61話 城塞ビーバーとの戦い1
川に落ちたダニーくんを無事に救出できたことは良かったのだが、一つどうしても腑に落ちないことがある。
あの壁、なんだ? どこかの漫画で、川の流れを石で塞いで天然プールを作るって話があったけど、あれは規模が違いすぎる。
堰だとしても、男の子一人を助けるために作ったものとしては大規模すぎやしないか。あの壁の下流では水量が殆どなくなっていたぞ。
万全を期してカンペキな防水壁を作ったと考えることもできるけど、なんにせよあの壁の製作者に話を聞かんことには何もわからないな。
流石にあの壁が自然発生したと考えることはできないだろ。魔法を使ったにせよ何にせよ、製作者がいるはずである。何も言わずに去っていったのだとしたらかっこいいが……
「あの、この中に土魔法の使い手っていませんか? うちの息子が引っかかっていたあの壁、魔法で作ったものだったのならお礼をしたいのですが」
同じことを考えていたようで、ダニーくんの母親らしき女の人が家の中の人に声をかけている。みんな首を横に振っているということは、この中にあの壁を作った人はいないみたいだな。
炎魔法、水魔法、風魔法ときて土魔法もあるんだ。そういえばソイルコンタムが砂山作ってたし、あれが土魔法だろう。
もしかして、今回の壁を作ってくれたのはソイルコンタム……? あいつが? いや、ないな。アイツが一人の人間のために動く様子が想像できない。
大体、あの壁が子どもを助けるためだけに用意されたものなのかといったところから疑問だ。なんだかよくわからないけれど、誰かが全く関係ない用事で壁を作り、ダニーくんがそのおかげでたまたま助かったというような印象さえ受ける。
そんな俺の確証のない考察をよそに、一人の男が母親さんの質問に首を傾げながら答えていた。
「俺も簡単な土魔法は使えるけど、あんなデカイもんをこんな豪雨の中で立てるなんてそれこそ大賢者かなんかだろ。」
「この町にそんなすごい方が……?」
「いや、この町にそんな人がいるとは思えねえし……それにちょっとなんか不自然なんだよなあ」
不自然?なにもないところに土壁が現れたことが既にもう十分不自然だとは思うが……
だが、男が言っているのはそういったことではないみたいだ。
「いや、単なる直感なんだけど、あの壁は土魔法で作ったものじゃねえ」
「へ? どういう意味ですか?」
「木とか紙とか、土魔法じゃ扱いようのないものまでカベに含まれていたら土魔法使いの端くれとして文句も言うぜ。表面がボッコボコだし、土魔法で作ったにしてはおかしな点が多くてさあ」
「じゃあ、誰がどうやって……?」
「それがわかりゃ苦労はしねえよ。それに、そこのボウズはあのカベのおかげで助かったみたいだけど、もうあのカベは必要ないのかとか気にしなきゃいけんぜ?」
確かに。水がせき止められていたせいで川の流れが遅くなって、子どもの命を間一髪助けられることができた。
だけどこのままあのカベを放置していてもいいことは特にないだろう。放置した先に待つのはさらなる増水、そして氾濫……氾濫?
なんとなく感じた嫌な予感に、アクアコンタムが言っていた計画、この2つが自分の中で結びついたその時。
「……チッ……まあ、問題ない……」
そこにいて、そこにはいない。俺にだけ見える人魚、アクアコンタム。
ソイルコンタムが現れたときほどのサプライズもなく、まるで最初からいたかのように姿を見せてくれた。
来たはいいけど、コイツからどうやって情報を聞き出そうか。そもそもコイツもテレパシー使えるのか?
「……使える……でも、私から質問させろ……」
コイツとも意思疎通は可能か。厄神とやらは心が読めるのが基本なのかな。
「……ねえポルカ……生きている人間に……怒りを覚えることは……ないの……?」
むう、ソイルコンタムとはまた違った感じで関わりたくないやつだ。
だけどこんなところで無視するのは愚策だ。放っておけば人間を殺戮するというコイツから、必要な情報は搾り取りたいところだ。
おいアクアコンタム、お前も俺の心読んでるんだろ? お前が言うところの計画って、川を氾濫させることを含んでいるのか?
