67話 城塞ビーバーとの戦い7
[エネルギーが10減少しました][エネルギーが10減少しました][エネルギーが10減少しました]
水の中に完全に水没した俺に、容赦のないダメージメッセージの嵐が襲いかかる。
ゴミの残量も、見てみれば残り500kgを切っていた。最近ではゴミ1kgを消費してエネルギーを15回復できるから、ええと……10分も水に浸かっていればかなり危ない。それまでにすべてを終わらせないと。
さて、状況を確認だ。
上空から城塞ビーバーのチョップを食らった俺だが、そもそも下は水だ。圧壊されることもなく、ただ水の中に沈められただけ。
むしろ俺はこの展開を望んでいた。今は吸引力を全開にして城塞ビーバーの前足に張り付いている。
ボズが未だに俺の持ち手を掴んでいるけれど、しばらく水中の中にいたことで息が持たなくなったのか。俺の持ち手を離して水面へと向かう。
「……ぶはっ、くそ、ポルカ、すまん! 大丈夫か!?」
「ピンポン♪」
大丈夫だ、まだ壊されてはいない。まだ決着がついていないのに俺だけリタイアするわけにもいかないよな。
そう、作戦は始まったばかり。まずは右前足に吸い付いた状態から、城塞ビーバーの身体の方まで移動しないと。
「よし、いくぞポルカ!」
俺が身体の方まで移動したことを確認すると、ボズの様子が一変する。先ほどまでは片手で握っていた剣を両手に握り直し、水面を強く蹴り込んで城塞ビーバーの間合いに踏み込んでいった。
片手で扱っていたときとは比べようもないスピードと威力をもって、剣先が化物の身体を狙う。
「ぎゃはは、魔法を消す円盤なしに、ワイを倒せると思ってか!」
対する城塞ビーバーは、両の前足を左右に広げる。その前足にはいつもどおりの水の鞭が握られ……
「……ん? でねえぞ」
……るわけねえよ。だって俺が吸い込んでいるんだもんな!
今、城塞ビーバーの胸のあたりに吸い付いている俺は、同時に[魔法吸引]の発動をも続けている。
この機能の範囲は広くないため、城塞ビーバーの体全てをその範囲に収めるためには、巨体に張り付かなければならなかった。
しかし、一旦吸い付いてしまえばこちらのもの。今の城塞ビーバーは、魔法を完全に封じられた状態であり、ボズの剣捌きに対応する手段を奪われている。
ノエルが考えてくれた作戦だったが、これほどバッチリハマってくれるとは。こうなってしまえばもう城塞ビーバーはボズに圧倒されるしかなかった。
「うおおぉぉ!」
「ちょっと待って! たんま!」
ボズが聞くはずもない。そもそも言葉は通じていないのだし。
両手剣を両手で握ったボズはというと、凄まじい速さで城塞ビーバーの毛皮を切り裂き始める。厚い毛皮の前に効果が薄くとも、城塞ビーバーにダメージは確実に蓄積されていく。
「炎よ敵を燃やしつくせ 7炎球!」
遠くからノエルの詠唱が聴こえるとともに、火の玉が風を切って飛んでくる。
ボズは後ろから飛んでくる火の玉を躱しつつも、城塞ビーバーにさらなる攻撃を仕掛けにかかっていた。
火の玉はというと、俺の[魔法吸引]で吸い込まれるかと思ったが、そこはちょっと意外な結果が待っている。
「うアチッ!?」
城塞ビーバーの上を通り過ぎようとした火の玉が、俺の[魔法吸引]によって無理やり曲げられたかと思うと城塞ビーバーに当たったのだ。やはりダメージは少ないが、ここで畳み掛けるしかない。
しかし、城塞ビーバーもこの状況で何もしないはずがない。ボズに対して勝ち目がなく、さらにノエルの魔法までも襲い掛かってくる。戦うのは得策ではないと判断するだけの頭はあるみたいだ。
「く、クソ……ここは……逃げる!」
「ちぃ、潜られたか!」
水面より上にいれば、ボズの剣やノエルの魔法の餌食となる。一旦水の中に潜って体勢を立て直そうという算段か。
水中に入ればその姿は確認しづらく、攻撃を当てることも難しい。城塞の名を冠する魔物が身を潜める場所として、これほどうってつけな場所もないだろう。
そう、誰も手を出せないと安心した状態。
……待っていたよ、その油断を!
発動、[中性洗剤]!
