35話 カーペットの掃除
ノエルは壁を、俺は床を。以前と同じフォーメーションで掃除に取り組み始めた。
掃除機として言わせてもらうと、カーペットが敷かれている床の掃除はただのフローリングよりも数段大変だ。
堅い床の上のゴミなら、一往復しただけでほとんどは回収できるけど、カーペットが相手だとそうもいかない。
カーペットとゴミが直接絡まるというのもある。凸凹の奥深くにゴミが入り込んでいるというのもある。
そのどちらも、ただ単に掃除機をかけただけであっさり取り除けるような雑魚のゴミではない。何回も往復して、やっと取れるか取れないかってレベルでカーペットにくっついているのだ。
(やっぱり、新機能の出番かな……)
悔しいけど、俺もまだまだ掃除機として未熟なのかもしれない……って、なんか最近自分が掃除機であることに何の疑問も持たなくなってきたんだけど、これ末期なのかな。
とにかく、吸引力だけじゃどうしようもないことが分かったので、新機能を試してみよう。
この前ポルカⅡにバージョンアップ?したことで、新機能の欄が少し増えていた。この状況で使えるものがあることも確認済みだ。
ゴミ残量も900kg台とそれなりに余裕があるし、この機能は取って損をするもんじゃないからな。
俺は迷うことなくそれをとって、すぐに発動させた。
「あれ、ポルカくんなにそれ?麺棒?」
麺棒なわけないだろ。
まあ、筒状のものを押し付けて転がすという面では似ているのかもしれないけどな。
ロボット掃除機の体の前方に、トイレットペーパーの芯のようなものが現れる。
その表面はべたべたしており、床に押し付けるようにしてころころ転がすと、カーペットのゴミがその円筒にどんどんくっついていった。
説明はもういいだろう。早い話が粘着ローラーだ。
カーペットの掃除だけでなく、洋服についた花粉をとったり、食品工場に入る前の清潔チェックで用いられたりと、布・毛製品をきれいにするスペシャリストだろう。
ちなみに粘着ローラーを開発したのは日本の企業だったりする。粘着面を表側にするという面白い発想と、商品化するまでのさまざまな工夫が合わさった素晴らしい発明品であり、俺も生前は結構お世話になった。
まあ、欲を言えば使用後はもうちょい簡単にはがせるようになってほしいと思うけれど。時々はがすのに失敗して二枚分いっぺんに破ってしまい、損した気分になるのは俺だけじゃないはずだ……ないよね?
そんな感じで、粘着ローラーあるあるを紹介させてもらおう。
まずは初めて粘着ローラーを見たであろうノエルの反応から。
「うええっ、そんなに汚れてたの!?」
粘着ローラーあるあるネタその1『予想以上に汚れが取れてビビる』
粘着ローラーあるあるネタその2『ゴミが大量にとれたわりには
「んっと、少しカーペットの色が明るくなった……ような?」
カーペットの見た目の変化はしょぼい』
いや、見た目の変化はしょぼいけど、寝っ転がったときの快適さとかは結構変わるもんだよ!とか熱く語りたい!
あ、でもこの世界って土足文化だから、カーペットに寝転がったりすることはないか。服が汚れる。
そしてもう一つ、粘着ローラーあるあるネタその3『粘着力がすぐ消える』
ホコリが酷い時なんか、数往復しただけでローラーの表面がザラザラになっちゃうもんな。ていうか、このカーペットがまさにその状態なわけだが。
まあ、そんなときは表面の1枚を剥が……剥が……剥がせない……
粘着力、死す!カーペットの掃除、これにて終了!
