66話 城塞ビーバーとの戦い6
町に飛び交う、弓と水。
屋根のすぐそばまで迫っている洪水の深さは2メートルを超えようかというところだ。この一帯ほどではなくとも、他の場所でも浸水の被害はでていることだろう。
そんな大災害を引き起こした城塞ビーバーに立ち向かうボズ、騎士団、ルーカス、ノエル。その誰の目にも、これ以上の被害を食い止めるための覚悟が宿っていた。
この世界の新参者である俺でさえ、この街を破壊し、住んでいる人たちを抵抗さえ許さずに殺した、あの魔物に対して煮えたぎるような怒りを覚えているのだ。俺より長い期間をここで過ごしてきた人たちがどのような感情を持っているのか、それはもしかしたら俺が理解できるようなものではないかもしれない。
「矢を貸せ! 10本もあればいい!」
迫る水魔法をすべて俺とノエルが処理することで、防御を担当していた騎士たちの手が空く。
ボズは敵への怒りを抑えずにはいられないのか、近くの騎士から矢を何本か奪い取ると、弓を持たずにその太い腕で振りかぶり、城塞ビーバーに向かって投げつけた。
ボズが投げた矢は、飛び交う矢とも遜色ない威力で獲物へ向かって飛んで……いや違う、よく見れば10本の矢が束になって城塞ビーバーに襲いかかっている!
かの昔、3本の矢は折れないという武将もいた。それが10本ならば、いくら城塞ビーバーとはいえ……!
「目障りだ!」
「チィィッッ! まだ足りねえかあ!」
そんな俺たちの願望も、城塞ビーバーの防御力の前に散らされてしまった。水魔法があっさりと矢の束を止めて、そのままカウンターのごとく俺達に襲いかかってくる。
「ポルカくん、右!」
俺を掴んだノエルが、向かって右側に俺の吸引口を向けた。
ノエルだけ守ればよかったときとは違い、今は何人もの人を守らなければならない。俺の[魔法吸引]はそこまで範囲が広いわけでないため、その場に留まっているだけではみんな守ることは難しい。
そこで、相手の攻撃のタイミングを知っているノエルが、右へ左へと俺を振り回すことでその欠点をカバーする。どうしてもカバーしきれない攻撃が同時に来たときは、盾を構えた騎士にその対応できない分を任せる。
「吹雪よ集い敵を穿て 雪槍!」
ルーカスの詠唱が聴こえてきたので、慌てて[魔法吸引]の発動を止めた。ルーカスが構えた右手からは鋭く尖った氷が撃ち出される。
「はよダムになれ!」
「キリがありませんねっ!」
ルーカスなりに相手の動きを探り、スキをついた一撃だったのかもしれない。しかしながら、そんなことはお構いなしに相手の水魔法がルーカスの氷の軌道をずらし、あっさりと躱されてしまった。
どうしようもないぐらいにふざけた防御力、せめてあの水魔法さえなければダメージの与えようもあるだろうに。
オマケに、こちらは直接の攻撃こそ全て防いでいるが、ちょっと油断すると城塞ビーバーはまた屋根を壊そうとしてくるのだ。すべてを防ぐことはできていない。このままだとまた屋根が壊され、さらなる窮地に追い込まれることだろう。
怒りと冷静さが混在する頭で考える。どうすればアイツにダメージを与えられる?
誰もがその答えを求めていただろう。そんな中で最初に喋ったのはノエルであった。
「ルーカスさん、さっきの水の上を走れる魔法って、私にもかけられます?!」
「できなくはないですよ! 何か作戦があるんですか!?」
土砂降りなうえ、魔法と矢が飛び交う戦場。自然と話す声も大きくなる。
激しく動き回りながら、ノエルは考えた作戦を叫ぶように伝えた。
「私がポルカくんと一緒にアイツの近くまで行けば、アイツは魔法を使えなくなるんじゃないですか!」
『ペポー!!』
「ノエルさんアホですか!」
ちょっと待て! そんな特攻、俺が認めねえ!
あんなでかい奴の懐に飛び込むなんて、ノエルらしいといえばノエルらしい、平たく言えばバカの発想だろ!
