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Hero is not necessarily justice ~後編~

闇魔の王の復活の兆しは確かにあった。

日に日に強くなる魔物は数も増えていき、まるで孵化した蜘蛛の子のように各地に散らばっていく。

とてもじゃないが討伐が間に合わず、兵士や騎士、傭兵や冒険者など戦える者は己の力を奮った。


平和なのは大きな街や王都の中くらいで、各地で甚大な被害が出ていた。


私は増え続ける魔物への対応に追われ、シアと逢う暇のない日々を送っていた。

正式な発表はまだだが彼女も予想は出来ているだろう。神杖の継承者には由姫が選ばれるということは。

夢破れた彼女がどれほど心を痛めているか、どれほど傷付いているか。すぐにでも駆け付けてその細い体を抱き締めて慰めたかった。


それなのに彼女は久々に逢ったある日、討伐の旅に同行したいと言い出したのだ。


「……なぜ、シアが同行する必要がある?」


少し苛立たしく思いながら強い口調でたしなめる。

せっかく代わりの生け贄を見付けたのに、なぜまだ死地に向かうような真似をするのか。そんなに神杖が大切か? それとも神の愛に答えようと言うのか。

これほどまでにシアを守ろうとしているのに、肝心の彼女が私の手をすり抜けて行こうとする。


その事が酷くもどかしくイライラを募らせた。


そんな私の雰囲気に気付いているだろうに、シアはけして譲らない。少しやつれた顔で、それでも瞳の輝きは曇ることなく私を射抜く。


「わたくしならば魔法が使えます。露払いくらいなら出来ましょう。それにユキ・サワタリに万が一があれば神杖を使う者がいなくなります。彼女は戦いを知らないのでしょう? それならば彼女が逃げ出す可能性も―――」

「駄目だ。シア、戦いを知らないのは君も同じだろう? それに君の魔法は確かに当てには出来るが、露払いをする者は他にも居る」


まだ言い募ろうとする彼女を片手で諫めた。


「シア、私は君に神杖の継承者になってほしくない。候補から外れてほしい。そしてここで私の帰りを待っていてはくれないか?」


茫然とする彼女を抱き締めた。


この細い肢体に私が触れていない場所はない。彼女の父親を説得する間、何度貫いてしまおうかと考えたか。そうすれば、嫌でも彼女は私の帰りを待たざるをえなくなる。


名実ともに早く彼女が欲しい。その為ならば多少の無理や犠牲は厭わないが、出来れば彼女の名誉を傷付けることはしたくなかった。



その3日後、正式な継承の儀式が執り行われ、その日の夜会で神剣の勇者と神杖の聖女として公表された。


私は由姫に寄り添いながら、会場の中に黒い頭を探した。シアがどこかにいて、今私達を見ているはずだ。然り気無い振りをして辺りを見渡すも彼女の姿を見付けることはできなかった。

