など、一国民のルークにはさっぱり見当がつかない。
可能性としては、勇者を狙っていた何者かがルークのことも仲間だと思い、人質もしくは報復のために襲い掛かった。または勇者たちに恨みのある輩がなにか企んでアラン達を攫おうとしたが間違えてルークを……などだろうか。
(だとしたら大迷惑だ。攫った方もいったい何がしたいんだよ、こんな原っぱしかない場所でなにか苦しませようとしたのか? わからん……)
ハア、と溜息を吐く。
危険な生物に襲わせるわけでも、何か苦しい目に遭わせるわけでもなさそうなこの場所。
果てがみえないのと時間が(おそらく)経過していない以外は静かで、嫌がらせなどには向かないと思うのだが…。
(暇すぎる時間を苦しめっていうことなら頷けるがな。アランみたいに動いてないと落ち着かないようなやつにはかなり効くだろうな)
止まれば死んでしまう魚のようなアランになら苦汁の日々になるだろう。
だがここにいるのはアランではなく一般人の友人の方だ。
ルークにとってはここは多少の不快感があるだけで、慣れれば普通に過ごせてしまう。不便なだけだ。なんなら昼寝も可能だ。
もし計画して襲った犯人がいたならばさぞ悔しいだろうと少し架空の相手に同情するルーク。
現実的なことを考えたおかげか、さっきより心に余裕ができたルークはアランが現れた時からのことを思い起こす。
今まで驚きの連続過ぎてあまり深く考えてなかったが、冷静に考えてみれば親友がいたとしてももっと慎重に動いたほうがよかったな、とルークは今更ながらに思った。
名前を明かされ勇者とその仲間だと聞いて、無意識に危険はないと決めつけた。そのせいで思慮深さが足りなかったと今なら反省できる。その結果がコレなのだから。
(まさかアランに騙されるかも…とは微塵も考えなかったしなあ。仕方ないといえばそうなんだが、依頼はもうちょっと考えて引き受けるべきだったか。何度内容思い返してもおかしいもんなあ、銀貨五十枚の子守りなんて……)
あの時はほぼ友への情で頷いてしまった。そのままポジティブに借金の返済が速く終わると勢いづいてトントン拍子で話を進めてしまったのが悔やまれる。
あのレグルスという男がこちらの意思が変わらないうちに話を終わらせたかったのか、妙に親切にあれこれ教えて口を挟ませなかったものだから疑問を持つ暇もなかった。あれも図ってやっていたのだろう。
はぁ…、とまたも深いため息がでる。
「やっぱりあり得ない話だよなぁ………、楽で旨い仕事にありつこうとした罰が当たったのかもな…」
依頼も不自然だらけだったのだ、こうなるかもしれないともっといろいろ考えて置くべきだったのかもしれない。
勇者が子供といるたけでまずその子供が怪しいのだが、預かることを引き受けた時、ルークはひょっとしてアランの子供か?と思っていた。
勇者一行が預かっているほどの子供だから、最初からなにか問題のある子供なのだろうとは覚悟している。しかし銀五十払ってでも面倒みてもらいたいなんて、よっぽど大事な子なんだなと思うだろう。なら身内関係の可能性だってある。
だからもしそうなら、とちょっと期待している面もあったのだ。
「……ああ、やめだやめ。考えるだけ無駄だな。寝よ」
アランの考えなら小母さんの次には想像がつくが、彼は深く考えるのは本当に深刻な時だけで、普段は結構危険なことでもその場の思い付きで行動を決めたりする節がある。
そんな男の思惑を推測しようなんて、頭脳の無駄遣いだとルークは割り切った。
なんでも屋に近い営業だが、大本は傭兵だ。傭兵は言われた以上の仕事はしない。
これも仕事のなかで覚えた自分を守るための行動だ。
お人好しに行動して、依頼された以上の仕事をこなせば客から安く見られることもある。そうなると自分たちの価値が下がると同業者たちからも睨まれる。なので必要以上の仕事は行ってはいけないのだ。
今回のこれは仕事ではないため、意固地に頑張る必要はない。むしろあっちが頑張って俺を探せばいい。
よしと、ルークは自分で探し出すことをすっぱり諦めて完全に寝る体勢に入り目を閉じた。
『………グス………ック』
「ん?」
気のせいか、人の気配が近づいてくるのを感じた。
さっきまでまるで感じなかったのに急にだ。
『ヒック、………ぅぅ~……………さん…』
しかも聞こえてくるのは子供の泣き声だった。
付近に姿は見えない。が、確かに聴こえてきた。
「んな、まさか……!?」
こんな不気味なところに子供がいるなんて思いもしなかったルークは起き上がり、声の居場所を探す。
正直怪しさしか感じないが、万が一本当に子供だったらと考えると放っておけない。
と、振り向いた背後を見てさらなる不自然を見つけ、固まった。
果てのない一面の野原。それがさっきまでのこの空間のルークの印象だった。
しかし、ルークが振り向いた背後には、それまでなかったはずの鬱蒼とした森が現れていた。
「………嘘だろ」
常識外の展開にルークはもう降参したくなった。勇者さまお助けくださいなどと心の中で唱える。
森はその鬱蒼と生えている草木を利用してトンネルでも作ったように、ルークの正面にぽっかりと入口を形成していて歓迎している。穴の奥は光が届かないのか様子をうかがえないほど暗い。
一体いつから森が現れたのか、どうやってできたのかなどの疑問が駆け巡るが、今の問題はひとつ。
ルークは悩む、森に入るべきか、入らざるべきか。
(泣き声は、この奥から……………)
しゃくりあげる幼子の呼び声が、ルークの耳朶を打つ。煮え切らない自分に自分で腹が立ってくる。
正直入りたくない。それが本音だ。
しかし泣き声は悲痛で、これから別の子供を預かる身として放っておくには良心が実に痛む。
それに、子供が呼んでいるのだ。おかあさん、と――。
もういない両親のことが脳裏に浮かび、泣く子供と昔の自分が重なる。
救いを求めているのが嫌でもわかってしまう。助けてと、声なき声が聞こえてしまう。
アランを散々困っている場面には首を突っ込むトラブルメーカー呼ばわりしていたが、結局ルークだって、困ってる人は放っておけないお人好しであった。
「…~~~っ、あーーーくそ! ガキの命が優先だ!」
ルークはヤケクソ気味に森へと入った。
キャラ紹介とかやったほうがいいのかなあ…と、もんもんとした疑問が湧く今日この頃です。