はい、冗談です。
いったん粘着ローラーをしまって、もう一度発動させたらちゃんと粘着力が復活してくれた。我ながら仕組みがさっぱりわからないけど、ありがたく活用させてもらう。
粘着力の消失と復活を何度も繰り返しながら、カーペットの隅々までローラーをかけていこうか。
カーペットの奥深くに入り込んだゴミとか、普段だったら目にも入らないような汚れでも、あるのとないのとでは清潔感に大きな差が出るものだ。
ゴミ以外にもシミとか焦げとかいろいろ気になるところはあるけど、今日はとにかくゴミを除去することに力を注ごう。
「ふう、大体終わったかなぁ」
ノエルの方は、壁の方を拭き終わったみたいだ……けど、正直物足りない。
いや、ノエルの仕事っぷりが悪いわけじゃあないんだけど、タバコのヤニは水拭きで落ちるようなものじゃなさそうだもんな。
うーん、生前は家族の中に喫煙者がいなかったからあまりわからないが、ヤニの成分ってタールだったっけ。タールと言えば油汚れっぽいから、重曹を使えば落ちるんじゃないかな。
だけど考えるだけで実行には移せない。 これが床だったら色々とやりようはあったんだけど、さすがに壁の掃除は専門外だ。水を噴射するぐらいだったらできるけど、室内でやるわけにもいかない。
どうしようもないか。いいアイディアも思いつかない。壁の清掃もいつかはできるようになりたいけどね。
できないことをいつまでも考え続けても仕方ない。今はできることに集中だ。
こちらも、カーペットに粘着ローラーをかけ終わった。粘着ローラーでだいたいの土ボコリや細かいゴミは取れたけど、仕上げとして掃除機もかけておく。
せっかくだしカーペット掃除のテクニックを一つ紹介しよう、[中性洗剤]取得!発動!
本当だったら柔軟剤を使いたかったところだけど、新機能になかったものは仕方ない。同じく界面活性剤を含んでいるものとして中性洗剤を使わせてもらおう。
[水拭き]を発動させることで出てきた雑巾に、中性洗剤を振りかけて、カーペットの上から軽く拭き掃除する。
今日は天気もいいから、カーペットはすぐに乾いた。よし、準備完了。あとは普通に掃除機をかけるだけだ。
カーペットの目に沿って、丁寧に上を走ると、まだ少し残っていたゴミがどんどん吸い込まれていく様子が感じられた。
カーペットの掃除が大変なのは、繊維とゴミがからまっていたり、奥深くにゴミが潜り込んでいたりといったことのほかにもう一つ厄介な原因がある。静電気だ。
せっかくゴミを取り除いても、この静電気が残っているとあっという間に新しいごみが付着し、きれいにするのが大変になるのだ。
そこで活躍するのが中性洗剤、より正確にいえば、その中に入っている『界面活性剤』。
水と油をなじませる界面活性剤は、繊維と空中の水とをなじませる効果もある。今、このカーペットは、わかりやすく言えばうっすい水の膜でコーティングされた状態だ。
乾燥していると静電気が発生しやすいのとは逆に、周りに水がたくさんあると静電気は消えて無くなってしまう。
静電気が失われたカーペットなど、俺の敵ではないわ!さあ、おとなしくきれいになるがよい!
「ポルカ―、ノエルー、お客さん来たわよー」
その後も時間をかけて全ての部屋を掃除したあとで、おかみさんが慣れた手つきで仕事を始めだした。お、もうそんな時間か。
受付の方に回ると確かに客が何組かきており、おかみさんやノエルに案内されて部屋に入っていった。
……あれ、ドグ主人が働いていないぞ。カウンターの後ろの方で椅子に座ってボーっとしている。
どうかしたのだろうと眺めていると、ぼそっとつぶやいた独り言が耳に入った。
「新人が優秀すぎて立つ瀬がない……」
あ、うん。おかみさん働き者だもんな。
よく考えてみれば以前も宿屋の仕事をおおよそ一人の力で回していた。多分だけどおかみさんが本気で働いたら常人の二人分ぐらいの働きをするのではないだろうか。
ノエルもそんなおかみさんに仕込まれているのか、客への対応と心配りが行き届いている。
それに、僭越ながら俺も、掃除することにかけてはこの街で右に出るものはいないと自負している。
だけど、そんな俺たちを雇ったドグ主人は、喜び半分、そして畏怖が半分といったようで、右手で頭を押さえながらつぶやいた。
「この宿屋、そのうち乗っ取られるんじゃないか……いや、もう半分乗っ取られてる気が……」
……がんばれ、ドグ主人!
実際にやるときは中性洗剤ではなくて柔軟剤を使ってください。