もしかして今日は欠席しているのかもしれない。宰相辺りに確認しておけばよかった。


「ねえ、カー君。庭に出てみない? その、二人きりで少し歩きたいな」


由姫がしなだれかかる左腕が重い。わざとらしい上目遣いは他の男に言わせると可愛いらしいが、私にはどうしても媚びているようにしか見えない。


しかもカー君とは。溜め息しか出ない。


そんな内心の憂鬱をおくびにも出さずに優しく微笑む。


「そうだね。外に出て少し話をしようか」


ああ、これがシアだったら。

私は別に女嫌いではないし、好みの女性であれば側に寄られれば単純に嬉しい。ただ、困ったことに好みの女性がシアしか見当たらないのだ。


感情を押し殺し、由姫には僅かな本音と沢山の嘘を塗り込めた愛の言葉を囁く。


指先のキスだけでも限界なのに、唇を合わせるなどもってのほかだ。しかも体を重ねるなど。この女は『俺』が笑って言うようにビッチそのものだ。


私の外見―――輝く金髪に湖の奥を覗き込んだような青い瞳は、確かにたくさんの女性の心を射止めるようで、婚約者がいるのにその手の誘いは尽きなかった。

由姫もそうだ。私を見る目はかつての『俺』が日常的に目にしていた、金を目の前にした商売女と同じだ。欲と見栄にまみれた濁った目をしている。


私の見えない所で何人の男を食わえこんでいるか。報告にあがっているだけでも3人はいる。



それから一週間、暇を見てはシアの元を訪れたが彼女と対面することは叶わなかった。


今日もシアに逢えずに帰ろうとしたところ、彼女の父親とバッタリと出会した。隣にはシアの兄であるセルゼ・アブスター子爵の姿もあった。


ここ数年、何度もシアとの未来について話し合ってきた相手だ。今では私の一番の理解者でもある。


伯爵は軽く息を吐くと、挨拶と少しだけシアの話をして立ち去った。

その背を未来の兄と見送る。


「なあ、勇者殿。シアは今日も泣き伏しているよ。君と聖女様とのことで立ち上がる気力もないようだ」

「知っているだろう、セルゼ。シアを守るためだ、貴方にもきちんと説明したはずだが?」

「もちろん、僕と父上は知っているけどね。見ているこちらも辛いんだ。……それで? 妹にはいつ話すつもりだい?」

「会ってくれるなら、今すぐにでも誤解を解きたいよ」


巷では勇者と聖女の恋物語なるものが流行っているらしい。


―――確かに由姫をその気にさせるため、誤解させる発言や態度をとってきた。だがそれが原因でシアとの仲が壊れてしまっては本末転倒だ。


「ゼナン、僕と父上が君とシアの婚約の継続を認めたのは、ひとえに君の想いを信じたからだ。あんまり妹を泣かせないでくれ」

「泣かせるつもりなどないよ。そうだね、セルゼがそこまで妹を想うのならば、あの聖女様を頼めるかい?」

「……まあ、もう少しすれば妹も落ち着くだろう。それまで僕もシアのことは気にかけておくよ」


それだけ言うと彼も去っていった。シアのことを気にかけなくてもいいから、ぜひとも由姫を受け持ってほしかった。あの男は由姫の内情を知る僅かな人間だけに、彼女のことを毛嫌いしている。


思わず唇から重い溜め息がこぼれた。

このままだとシアに会えないまま討伐の旅に出なければならなくなる。

それだけは何とか回避したかった。




そして討伐隊の安全を祈る祈念式が開かれた日に、私はシアと会うことが出来た。


思わぬ再会に、私は唇を噛み締める。


シアの結い上げた黒髪が乱れ、痛々しいほどに痩せ細った体が地に伏している。私は差し伸べたくなる腕を握り拳で堪えると、独りで騒ぎ立てる由姫を別室に下がらせた。


紅い絨毯に広がる黒い染みと変色した銀杯が彼女の罪を物語っている。


「なぜ、こんなことをしたんだ、シア」


問いかけながらも、脳裏では素早くこの後の段取りを追っていた。間違っても彼女を罪人などにはさせない。

まずは由姫を黙らせ王を抑えなければ。


ぐっ、と握り拳に力が入った。


顔を上げようとしたシアの肩を、衛兵が警棒で押さえ付けているのが見えた。その瞬間、怒りで目の前が真っ赤に染まる。


「止めろ! 彼女に手を出すな!!」


衛兵達の顔が恐怖にひきつるのを見やりながら、彼女の訴えを聞く。


……ああ、シア。そんなにも神杖が大切か? 優しい君が道を誤るほど許せなかったのか。


そしてその後に彼女が発した言葉で私は凍り付いた。『貴方の大切で愛しい半身』―――彼女はそう、由姫のことを言ったのだ。


私が囁いた睦言をなぜ彼女が知っているのか。

あまりの衝撃に言葉を無くす。


シアの語りはまだ続いていた。彼女がどれほど継承者になりたかったか、そのためにどれほど努力してきたか。


そして最後に彼女は背筋が寒くなるほどの美しい笑顔で言ったのだ。


「カーゼナン様、わたくし貴方のことが―――大っ嫌いでしたのよ」


真っ直ぐに見詰めてくる紫の瞳に浮かぶのは怨みや絶望に怒り。そして魂に染み込む様な悲しみだった。


こんな、熱烈な愛の告白があるだろうか。大嫌いだと言う彼女の瞳が悲しみを訴えてくる。痛いほどの愛を身体全体で訴えてくるのだ。


彼女の愛に全身を撃たれていると、不意にシアが気を失った。床に伏した青白い顔を黒い髪が覆い隠す。


私は慌てて彼女の体を抱え上げた。切なくなるほど軽い体に眉根が寄る。


「勇者殿! その女は罪人です、どうぞこちらにお渡しを」


近付いてきた騎士団の者を一瞥して黙らせる。


「彼女は私の婚約者だ。それ以上近寄れば容赦はしない」


彼女を抱き上げたままその場を後にした。城に待機していた彼女の父親にその身を託した。


「私は今から陛下の元へ行って参ります。幸い、未遂でしたので処罰は軽く済みましょう。シアを休ませて上げてください」


彼女の体を長椅子に横たえるとその頬をそっと撫でた。痩せこけた頬に厚い白粉が、彼女の必死のプライドを伝えてくる。


「すぐ戻ってくるよ、シア。目が覚めたらたくさん話をしよう」


髪の先にキスを落とし、王のいる執務室に向かった。




だが、シアが目覚める前に討伐隊は城を発った。

由姫と私を中心にした8名と、その周囲を守るように配置された50名の騎士たちとともに。


闇魔の王の居塔ははるか北の地にあり、そこからあらゆる災厄を撒き散らすと言われている。王その者の強さより、存在するだけで黒い障気を喚ぶその厄介さ。その居塔の周辺は神器の持つ神気がなければ立ち入れないという。


