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46話 ミアズマ6 探偵ポルカの尾行調査

 ルーカスがドアから出ていった後も、俺はしばらく動けなかった。

 [マッピング]はまだ閉じない。何かの間違いではないか……そう思って何度も見返すものの、患者の家はみんなトイレの東側に集中している。

 件のトイレから一番遠い家に至っては、300メートルぐらい離れている。別のトイレを利用したほうが明らかに近い。

 前提が崩れた。あの公衆トイレを消毒し続ければハクリは収まるという考えは、甘かったのか?

 せっかく壁走りを習得してまで掃除したのに、全くのムダだった……のか?

 いや、少なくとも新しい情報は手に入った。考えを切り替えろ。ヤケになるな。

 トイレ消毒はやめない。仮にあのトイレがハクリの感染源じゃなかったとしても、今後そうなる可能性だってある。それにキアレおばさんに申しわけないしな。


 あ、そうだ。今まではハクリの症状から原因を考えていたけど、別の方法もあるじゃないか。

 ルーカスに感謝しよう。彼自身は気づいていないみたいだけど、俺にあの地図を見せてくれたことがこのハクリを、そしてミアズマを制圧するカギになるかもしれない。

 しかしそれをやるには情報が足りないな……わずか12件の住所がわかっただけでは、ちょっと不足気味だ。どうにかしてさらなるデータを集めなければ。

 こうなるともうスケジュールがパンクしそうだ。この隔離施設の掃除、公衆トイレの消毒、そしてデータの収集。

 どれも大事なことに変わりはない。手を抜くことは許されない。だけど俺には疲れることのない体とまあまあ便利な瞬間移動がある。どうにかなるだろう。いや、どうにかするんだ。

 これからしばらくは休む暇もなくなるけど、色々面倒を見てくれたこの街のみんなに対する俺なりの恩返しだ。

 そして、俺をバカにしたソイルコンタムへの意趣返しでもある。お前が何を目的にこんなことしているのかはわからんけど、俺がその計画を潰してやるからな。

 ハクリの鎮圧のために、再び気合を入れなおす。まずはミアズマの正体を突き止めないと。そのために俺が行くべき場所はというと、やはりあの公衆トイレだろう。

 始まりの場所といえば大げさだが、カギとなる施設であることは間違いない。あの場所に行かずにハクリを解決するのは不可能だ。だから、俺はいかなければならない。


「おえええぇっ……」


 とりあえずは、今俺の後ろで誰かの吐き声が聞こえたし、それを片付けてからデータの収集に向かうことにしよう。




「おう、その、なんだ……入るんだったら勝手に入れよポルカ」


 もう一度公衆トイレに来ると、監視員とキアレおばさんの戦いはとっくに終わっていたみたいで、しかもキアレおばさんの圧勝だったようだ。大の大人が泣きそうな顔すんなよ。キアレおばさんに何言われたんだよ。

 入っていいと言われたけど、今回来たのは消毒するためではないんだ。とりあえず入口のあたりに陣取らせてもらうよ。


 トイレの入口に並んでいる人を観察する。顔を覚える。

 俺の中で定めた基準は2時間だ。2時間のうちに2回、トイレに来た人をハクリ患者とみなそう。

 プライバシーもへったくれもないが、そこはもうご愛嬌ということで。人の顔を覚えるのはあんまり得意じゃないんだけど、やってやろう。


 45分が経過したところで、さっきトイレを出たばかりの女の人が再び列に並んだ。

 その人が来た方向は……東から。まだ一人目だけど、ルーカスから受け取った情報と一致している。

 用を足して、帰る方向もやっぱり東へ。音を立てないようにして、その後をこっそりとつけていく。

 1分ほど歩いたところで女が家の中に入ったので、[マッピング]を開いてその家にチェックマークをつけておく……元の世界だったら犯罪だったかなあ。いや、こっちの世界でもか?


 ルーカスはハクリ患者の住所を調べることで、ハクリの感染を抑えようとしていた。

 ならば俺にも、同じことができるはずだ。住所をまとめることでハクリの原因を見つけ、消し去る。消すことができないのであれば、その原因から人を遠ざける。そのための尾行だ。

 ロボット掃除機に法律が適用されるのかはわからないけど、念のためバレることはないようにしたい。幸いにして少し暗くなっきたし、身長10センチ程度の俺は普段でもそんなに目立つものではない。尾行する距離も短い。よっぽどのことがなければ気づかれないはずだ。

