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71話 復興の足がかり

 トスネ川決壊事件が起きた翌日、トスネの街は復旧作業に入っていた。

 ルーカスや高位土魔法の使い手が土手の決壊部位を修復し、騎士団が生き残っている住民を助けたり、街に入ってきた小さいビーバーを討伐したりする。

 そんな中、ロボット掃除機である俺が何をしているのかって? こんなに地面が水浸しなのに外に出られると思う?

 深い水たまりに突っ込めば6ダメージ、完全に水没すれば毎秒10ダメージ受けるという、めちゃくちゃ水に弱いこの機体が、復旧作業に参加できる方法があるっていうのかな?


「あれ、ポルカか? なんかすごいことになっているけど、大丈夫なんかな?」


『ピンポン♪』


 あるんだな、それが。

 通りがかった騎士の一人が声をかけてきたので、挨拶代わりに軽く電子音を鳴らしておく。

 現在の俺は、キアレおばさんの家の前でひたすら吸引をしているところだ。


 城塞ビーバーを吸い込んだ時に獲得した新機能[吸水・吸湿]を試しに使ってみたが、想像していた以上に水の吸い込みが半端ない。聖書ではモーゼが海を割ったと言われているが、俺がその真似事をすることになるとは思いもしなかったよ。

 俺から見て半径50センチ以内には水が一滴たりとも存在しない。なぜならば、その範囲に水が入ってくるやいなや、一瞬にして俺の中へと吸い込まれていってしまうからだ。

 凄まじい吸水力を、今はこの街の復興に役立てる。掃除機である俺にしかできないことだ!

 ……掃除機ってなんだっけ。普通の掃除機は水を吸い込むことはないぞ。むしろ水は吸い込んじゃダメだからな。

 と、とにかく今の俺は、水の中に居ながらして水に触れていない。もちろんダメージは受けていないし、水を吸い込みすぎて故障するような気配もない。

 俺が吸引を始めたときには、ここの道はノエルの膝丈かふくらはぎぐらいまでの水深があった。俺が吸い込みを始めてから早2時間、既に残り数センチというところまで浅くなっている。

 [吸水・吸湿]、少なくとも迅速な排水に貢献はできているはずだよな。そろそろ低地の方に向かうことにするか。川のほとりではまだ相当な深さの水が残っているはずだ。


 そんなことを考えていた俺の機体の吸込口には、頻繁に何かが引っかかってくる。多くは吸い殻だとか紙パックだとかのゴミだけれど、時として誰かの靴とか手鏡とか、よくわからんものが流れてくることもあった。

 よほどのものじゃない限りはゴミとして処分している。財布とかじゃなければ大事に保管するのも馬鹿らしいし。

 流れてくるゴミを選り好んでいる暇はない。[ゴミ箱]だって無限にスペースあるわけじゃないんだしさ。1日でも早く元の生活を取り戻すためにも、今は水を消すことだけに集中しよう。

 おっと、また何か引っかかってきた、なんだかデカイな……


 ガラス瓶か。これもゴミ……あれ、ガラス瓶の中に何か便箋のようなものが入っているな。

 聞いたことがあるぞ。ボトルメールってやつだ。普通は海に流すと思うんだけれど、川に流してもいずれは海に流れ着くんだから同じことか。

 まあ、こうしてここにあるってことは、海に流れ着く前に川で引っかかったんだろうけれど。なんとも残念な話だ。ロマンも何もあったもんじゃないな。

 それに、今の俺じゃあ手紙を読むどころか、まず瓶のフタを開けることができないからな。このメッセージの送り主もまさかロボット掃除機に拾われるとは思いもしまい。

 中身は気にならないでもないが、そのままゴミとして吸い込んでおく。いつものことだけれど、どうやっても吸い込めそうにないサイズの瓶がちゃんと吸い込めるってのはどういう仕組みになっているんだろうな。


 と、そんな感じでゆるーく復興の手伝いをしていた俺だったけれど、それと同時並行して新機能の確認もしているところであった。

 [マッピング]のレベルが3になり、目的地までの最短ルートを検索できるようになった……あって損する機能じゃないけど、使うことは少なそうだなあ。ゴミ拾いに最短ルートなんてないもんな。