「ギュプ?」
俺が中性洗剤をぶちまけ始めてから数秒後、城塞ビーバーは違和感があるというように首を傾げた。
心なしか、水中での前足、後ろ足の動きが緩慢になっている。
「なんだ、体が重い……」
体が重い? そうだね。お前のその長い毛皮が、水を吸い上げているんだ。
突然だけど質問。表面張力という言葉を知っているかね? ビーバー君。
コップに水をなみなみと注ぐと、その表面が盛り上がるような現象が有名なあれだ。他の有名な例として、アメンボが水面に浮く力も表面張力が関わっている。
アメンボの足が水を吸って沈むことがないのは、表面張力によって水を弾いているから。ゆえに、この表面張力を弱めてしまえばアメンボの足が水を吸ってしまい、アメンボは沈んで溺れてしまう。
そして、その表面張力を弱める代表格がセッケン、もしくはたった今使っている中性洗剤である。
「冷た!?」
表面張力はアメンボの足に限ったことではない。この城塞ビーバーの毛皮も、水の中に浸かっていた割にはそれほど水を吸っているようには思えなかった。
怒りに毛を逆立てていることが何度かあったけれど、あれだって水に濡れてたらできないことだよな。
思い返したのは小さいビーバーに中性洗剤をぶっかけた時。小さいビーバーたちはジタバタと無様に逃げていったけれど、あれもただ中性洗剤が不快だっただけではなかった。洗剤のせいで毛皮が水を吸ったから泳ぎが不自然になっていたのだ。
簡単にまとめると、中性洗剤をぶちまけることによって、城塞ビーバーの毛皮に水を大量に吸わせた。これで身体が重くなってくれれば以降の戦いが楽になるって算段だ。
だけど、それだけじゃ終わらせない。ボズは城塞ビーバーをひと思いに殺すつもりはないらしいが、俺だってこいつには相応の復讐をしたいところだ。
ノエルを苦しませ、おかみさんを溺れさせ、川の近くにいた人の命を奪ったであろうコイツには、同じだけの苦しみを味わってもらいたい。たとえそれが俺のエゴだとしても。
「な、なんなんだお前!」
身体から首へ、城塞ビーバーの顔へと吸いつき走る俺に、驚愕と恐怖が混じった声が聴こえてくる。
そんな怖がらなくてもいいよ。今からお前の息の根を止める、ただのロボット掃除機だから。
「~~~!!??」
俺が最後の攻撃を始めると、城塞ビーバーは狂ったように暴れだし、俺を引き剥がすために顔を振る。
しかし、吸引力を40まであげている俺はちょっとやそっとじゃ離れないからな。顔を振ったぐらいで引き剥がせると思ってんじゃねえぞ。
城塞ビーバーの鼻へとたどり着いた俺が仕掛けた最後の攻撃、それは鼻の穴に向かっての吸引である。
ビーバーだって哺乳類であり、息をしなければ死ぬのは当たり前。息をするためには当然浮かばなければならない。
まずは俺自身が張り付くことで、城塞ビーバーの体重を増やして沈みやすくした。
そして毛に水を吸わせることで、水に浮かびにくくする。ついでに動きをノロくして、泳ぎを下手くそにさせた。
最後に、コイツの肺から直接空気を吸いだす。強制的に息を吐かせた状態の城塞ビーバーに、自然に浮かぶだけの浮力は働かない。
「ギュギュー!」
あっという間の呼吸困難に陥り、パニックを起こした城塞ビーバー。いつもだったら浮くはずの身体は、そのまま下へと向かっていく。
短い前足と後ろ足を必死にばたつかせ、水面へと向かうも、そんな激しい動きをしているのならあの男が見逃すはずがない。
「そこかっ!」
「ギュッ!」
もがきにもがいて、ようやく水面に顔を出した城塞ビーバーに、間髪入れずにボズの一撃が襲いかかる。オマケに俺が空気を吸い込み続けているため、満足に息を吸い込むこともできない。
パニックになって暴れれば暴れるほど、酸素の消費も激しくなる。今の城塞ビーバーには体勢を立て直そうなんて余裕はない。ただ、息を吸わなければという生命原初の要求のみに突き動かされている状態だ。
「く……る……し……」
いよいよ酸欠が限界まで来たのか、それとも敗北したことを肌で感じたのか。もがくことをやめた城塞ビーバーが、そのまま重力に従って水底に沈んでいく。
肺の中の空気は全て吸いきった。もはや鳴き声すらも出すことのできない城塞ビーバーの、最期を見届けるのも悪くないかもな。
「……い……」
城塞ビーバーの身体がボロボロと崩れていく。悪食ピグのときと同じで、倒された魔物はあっという間に土に帰っていく。
だけど俺は、お前が土に帰ることも許さない。住人の命を奪った最悪の『ゴミ』として、最後の1kgまで利用させてもらうことにしよう。
厳密に言えば、この場合は表面張力ではなくて界面張力です。
まあ……『表面張力という言葉を知っているかね? ビーバー君』というネタをやりたかっただけです。