 とにかく、これで13件目の情報を手に入れた。しばらくはこれを繰り返すことで、ハクリ患者の家がどのように分布しているのかを調べるのだ。



 その後、2人のハクリ患者の家を調べ上げたところで、隔離所に戻って掃除をする。その後公衆トイレに消毒水を振りまいて、再びハクリ患者の家を調べる……


(真っ暗だ)


 街灯なんてほとんどない。星明かりと民家から漏れ出る光だけでは人の顔を判別できない。

 不本意だけど、今日はこれ以上データを集めることは難しいか。明日だ。明日からが本番だ。




 そして翌日。

 一晩を費やして練り上げた計画をもう一度確認しよう。


早朝:今からいつもの公衆トイレに行き、個室内を消毒した後、2時間かけてハクリ患者の家を調べる


午前:隔離所を掃除し、東の方の公衆トイレを消毒、やはり2時間かけてハクリ患者の家を調べる


昼:隔離所を掃除し、いつもの公衆トイレを消毒、その後以下略


午後:隔離所を掃除し、東の方の公衆トイレを消毒、以下略


夕方:隔離所を掃除し、いつもの公衆トイレを以下略


夜:データをまとめる、後は隔離所で掃除



 ……早い話が、ハクリ患者発生地域にある2つの公衆トイレを交互にチェックしようという計画だよ! シンプル・イズ・ベスト!

 今までは家の最寄りの公衆トイレしかみていなかったけど、この広がり方を見るに東の方もチェックしておいたほうがいいと感じ、計画に組み込ませてもらった。

 患者の家の場所をまとめることで、ハクリの原因を探る。できるかどうか、やってみなくちゃわからない、ぶっつけ本番。

 もしかしたら全く意味が無いかもしれない。完全な失敗に終わるかもしれない。だけどその時はその時で次の一手を考えるまでだ。


「またポルカがトイレを水ベタしに来たか。何の意味があるのだか」


 今はただ、うまくいくと信じてまっすぐにやりきる。それだけを考える。

 個室の消毒終わり。今から2時間、ハクリ患者の家を調べる。



「ポルカ、アタシがどうこう言うことじゃないかもしれんけど、ベネッタちゃんは大丈夫なんだろうね? こんなところにいていいのかい?」



 誰から何を言われようとも、やりきってやる。

 2時間が経過して、5人分の新しいデータが手に入ったところで隔離所まで戻る。

 臨時職員とはいえ職員であることは確かだ。頻繁に出かけるせいですぐに掃除できないことに負い目を感じるが、そのことに文句を言う患者はいなかった。2時間おきの掃除でも、みんな感謝してくれるのはこちらとしてもありがたい。

 だけど、その優しさに甘えるな。仕事を抜け出して勝手な行動を取っているのは事実なのだから。

 掃除終わり。次は東側の公衆トイレへと向かわないと。



「わかった、わかったからそのうるさい音出すのやめろ!」


 東側の監視員とも一悶着あったものの、どうにかして消毒水をまくことを許してもらうことができた。

 やはり何人か順番待ちの患者がいるな。ハクリの原因を西側の公衆トイレだけに向けてたのは完全な失策だったか。ここから巻き返さないとな。

 2時間が経過したところで、4人分のデータが集まった。未だ疲れを知らない体を動かし、再び隔離所の掃除へと向かう。



 結局その日は18人、全部合わせて33人分のデータが揃った。

 宣言通り、一日中働いたようなものだ。これで何の成果も得られなかったら流石に凹むかも……

 とりあえず、マッピングを開いて今までにやったすべてのマーキングを確認するか……


 頭のなかに開いた地図に、大量の印が書き込まれていた。言うまでもなく、この町で発生したハクリ患者の家をまとめた結果である。

 ……2つのトイレの間に、患者の家が集中しているな。

 歪な円形といえるだろうか。この中心に何があるか……、本屋、靴屋? これは流石に違うよな。料理屋もあるにはあるけど、そこそこの高級店だし、近所の人がみんな感染する原因としては考えづらい。精肉店か、これも怪しいけど、おかみさんやうちの近所の奥さんが利用しているのは別の店だからこれも除外。

 となると、残ったのはこれか……そうか。こんなところに原因があったなんて。

 何がノロウイルスだ。ゴミ拾イストとしてもっと先に思いつく原因があっただろ。


 1854年、ロンドンの街で一人の女がポイ捨てしたことに端を発する『ブロードストリート事件』

 それをトスネの街で再現なんかさせてたまるかよ。なぁ、ソイルコンタム。

 ミアズマの正体はわかった。もはやハクリは正体不明の熱病なんかじゃない。

 隔離所を飛び出し、薄暗い街をひた走る。ミアズマを掃除するため、そしてこの町の住人をハクリから守るために。

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