人間が立ち入る事が出来る場所は馬車で行き、騎士たちに守ってもらう。障気が届くようになると神器の加護が効く8人で進み、騎士たちは一番近くの町で待機、そして居塔には私と由姫の二人だけで入ることになる。


ひび割れた赤黒い大地に、まるで天を穿つように聳える塔に闇魔の王は居る。

昼間だと言うのにまるで夕焼けを濃くしたように空は赤く、その下を黒い雲が塔を中心に渦巻く。赤と黒と灰色に包まれた世界は、命持つ者を拒むかのようにも見えた。


死闘を繰り広げる仲間たちに後を任せ、私は由姫と共に最上階に向かう。

闇に染まった異形を切り捨てながら進めば、最上階で大きな漆黒の扉が目の前に立ち塞がった。回りに敵がいないのを確認すると由姫に向き直った。


「由姫。この扉を開ける前に聞いておきたいことがある。君はこの戦いが終わった後、どうするつもりだい? 元の世界へ戻りたいか? それとも―――」

「止めて、カー君。私はこの世界で貴方と共に生きていくと決めたの。貴方となら生きていけるって思ったの」


由姫の丸い目が私を見上げている。距離の近い不快感に耐えながらそっと肩を押した。


「だけど由姫。君には何人かお付き合いしている男がいるだろう? 申し訳ないがそんな股の緩い女では侯爵家の妻は務まらないよ?」

「え、いや、そんな……! そんなことはしてないわ! きっと勘違いよ! それか……誰かの陰謀よ、そう……そう! あの女……貴方の元婚約者の―――!!」


顔を真っ青にして由姫がすがり付いてくる。

ああ、もう。触らないでほしいな。

言い訳かしらをきるつもりかはわからないが、それ以上喋らせるつもりはなかったので、右手で彼女の言葉を防いだ。


「言い訳は結構だ、確たる証拠も証言もある。私自身の目で実際の現場も見たんだ。この旅の途中でも何人かの騎士と深夜に密会をしていただろう?」


具体的な名前と日にちを上げていくと、面白いくらいに由姫の顔が蒼白になっていく。


その顔を見下ろしながら私は指を4本立てて彼女の目前にかざした。


「ここで、だ。君に4択の未来を選ばせてあげるよ。ひとつ、懇ろにしていた騎士の一人と結婚をする、ふたつ、聖女としてこの世界で敬われて生きる、みっつ、元の世界へ戻り沢渡由姫として生きていく。さあ、どれにする?」


青ざめた表情を見ているのはなんとも胸が鋤いた。

私が投げ掛けた問いに、由姫は涙を溢しながら口にしていないよっつ目について触れた。


「どれも嫌よ。私はここで勇者の妻となって生きていくのよ! ……よっつ目は? よっつ目はなんなの?」

「よっつ目は前の3択以外、だよ」

「だったらよっつ目よ! 私はここで貴方の妻として生きていくの! それ以外は認めないわ」

「本当に? それでいいの?」

「ええ、もちろんよ!」


私は満足の笑みを浮かべた。真っ赤な顔でこちらを睨んでいた由姫の顔がうっとりとしたものに変わる。


本当にこの女は。


「じゃあ行こう。由姫、最後の決戦だ。私達の輝かしい未来のために全力を尽くしてほしい」


私とシアの未来のために―――。


「まず扉を開けたら神杖の魔力を全て解放して、障気を晴らしてほしい。その間に私は闇魔の王を討つ。出来るかい?」


「ええ、大丈夫よ、カー君。ああ、私貴方が好きよ、誰よりも何よりも大好き。愛してるわ」


まるで悪い酒に酔った様に、由姫がうわ言を繰り返す。

私は微笑んでそれを流すと扉に手をかけて力を入れた。





扉を開けた先にあったのは幕の下りたベッドだった。

襲いかかってきた上級の魔物が口上を述べる間に切り伏せ、邪魔物を排除する。


「由姫、浄化を。いいかい、必ず神杖の魔力を全て出しきるんだ、いいね?」


言われた通りに浄化を始めたのを確認してからベッドに向かう。薄いレースの幕を上げて中に入ると、そこには闇魔の王がいた。


「―――憐れだね。君も所詮は『駒』のひとつということか。安心して、今楽にしてあげよう。また100年、安らかに眠るといい。おやすみ」


神剣を突き立てると、口と思わしき場所からくぐもった音が洩れた。そして負の感情に濁り絶望を映していた目から力が失われていく。最期に一粒の涙が溢れたのを最後に、彼だか彼女だかわからない“モノ”は、全てから解放された。