 [マルチリンガル]のレベルは3に上がったけれど、相変わらず自由に喋ることはできない。新しく覚えた言葉は『あつくなっています』が辛うじて使いどころあるかなと言うレベルで、残りの『つまりました』『からまりました』『おじょうさま、ゆかのそうじはわたくしめが』……その他多数、今後使いみちがあるかといえば、多分ない。

 俺をこの世界に生み出したヤツはソイルコンタムって名前だっけ。もし出会えたならば、一言文句を言ってやらんと気が済まんな。どこにいるのかわからんけれど、首を洗って待っていろよ。


 あ、[ホームベース]のレベル3は、臨時ホームベースの数が増加してくれた。キアレおばさんの家に1つ設置して、もう1つは仕事場にでもおいておこうか。今回のランクアップにおける収穫の1つがこれであるといえるだろう。

 新機能[吸水・吸湿]の威力はさっき見せたばかりだ。他に何か無かったっけ……久々にステータスでも見ておこう。



廣瀬聡介(ひろせそうすけ) [ポルカⅢ]


エネルギー 100/100

攻撃力 10

防御力 10

機動力 30

吸引力 30+20



 ……そーいや防御力なんてものもあったな。すっかり忘れてたけど、これあげときゃ水没時のダメージ減らせたんじゃ……

 まあ終わったことは仕方ねえや。今度似たようなことがあった時に忘れずに上げることにしよう。そんな機会はないに越したことはないけどな。

 他に特筆することといえば、極悪食ピグ、城塞ビーバーを倒したことで、吸引力に計20のボーナスがついていることぐらいか。今の俺が全力を出せば、その吸引力で雑草を引っこ抜けるぞ!

 ……うん、そこまで吸引力上げる必要ねーな。 ロボット掃除機には過ぎたる吸引力だ。

 吸引力の加減は普通にできる。普段は10か20ぐらいの吸引力で十分に掃除できるし、30もあれば壁に貼り付ける。50なんて使う機会はあるのかなあ……


 考えもまとまっていないけれど、ひとまずは川に向かって動き出すことにしよう。ゆるい下り坂になっているのだが、当然ながら途中で道が川というか池になっているというか、水が張っていてそのままでは進めない。

 [吸水・吸湿]の性能を測るにはちょうどいい環境かもな。横から来る水は吸い込めたけど、完全に水没した時でも使えるのか?

 もしこの実験がいい結果だったら、今まで手を出せなかった『川のゴミ拾い』もできるようになるからな。死活問題ってほどじゃないけれど、できることならうまくいって欲しい実験であることは確かだ。


 さあ、機能を発動させたまま水の中へと突っ込もう……っと、また吸込口になんか引っかかったぞ。

 これもメッセージボトルか。メッセージボトルを2つ拾うなんて珍しい日もあるもんだな。普通にゴミとして吸い込んでおこう。


 メッセージボトルを吸い込んでから、改めて水の中へとタイヤを転がしていく。あっという間に自分の身長よりも深い水域にたどり着いたものの、やっぱり俺の体には水一滴触れることはなかった。

 よし、これなら川のゴミ拾いもできるぞ! 今まで拾えなかったあの紙袋とか金属片とか本とか、そのうち拾いに行ってやるからな!


「よぉ、今日は水を吸い込んでくれてんのか? 火山灰のときといい、いつもありがとうなポルカ」


 唐突に声が聴こえてきたのでその方向を向いてみると、騎士団長のボズがいた。

 昨日から、城塞ビーバーと戦った後の始末に駆け回っていたのだろう。声の調子から察するに少しお疲れ気味のようだ。水をザブザブと跳ねさせながらこちらに歩いてきている。

 目の下にうっすらとクマができているということは、まともに眠れてないのだろうか。俺は休息も睡眠も必要ない体だけど、ボズはそういうわけにもいかないよな。


「魔物陣の場所を突き止めてなんとか無力化したぞ。川の中にあった上にあの大雨だったからな。けっこう大変だった」


『ありがとうございます』


 ボズの口から最初に出てきたのは朗報であった。魔物陣を消すことができたのならば、小さいビーバーもこれ以上増えることはないだろう。

 城塞ビーバーは別格としても、小さいビーバーが全くの無害というわけではない。ビーバーだろうが群れれば人を殺しうることは、この目に焼き付いてしまった。


「まあ、無力化したのはルーカスだけどな。あとは街の中に入り込んだ魔物の討伐と、逃げ遅れた人がいないかの確認をしていたんだ。だいたい終わったと思うが、もし何かあったら音を出して教えてくれると助かる」


