70話 厄神の次元
トスネとは別の次元、厄神が住んでいる世界。
世界という意味でならトスネのある空間とは位相を共有しているのだが、より高位の次元に住まうものたちとしてはそこに居ながらにして人間には気づかれず、一方的に人間を観察することができる。
時として気まぐれを起こした高次元の住民が低い次元にいる人間にメッセージを送り、気まぐれゆえの退屈しのぎに災害を引き起こすこともある。
低い次元にいる人間どもは、その高い次元にいる住民を『神』と呼ぶ。最初はその呼び名に難色を示していた住人であったが、次第に畏怖の念を込めた呼び名は住人の性質をそのまま表すものとなってしまった。
「……失敗したなんて……認めない……」
そしてここにも、人間の言うところの『神』が一人。
「……また、次のプランを立てる……今度は成功させる……昇進しなきゃ……」
どす黒いオーラを放出しながら、空間中を自在に泳いでいるのは、人魚の厄神アクアコンタムである。
数いる厄神の中でも、人間の殺戮に積極的に関与している厄神であり、先の決壊で引き起こしたトスネの洪水では少なからぬ人間を殺すことに成功していた。
だが、本来の彼女はこんなもので終わらせるつもりではなかった。せいぜい川沿いに住んでいた住人を数十人沈めたぐらいの成果では、彼女は全く満足していないのである。
「……これもあのロボット掃除機ポルカのせい……そして、ポルカを召喚したエアロコンタム……私の昇進を邪魔する奴ら……」
どす黒いオーラはとどまることを知らず、さらにその色を濁らせていく。
彼女自身は人間を殺すことにそこまでの大義名分を持っているつもりはない。ただ、上司の考えを汲み取って期待されている以上の功績を掲げようとしているだけである。
「……人間を減らす……それがあの方の望み……遂行……」
下の次元に住む人間を減らすことが彼女の出世の近道ということ。
人間なんて自分が上に行くための踏み台でしかない。殺せば殺すほど上の立場になれる。
それこそが今のアクアコンタムの根幹であり、目的であり、存在意義であった。
「……決壊しやすい川……水攻めに適した地形……探す……」
「ギャハハ! あいかわらず死にそうな目ェしてるんですけどアクアコンタム! 寝不足かな!? 一晩中その腰捌きを活かしてたんかな!?」
並の生物なら近寄ることすらためらってしまうオーラを無視して、アクアコンタムに話しかける存在があった。
アクアコンタムは忌々しげに振り返り、一睨みしてから嫌悪感を隠すこと一切無くあいさつをする。
「……こんにちは、ビブラコンタム……じゃ、さよなら……」
「ノリわっるぅ! ムリヤリ咥えさせられたみたいな顔してるんじゃねぇよ! ウチのこと嫌いなんですかぁ?」
「……当たり前……」
「まあまあ、いやよいやよもOKのサインじゃん。ちょダベろう!」
ビブラコンタムと呼ばれた高次元の住民。見た目は完全に巨大なうさぎである。
普通のうさぎとは異なり二足歩行ではあるが、その身軽さと足腰の強さは厄神の中でも折り紙つきだという。そして厄神が選ぶ関わりたくない厄神ランキングでは、必ず上位に入ると言われているほどのウザさがあった。
そんな厄神に絡まれたことを理解したアクアコンタムは、面倒なことになったといわんばかりのため息を付いてから、早くもうんざりした目でビブラコンタムの会話に応じた。
「アクアンのことだから水責めは成功したんだ? 演技でもいいから悦んだフリぐらいしろって!」
「……成功ではない……町一個を壊滅……できなかった……邪魔が入った……」
「邪魔? アクアンの鬼畜攻めを受けても逝かないような人間がいるとかマジィ!? ブッちゃけ信じらんなーい!」
ウザい上にしつこい。ビブラコンタムを知る厄神は全員、彼女に対してそういう認識を持っている。
厄神界でビブラコンタムのことを気に入っている者など、片手で数えられるほどしかいまい。もちろんアクアコンタムはその中には入っていないが。