「……どいつもこいつも……私を利用しようとして……質問にも答えないで……!」
あ、すみません、すみません、あなたの質問には答えますから。
「……質問……ポルカがどれだけ……ゴミを拾ったとしても……すぐに捨てる人たち……憎い……?」
アクアコンタムから情報を得るためには、この質問にうまく答えなければならない。
言い回しがキツイが、ゴミ拾イストである俺に対して『ポイ捨てする人をどう思うか』ということを聞いているのだろう。
自分を偽って答えることも考えたが、アクアコンタムはソイルコンタムと同じように読心術をナチュラルに使ってきた。思ってもいないことを考えたとしても、嘘をついていると見破るかもしれないな。
大体、この問いに対しては答えを偽る必要もないじゃないか。自分が常日頃考えていることなのだから。
「……もったいぶらないで……憎いの……? 憎くないの……?」
そりゃあ、ポイ捨てする行為自体を良いとは思わないかな。
「……ふうん、それじゃあ……」
でも、それで人を憎むということはないよ。それだけで他人の人格まで全否定するのは間違っている。
「……なに、それ……?」
どんな人にも長所があり、そして欠点がある。ゴミの始末に無関心な人にも、良いところはかならずあるはずだ。
現に俺は一人知っているよ。庭に溢れさせるほどゴミの処分が下手くそな人を。そいつだって、関わっていくうちにそれ以外の良いところをたくさん見つけられた。
「……わからない……いやなこと……されたら……恨むのが……普通……」
俺の元の世界のことわざだけどね、『罪を憎んで人を憎まず』って言葉があるんだ。ポイ捨ては良くないことだけど、捨てた人自体は憎んじゃいない。
「……本音は……?」
最近だとポイ捨てする人を見ると、テンションが上がるようになってきた! これで俺の累計ゴミ回収量15000kgにまた一歩近づいたって!
「……もう、いい……価値観が違う……」
なんかガッカリしたような顔で呟かれた。せっかくぶっちゃけトークまでしたのに、そんなに低いテンションで返されるとこっちとしても対応に困るんだけれど。
まあいいや、こっちが質問に答えたんだ。そっちも質問に答えてもらうぞ。
お前らが言う、水を使った"計画"についてだ。川を氾濫させてこの町を水攻めにする、お前らの計画はこれであっているのか?
「……氾濫……半分正解で……半分間違い……」
どういう意味だ。氾濫ではあって氾濫ではない?
「……氾濫なんかじゃ……生ぬるい……驕り高ぶる……人間に裁きを……召喚『城塞ビーバー』」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「---きぎゅるるううぅぅ!!」
「うんっ!? 何の音?」
ノエルが濡れた服を着たまま、窓の方に目線を向ける。
かなり低い鳴き声、聴こえる方角は川の方から。
土砂降りが周囲の音を全てかき消す中で、その野太い鳴き声だけが辺り一帯に響き渡った。
一拍置いて聞こえてきたのは、ドゴッ、ドゴッ、という破壊音。その後に聞こえてきたのは、ザザザザといった水の流れる音。
その音だけで、何が起きているのを瞬時に判断した。判断できてしまった。
最悪だ。確かに氾濫なんかじゃ生ぬるい。
あれほど増水した川で土手が破壊されれば、氾濫なんかとは比べ物にならない被害が出ることだろう。
わずかに十数秒後、この部屋も水に埋め尽くされる。
後にトスネ川決壊と呼ばれるこの事件……俺は、その始まりに立ち会うことになった。
唐突なシリアス、次回から何の前触れもないトスネ攻防戦スタート。
伏線を張るって難しいですね。60話20万文字書いても未だにうまくできません。




