68話 城塞ビーバーとの戦い8
[城塞ビーバーを吸収することに成功 ポルカの型番がⅢに上がりました]
[吸引力に+10のボーナスが付きました]
城塞ビーバーを吸い込み尽くしたからか、見覚えのあるメッセージが大量に頭の中を流れていく。
ボスキャラを倒したことによるレベルアップのようだが、俺はレベルアップしたことよりも城塞ビーバーを無事に倒せたことにホッと一息ついているところだ。
[エネルギーが10減少しました]
[マッピングのレベルが3に上がりました]
[エネルギーが10減少しました]
[マルチリンガルのレベルが3に上がりました]
[ホームベースのレベルが3に上がりました]
[エネルギーが10減少しました]
[『吸水・吸湿』をコピーしました]
一息ついている場合じゃねえな。城塞ビーバーを吸い込んだことである程度ゴミの量には余裕が生まれたけれど、それでも水の中にずっといられるもんじゃない。
毎秒10のダメージはけっこうキツイのだ。戦闘中もスキあらば回復していたしな。
急いで帰ることにしようか、[ホームベース]!
「ポルカくん! どこにいったの! 返事を……あれ、ポルカくん!?」
『ピンポン♪』
水面に向かって叫んでいたノエルの後ろにワープし、返事をする。
保険としてかけておいた、臨時ホームベースの変更。城塞ビーバーの魔法がノエルたちに防げそうになかったら、ホームベースを使うことでワープして魔法を吸い込もうと考えていたのだ。
戦闘中には結局使わなかったけれど、まあこうやって役に立ってくれたことだしよしとするか。
もう一度変更をかけないとキアレおばさんの家に帰ることはできないが、それぐらいの代償でノエルたちの安全を確保できたのだから安いもんだよな。
「団長! ポルカはこっちに戻ってきたっすよ! あのバケモノはどこへいったっすか!」
「わからんが、これだけ長時間浮かんでこないってことは溺れ死んだんじゃないか?」
部下の言葉に、戻ってきたボズが首を傾げながら応える。
見事に正解を言い当てているので、正解という意味を込めて電子音を鳴らしておいた。
「へえ、ポルカはアイツが死んだところを見届けたんですか?」
「ほ、ほんとうに? あのデカイのをやっつけたの!?」
ルーカスは確認をするように、ノエルは期待を込めるように、それぞれが俺に尋ねてくる。ここに来て嘘を言う必要など何もなかった。
『ピンポン♪』
その音を聞いた人たちの間に歓喜の色が広がる。ルーカスや騎士たちはお互いをねぎらうような笑顔を浮かべ、ノエルは俺を持ち上げて喜びにくるくると回っていた。
だけど、災害自体はまだ終わっていない。そのことをよくわかっているボズが、騎士団の規律を取り直すべく声を荒げた。
「浮かれるのは早い! メラクとマキシは生き残っている人がいないか探しつつ、残った魔物を討伐をしておけ! 他のやつは壊された堤防とやらに向かう!」
ボズの声を受けた者たちが、まだやるべきことが終わっていないことを思い出す。
浮かれた気分を抑え、全てを解決するまでが仕事だといわんばかりの真剣な表情を取り戻した。ルーカスの指示に従い、トスネの平穏を取り返すための最後のひと踏ん張りに回る。
騎士がそれぞれの目的に沿って動き出した後、ルーカスだけはノエルと俺に労いの言葉をかけてくれた。
「あ、ノエルさんにポルカ、協力してくれて本当に助かりました」
「いやいや、私とポルカくんにかかればこれくらい……」
と、変に調子に乗って喋っていたノエルの顔がさっと青ざめる。
どうかしたのだろうか。ルーカスも急に言葉に詰まったノエルが気になったのか、何があったのかと尋ねた。
「シェリーとお母さん、大丈夫か確認しなきゃ! すみませんルーカスさん、私は戻ります!」
あっ、それもそうだった。あの2人が逃げ切れるようにノエルは必死で足止めをしていたのだ。
その成果がちゃんと実っているかどうかを確認することは、ノエルにとっては何よりも大切なことだろう。
「わかりました。お気をつけて」
ルーカスが喋り終わる前から、ノエルは家族の無事を確認するために、再び屋根の上を走り始めた。
あれほど激しい動きをした後なのに、景色が飛ぶように後ろに流されていく。
トスネの洪水で犠牲になるはずだった人を、1人でも多く守りたい。
そのためにも、俺は今、眼の前にいるコイツがどのように動くかをしっかりと見極めなければ。
ノエルの目には見えていないようだけど、たしかに俺の目の前に居て、鋭い眼光でこちらを見定めている。