「……人間というか……例のロボット掃除機……」
「あぁ! あの色々問題になった召喚か! 主犯のエアロコンタムは下の次元に逃げたままだっけ?」
「……知っているなら……話は早い……」
厄神は基本的に、下の次元に自ら降り立って人間を殺戮するなんてことはしない。
下の次元に行くこと自体がかなり面倒な上、相当な魔力を消費する。下の次元に降りてしまえば人間から攻撃を食らう可能性も捨てきれない。
魔法を使って直接人間を殺そうとするのはナンセンスであり、ハイリスクな行為であった。映像や音声を送ることぐらいはできるが、それで人間を殺すことは不可能だ。
その代わりに、上の次元に留まったままで人間を叩く手法が存在する。人間から見てみれば天災にしか見えないので、反撃される可能性は皆無だ。
最も広く使われているのが魔物陣。下の次元に魔物を召喚することで、厄神自身の代わりに人間を殺してくれるよう仕向けることができる。
例えるならば、ヘリコプターに乗りながらライオンを射殺するようなもの。安全な場所から一方的に獲物を狩ってしまえという魂胆だ。
「異世界に住む魂を引っ張ってきただけでもアウトなのに、それをロボット掃除機? とやらにつっ込んで人間界に送って、さらに自分も人間界に高飛び。どんな裁きを受けるんだろうなエアロコンタムは!」
数ヶ月ぐらい前だっただろうか、厄神界ではとんでもない事件が起きていた。
厄神の一人であるエアロコンタムが、上の次元でも下の次元でもない、遠く離れた世界から1個の魂を呼び寄せて下の次元に召喚した。
上の次元の住民の間では固く禁じられている、異世界からの召喚。この世界の姿を大きく歪めてしまう行為。
主犯であるエアロコンタムは、その禁忌を犯すやいなや、召喚した魂を追うかのように下の次元へと降りていってしまった。
「異世界の知識を人間に与えてはならない。知識そのものを人間界に送るなんてもってのほかなのにさ!」
「……あのロボット掃除機も……エアロコンタムも……さっさと消えれば……いいのに……」
ロボット掃除機はともかく、エアロコンタムの行方は誰もわかっていない。
さらに言えば、ロボット掃除機の方も、『人間とまともに喋ることができない、知識を与えることができない』という理由から、早急に対処すべき事案ではないという判断が下っている。
結果としては、エアロコンタムの処罰はできないし、ロボット掃除機を壊そうにも大義名分がない。さらに言えば、その二人を始末するために下の次元に降りるような酔狂な住民がいない。
そんなことが合わさり、厄神界を揺るがした大事件は、解決の目を全く見ていないのである。
「結局、ウチらのヤることは変わらないっていうね!」
「……満足した……? じゃあこれでさよなら……」
話が一段落したところで、アクアコンタムはさっさとビブラコンタムから離れようとする。
しかし、去るものを追うのがビブラコンタム。まだ話は終わっていないとばかりにアクアコンタムの背中に声をかける。
「まあまあ、アクアンも色々と大変だったじゃん! あんなびしょ濡れの大洪水引き起こしといてさ、搾り取った命がそれっぽちじゃ欲求不満っしょ!」
「……欲求不満じゃない……まあ、不満だけど……」
「ウチもなんかヤりたくなってウズウズする! 決めたわ、ひっさびさに人間を減らすの手伝ってやろっと!」
「……好きにすれば……」
そういったアクアコンタムが振り返ってみると、そこには既にビブラコンタムの姿は見当たらなかった。
先ほどとは違う、開放感による安堵のため息をついて、ふらふらと上の次元を遊泳し続ける。
「……ビブラコンタム……ポルカと戦って……対消滅でもしてくれないかな……」
物騒なことをつぶやきつつ、アクアコンタムの頭は昇進のために働き始める。
しつこさで言えば、彼女もまたビブラコンタム並であることに……彼女自身は気づいていない。
ストックが尽きました。
3日おきに更新してましたが、次回の投稿はいつになるかわかりません。