『ピンポン♪』


 騎士団は全力を尽くしている。洪水の被害はたしかにとてつもなく大きいが、この調子ならいつもの町並みと普段通りの生活を取り戻すまでにはさほど時間はかからないかもしれない。

 起きてしまったことを嘆かないというわけではないけれど、それ以上にこれからどうするかを考え、実行に移していくほうがよほど大事なことだ。それができているなら俺がさほど心配する必要もないかな。


「しかし、俺がトスネにいながら、ここまでの被害を許しちまうとは……情けねえや。昨日の自分をぶん殴ってやりてぇ」


 そういうボズの顔からは、こちらが怯んでしまうほどの悔しさが伝わってくる。

 俺自身は、昨日の城塞ビーバーとの戦いについては、充分にいい結果だったと思っている。普通に街が壊滅する危機もあった中で、被害を川沿いで食い止めることができたのはまぎれもない戦績だろう。

 しかし、ボズはそうは思っていないみたいだ。被害を受けた川沿いでは死者も出ている。仕方のないことだったと割り切れれば楽なのかもしれないけれど、そういうところが不器用な感じがするよな。騎士団長のボズは。


「ポルカやルーカスが手助けしてくれなきゃ何もできなかったしなぁ。こんなんじゃ騎士団長失格だよな」


『ペポー』


「慰めてくれてんのか、ありがとよ」


 ボズらしくもない弱音を吐いていたので、俺は間髪入れずに否定の電子音を鳴らしておく。

 こういったやり取りはそんなに得意ではないのだが、今回はスムーズにやることができた。

 俺やルーカスだけがいてもあの城塞ビーバーには歯が立たなかっただろう。ボズがいてくれたおかげであの災厄を消し去ることができたのは確かな事実なのだ。

 そんなネガティブになっていないで、もっと騎士団長らしく堂々としていてほしいところだな。

 と、少し自分勝手なことを考えていた時、遠くの方からボズに話しかける声が飛んできた。


「団長! 近辺の捜索は完了しました! 生存者は全員救助したものと考えられます!」


 声の主は、ボズの部下である騎士であったようだ。もう騎士団というよりレスキュー隊みたいになっているけれど、人の命を護っているという点では変わりない。


「おぉ、そうか! ご苦労だった、すぐ向かうから班員を適当な場所に集めておけ!」


 騎士団長としては、部下に気弱になっている姿を見せる気にはならないのだろう。いつもどおりの覇気をもってボズは大声で言葉を返した。

 騎士団長ボズの弱気という、ちょっと意外な姿を見ることができたけど、本人のためにもこれは自分の心の中にそっとしまっておこう。



 トスネの街が復興へと向かっていることがわかったところで、ボズはまだやることが残っていると言わんばかりに俺から離れていってしまった。そういう俺もやりたいことだらけだからな。少しずつ、でも確実にやっていくことにしよう。

 とりあえずはさっきからやっている排水と、水流に乗ってやってきたゴミの回収……おい、またボトルメールが引っかかったんだけど。これで3本目だぞ。

 中身が気になる心をぐっと抑えて、ゴミとして吸い込む。どうせ中身が見れたところで文字読めないしな。

 このペースで行けば今日中には排水が終わるかな。いつものゴミ拾いとは少し勝手が違うけれど、その目的は変わらない。

 みんなが過ごしやすい環境を作るために、今日もモーターを回すとするか。

4月になって生活環境が一変し、小説を書く暇がありません。

最悪の場合、この話を最後にエタるかもです。


こんな幕切れは自分でも嫌なので、なんとか続きを書きたいところですが……あまり期待しないでください。


別に書いた「ドロー2の餌食になってください」が、最終話までストックがあるのに、推敲する時間が取れなくて投稿できないぐらいですから。

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