「……邪魔された……! 人間を……壊滅させる……計画……!」
おそらく厄神の一人、人魚のアクアコンタムは目の前でボソボソと呟いていた。その声の中には多分に怒りのトーンが含まれていて、計画を邪魔されたことに対しては本気で腹を立てていることが推測できる。
俺だってこの街の被害をゼロに抑えられなかったことは悔しいが、少なくともアクアコンタムが考えていたであろう結末をある程度マシな結果にすることに成功したのだ。
さあ、どうするんだアクアコンタム? お前の計画のカギであろう城塞ビーバーは既に倒した。素直に撤退すれば俺もこれ以上は深追いしないぞ……いや、もとより別次元にいるやつを追うなんて無理だけど。
今のアクアコンタムには、撤退してくれる可能性も、そのまま攻撃を続ける可能性もどちらもある。もう一度城塞ビーバーを召喚される可能性さえもあるのだ。
「……こうなったら……私が直接、攻撃を……」
そんなオレの読みを上回るアクアコンタムの一言に、警戒心がマックスまで引き上げられる。
コイツが魔法らしきものを使っているのは一度しか見ていないが、ノエルやルーカスとはそのレベルが違う。オレの[魔法吸引]で吸い込めるかはともかくとして、トスネに降りかかる被害の大きさは計り知れない。
考えていなかったわけじゃない最悪の結末も脳裏によぎる中……
「落ち着くザマス、アクアコンタム」
「……私は冷静……馬鹿にしないで……ソイルコンタム……」
これまた唐突に現れた豚の厄神ソイルコンタムが、腕を抑えるようにしてアクアコンタムを止めた。
どう見ても落ち着いているようには見えないアクアコンタムに対して、何かをボソボソと呟いている。
「下の次元に行って直接干渉するつもりなら、二度と帰ってこれなくなるかもしれないザマスよ」
「……知らない……私は……」
「それに、次元移動は無駄に魔力を消費するザマスからねえ。せっかく行ってもまともに魔法も発動できないまま討伐されるのがオチザマス。それでもいくというなら、止めはしないザマスけど」
いや、できることなら止めてください。お願いします。
そんなオレの祈りが通じたのか、歯をぎりぎりと鳴らしながらもアクアコンタムは自らの行動を思い留まったようだ。俺に向かって捨て台詞をはいたかと思うと、目の前から消えてしまった。
ソイルコンタムはというと、すぐに消えるということはなしに、俺に向かって褒め称えるようにその前足をを叩き、ねぎらうような言葉をかけてきた。
「ひとまず、アクアコンタムの計画を退けたポルカにはおめでとうを言っておくザマス」
お前に言われても嬉しくはないがな。ただ、アクアコンタムを止めてくれたことはありがとう。
「礼には及ばないザマス。あの根暗人魚の鼻をあかせただけでも、楽しめたザマスからねえ、ブヒヒ」
そうかい。こっちは色々と大変だった……てか、よく考えたらそもそもお前らがいなければ今回の大災害も何も起こらなかったじゃねえか! うっかりお礼とか言っちゃったけど、文句の1つや2つじゃ収まらねえぞ!
「そうは言ってもザマスねえ。これが厄神の仕事みたいなもんザマス。アクアコンタムはちょっとやり過ぎザマスが、悪食ピグ計画が失敗していることを考えるとプラマイゼロってとこザマス」
……なんかもう、色々と諦めの境地に達してきたよ。今後も似たような計画は続くってことか?
「このままだとそうなるザマスね。でもポルカには期待しているザマスよ。私達の計画をどこまで潰せるか、どれだけ人間を守れるか。その能力を見せてもらうザマス」
人間を殺そうとしていながら、その一方で俺に止めてもらいたがっている。
俺にはソイルコンタムが何をしたいのかさっぱりわからないんだが……どうせ聞いても教えてくれないんだろうな。
あ、そうだ。別の質問してもいいかい。災害が起きる前に、アクアコンタムはお前のことを『異世界のロボット掃除機を使って邪魔している』と言っていたよな。
ズバリ聞かせてもらいたい。俺をこの世界に呼び出したのって、ソイルコンタム、お前なのか?
「ブヒッ、1割ぐらいは正解ザマスかね。ポルカをこの世界に生み出したのは、私の知り合いの厄神ザマスよ」
期待せずに聞いたことだったが、意外な答えが返ってきたことで、俺の精神は再び集中力を取り戻す。
どうしても知りたくなってしまった俺のルーツ。それをこのソイルコンタムが握っているようだ。
こうなったらもうとことんまで聞き出してしまおう。俺はなぜこの世界にいるのか、なんでロボット掃除機なのかを。