14話 ブラックな環境を改善せよ
最近、うちの宿屋の売り上げが少し伸びているらしい。
おかみさん曰く、俺が直々に掃除をしている宿屋という宣伝をしたら、興味を持ってくれた人が試しに泊まってくれるのだとか。
ちなみに、既に全ての部屋に床ワックスをかけてある。この世界には木の床にワックスをかけるという文化はないらしく、そのツヤに驚いた宿泊客も多い。
安めの料金で泊まれる、高級感ただよう宿屋というのを売りにしていくみたいだ。俺は宿の経営について口出しする事は出来ないが、その試みがうまくいってくれることを祈っておこう。もちろん掃除もしますよ。
さて、1号室の掃除も終わったし、今日の仕事は終了か。それじゃあいつも通り火山灰の掃除に移るとするか……
「あ、ポルカくんいたいた。ちょっといい?」
「ピンポン♪」
話しかけてきたのはノエルである。今日も盛大な髪の毛の跳ねっぷりだ。寝癖なのか天然パーマなのか区別がつかない。
この宿屋においては、料理の手伝いやシーツの洗濯などを担当している。俺が来る前は部屋の雑巾がけもやっていたのだが、あまり掃除は好きでなかったらしい。
俺がこの異世界に来て初めて会った人であり、ポルカである俺にも優しく(?)接してくれる女の子だ。この子に出会わなかったら俺は今頃あの洞窟の中で活動停止していたかもしれない。この異世界にきて一番幸運だったのは、彼女と出会えたことかもしれないな。
まあ、時として雑巾越しにアイアンクローかまされたり、真っ黒なモップで磨かれたりするけど。
俺に話しかけてくるときは、ハッピーな出来事を自慢したり嫌なことをぐちったりすることが多いのだが、今回はなんか雰囲気が違う、雑談じゃないのだろうか。
「ポルカくんと話をしたいって人がいるから、いったんいつもの部屋まで来てもらってもいいかな。掃除も終わったみたいだしね」
俺に用事のあるお客さん?誰だろうか?
とりあえず、わかったと返事しておこう。
「ピンポン♪」
「それじゃあ、よろしくね」
それだけ言うと、ノエルは洗濯の続きをするためか、外へと向かっていく。
1号室の床に磨き残しがないことを確認して、ノエルに言われた通り、俺は従業員ルームへと向かった。
いきなり登場するのはよくないかと思い、普通に扉から入る。
中には、宿のおかみさんであるベネッタさん、そして、見知らぬ恰幅のいい男が座っていた。
「あ、ロベルトさん。あれがうちの従業員のポルカです」
「おお、こんにちは、私は巣ごもり亭の料理長をしております、ロベルトと申します」
コックさんか。料理人がポルカに何の用があるんだろう?
「ポルカ……さん?は知っておられますかね、巣ごもり亭」
「ペポー」
嘘をついても仕方がない。ここは正直にいこう。
あと、なぜかさん付けされた。人間じゃないのに大人から敬意を払われるなんて、何だか変な気分である。
ロベルトさんはペポーの意味を計りかねていたが、おかみさんが「知らないと言ってます」と補足してくれた。
「そうでしたか、それでは、町役場は知っておられますか?」
「ピンポン♪」
「知っていると言ってます」
「なるほど、その町役場の二階にあるのが巣ごもり亭でございます。この街の中でもかなり大きな飲食店に分類されると自負しております」
ああ、そういえば二階からそれっぽい声が聞こえてきたな。ロベルトさんはそこの料理長というわけか。
声しか聞こえなかったが、雰囲気的にはそこそこ繁盛していたんじゃないかな?
「相談というのはですね……最近、うちで働いてくれる人が少なくて。採用してもみんなすぐに辞めていってしまうんです。それで一人当たりの仕事量が増えて、昔から一緒に働いている副料理長まで『辞めたくなってきた』と言い出す始末でして……」
「それは、お気の毒ですね。巣ごもり亭のような大きな店で人手不足は大問題でしょうに」
確かに、深刻な問題だな。そのまま放置しているとブラックな職場になりそうだ。
で、それをポルカにどうしろというんだ?俺、レストランで働くなんてできないよ?料理なんてできないんだけど?
「それで、この前なんとか新しい従業員を雇ったんですけどね、半日もたたずに逃げようとしたんですよ」
「何かあったんでしょうか?」
「私もそれが気になって、問いただしたんですよ、そしたら、『厨房の床が汚すぎる、あんなところで働けるか』って……」
……そうかい。そりゃ予想外の理由だな。
「私もその言葉を聞いて、頑張って掃除したんですけど、なぜか汚れが全然落ちないので……そのとき、ポルカさんの話を聞きつけてやってまいりました。木の床を琥珀のごとく輝かせると噂のあなたなら、もしかしたらと思って」
いつの間にか変な噂が流れてやがるし。多分ワックスの事だろうけど。
それで、厨房の掃除か。掃除しても汚れが落ちないというのは何となく予想がつく。それを解決できる新機能があることも確認済みだ。
俺としては断る理由がない。受けてもいいだろう。
「ピンポン♪」
「ちょっと待ちなさいポルカ。ロベルトさん、依頼料はいくらになるのでしょう?」
おおっと、さすがおかみさん、したたかだ。悪く言えばがめつい。
その言葉を聞いたロベルトさんは、銀貨6枚……約6千円を提示した。
「ポルカ、銀貨6枚で大丈夫かな?」
「ピンポン♪」
ぶっちゃけいくらでも構わない。そもそも異世界に来てから一度もお金使ってないし。
金が手に入ったところで、使い道があるのだろうか?
「ありがとうございます。それでは、今から巣ごもり亭に来てもらってもよろしいでしょうか?」
「ピンポン♪」
ロベルトさんの先導に従って、巣ごもり亭へと歩く……実のところトスネの街のマッピングはほとんど完了しているので、別に先導がなくても町役場ぐらい普通に行けるのだけれど。
特筆すべきようなこともなく、20分ほどで町役場についた。俺が階段を登れないことは事前におかみさんが伝えてくれたので、ロベルトさんに持ち上げられて2階に向かう。
どうやら今日は定休日のようで、巣ごもり亭には誰もお客さんがいない。人のいないレストランに入るってのは初めての経験だな。
ドアをくぐって厨房に入り……目に入った光景に、思わずため息をついた。
床が黒い。予想通り、ひどい油汚れだ。
油汚れというものは、放っておくとほこりなどが付着して、どんどん落ちにくくなるものだ。こんなになってしまったら水で拭いたぐらいでは全然落ちないレベルだろう。
「恥ずかしながら、掃除の知識がありませんでしてね、お任せしても大丈夫でしょうか?」
「ピンポン♪」
「それでは、また別の用事があるので少しこの場を離れます。よろしくお願いしますね」
おや、ロベルトさんどこかに行ってしまうのか。
まあ、下手にウロチョロされるよりは邪魔が入らなくていいだろう。
ロベルトさんがキッチンのドアから出ていき、町役場の階段を下りて行ったことを確認してから、掃除を開始する。
まずは新機能をオープン、[ぬるま湯]を3kgのゴミを消費して取得し、床にぶちまけるところからだな。