当然ながら、ルーカスもボズもそのアイディアに首を振る……が、そこから予想外の展開が待っていた。
「さすがにお嬢さんにそんな危険なことはさせられん。が、俺ならどうだ?」
騎士団長のボズは、ルーカスとノエルに確かめるように言葉をつなげる。
「魔法こそ厄介だが、俺がポルカを持っていれば魔法なんて関係なく普通に近づける。そうなればアイツはただのデカイ獣だ。俺の敵じゃねえ」
両手剣を握りしめながら、周りに言い聞かせるように力強くつぶやくボズ。
まるで攻略法が見えなかった敵に対して、うっすらながらも一筋の光が見えてきた。いかにその光が細くとも、頼らずにはいられない。
「……悪くない案ですね。賭けてみる価値はあるかもしれません。ポルカは大丈夫ですか?」
ルーカスに聞かれて、少し悩む。この作戦が成功すればあの城塞ビーバーは討伐でき、町を守ることができる。
だけど、作戦をやっている間は俺がノエルを守ることはできない。その間にノエルに水魔法が襲い掛かってきたときのことを考えると……
「その間は俺の部下が死んでもお嬢さんを守る。安心しな」
「団長、勝手に殺さないでくださいよ」
「じゃあ死なずに守れ。お前らならできるだろ。これでどうだポルカ?」
俺の考えたことを見透かされたように、ボズが部下に命令をしてくれた。
ちょっと不安だけれど……ひとつ、保険をかけることもできる。決断をしない訳にはいかないな。
『ピンポン♪』
ボズが強くうなずいた。ルーカスが早くも『凝固』の魔法をボズにかけ、ノエルは少し不安そうな顔をする。
ボズの顔は未だに鋭く城塞ビーバーを睨みつけており、確実に討ち倒すための算段を立てている最中のようだ。
悪食ピグのときにはその実力を見せてもらっている。肉弾戦においてはこれほど頼りになる人もいないだろう。
「あれ、団長。ポルカを持ってたら、両手剣を片手で使うことになるけど、大丈夫なんすか?」
「……あ。いや、大丈夫。そのぐらいのハンデでちょうどいいぐらいだ」
ちょっと。本当に大丈夫かよ。
そんな俺の不安にたいして、ノエルが俺をじっと見つめると。
「あの……ちょっと考えがあるんですけれど……」
「じゃあ、ちょっとばかし借りるぞ」
「……お願いします。ボズさん。ポルカくん、絶対にトスネを守ってね」
俺の機体が、ノエルの手からボズの手に渡される。気合を入れよう。あの城塞ビーバーを倒して、ノエルたちを守るために、俺の働きは欠かせないみたいだ。
「ちょっとの間だけど、よろしく頼むぞポルカ」
『ピンポン♪』
俺の返事を聞くや否や、ボズは城塞ビーバーへ向かって駆け出した。
「水中でワイに挑むたぁな!」
「耳障りな鳴き声だ! その断末魔を聞かせてもらうぞ!」
騎士の一人が片手剣を貸そうかと提案していたが、ボズはバッサリと断っていた。その代わりにいつも使っているらしき大剣を右手に、ロボット掃除機である俺を左手に構え、水の上を走っていく。
大方の予想通り、城塞ビーバーの前足からは水の鞭が発生し、俺達に襲い掛かってくる。強力とはいえ何のひねりもない攻撃であり、今の俺にとっては息をするように吸い込めるものだ。
「そいつが消してたんか!?」
魔法を吸い込んでいたのはノエルじゃないんだよ。叩きつけたはずの水の鞭が跡形もなく消えていることに、城塞ビーバーは驚きの声を上げる。
その一瞬のスキが命取りだ。そこを逃すような男が騎士団長を務めているわけがない。
重い両手剣を上段にかかげると、首を切り落とすためにその右手を振り下ろす。両手剣の先が城塞ビーバーを捉えたことが、ボズの腕から衝撃として伝わってきた。
「これでも足りんか!」
「いってえな!」
確実に首を刎ねると確信したボズの一撃だったが、恐ろしいことにこの攻撃でさえも城塞ビーバーの首元には1本の赤い線を滲ませることしかできていない。
今まで全くダメージを与えられなかったことから考えると大きな一歩だが、その一撃を与えた代償も小さくはなかった。
「ワイを傷つけやがって! お前はダムにもしてやらん、バラバラにして沈め殺す!」
「片手塞がってるからって舐めてんじゃねえぞ!」
ボズは一旦距離を取ってから、さらなる攻撃を加えるために再び剣を構える。俺も城塞ビーバーが使ってくる魔法に備えて……あれ、城塞ビーバーが消えた!?
いや、あれは単に水の中に潜っただけ。つまり次の攻撃は……
「下かっ!」
イルカジャンプさながらに水中から飛び出してきた城塞ビーバーを、すんでのところで躱すボズ。空中にいる無防備な城塞ビーバーを斬るために、水の上を跳ねて体勢を立て直す。
「……っ、ちっ!」
絶好の攻撃チャンスだったのに、ボズはなぜか足を止めてしまうと、ロボット掃除機の俺を城塞ビーバーに向かって掲げた。
水しぶきが落ちた中で敵の様子を確認すると、城塞ビーバーはこちらに向けてその右前足を向けている。コイツが魔法を撃つ前に何度も見せた行動だ。
魔法を撃ってくるみたいだが慌てる必要はない。今は[魔法吸引]を常時発動している。いつでも来いや……
「かかったな、ウスノロが!」
「ぐっ!?」
城塞ビーバーの右前足からは、初めて見る魔法が発動される。
水が右前足を覆ったかと思うと、鋭い爪となってこちらを切り裂きにかかってくる。近接戦につかうための強化魔法みたいだ。
いや、その魔法自体はなんの問題もなく吸い込めたのだが、その下から現れた城塞ビーバーの身体まで止めることはできない。
ボズが慌てて俺を引っ込めようとするも間に合わずに、俺の機体は城塞ビーバーの強烈なパンチの餌食となる。
「ぽ、ポルカくうぅぅん!!」
水の中に沈む直前、俺の耳に届いたのは、ノエルの悲痛な叫び声だった。