神剣を引き抜くと抜き身のままで由姫の元に向かう。彼女の作業はまだ終わっていないようで、目を閉じたまま集中している。ゆっくりと翠の渦が神杖から溢れて世界を覆っていく。浄化が終わると同時に、神杖はただの長い石ころへと変化していた。


力尽きたのは神杖だけではない。由姫も同時に糸が切れたように膝をついた。


「よくやった、由姫」


傍らに寄り、その体を支えて立たせる。


「カー君、私……役目を果たせたのね?」

「ああ、そうだよ。ご苦労様、君は間違いなくこの世界の聖女だった―――おやすみ、私の半身」


柔らかい感触を剣先に感じた。肉を裂く感触は何度経験しても慣れるものではないし、気持ちいいものでもなかった。


愕然と目を見開く由姫から、ゆっくりと神剣を引き抜く。


「あ、ああ……ああああ……、なん、で」

「なんで、て。これが君が選んだよっつ目の答えだよ」


すがり付く彼女の手を引き剥がす。ドサリッと重い音を立てて倒れた彼女の服で血を拭い取った。


震える手で傷口を押さえながら治癒を施そうとするが、彼女の意思に反して傷から血は少しずつ流れ続ける。


「なん、でぇ、魔法が、効かない、の……?」

「無駄だよ、由姫。神剣に因って付けられた傷は魔法では癒せない。神杖でなければ癒せないんだよ。もしくは外科手術すれば助かるんじゃないかな」

「そんな、ああ、あああああああ!!」


彼女から膨大な熱量の攻撃魔法が放たれた。その目に浮かぶ怨みと執着の念に思わず笑みが浮かぶ。


「馬鹿な女だな。こんな狭い場所でそんな魔法を使うとどうなるか。せっかく急所を外して元の世界に戻してやろうと思ったのに。自分から死にに逝くとは」


私は素早く結界を張ると、神剣の魔力を全て放出した。と同時に凄まじい爆発が部屋を吹き飛ばした。ちらりと見えた視界の隅で黒い女が踊っていた。自らの炎に焼かれ朽ちていくその姿を、私は最期まで見ることもなく落下に身を任せていた。



「大丈夫か! カーゼナン。聖女様は……ユキ様はどうした!」


結界を体に沿うように薄く張っていたとしても、落下の衝撃を殺すことはできなかったようだ。息の詰まる衝撃と激痛に、咄嗟に治癒魔法を自分にかける。


「ゆ、由姫は、闇魔の王の炎で……、クソッ! 私は彼女を守れなかった……!」


私はすぐさま仲間に保護されると体を癒し、由姫の遺体と神杖の回収に力を尽くした。闇魔の王を倒したことで魔物は力を失い、ほとんどが亡霊のようにさ迷う影へとなっていた。


私達が王都に戻った時には1ヶ月が経っており、そこからあわただしく聖女の葬儀や討伐成功の祝祭が行われた。

国王からは褒美として領地と公爵位と第4王女の降嫁を打診されたが、それら全てを断った。代わりにシアとの婚姻を認めるように改めて脅し―――もといお願いしておいたが、その返事の内容を私はすぐには受け止めることができなかった。


謁見もそこそこにすぐにシアの実家へと向かい、そこでもやはり同じ事実を知らされた。


対応に出てきたセルゼが疲れた表情で溜め息を吐く。その様がやけに腹立たしい。


「いやね? 僕も父上も止めたんだよ? けどねぇ、本人の意思が強くてさ、自ら神殿に向かい髪を落としたそうなんだ。気が付いて迎えに行った時にはどこかの神殿に移動した後だった。―――もう、どうしようもない」


私は拳を机に叩き付けた。重厚なかしの木で出来た執務机が真っ二つに割れた。


「ちょ、ちょっと、ゼナン?! 落ち着いて、頼むから家の物を壊すなよ! ……シアのことは諦めろ、神の家に入ってしまっては手出しは出来ない」

「ふざけるなよ、セルゼ。シアを諦めろだと? 諦めるくらいなら最初からこんなめんどくさいことはしていない。居場所を探してすぐに迎えにいく。そちらでも行方を追わせろ、いいな? 」

「ゼナン……」

「拒否権はない。お前ならわかるだろう? 私の恐ろしさが」


私がシアを見付けたのは約5ヶ月経ってからだった。





「シア。君に選択肢をふたつあげよう」


どこがで梁が落ちる音がした。炎の熱はここまで迫っているが、シアと私の周りには結界が張ってあるため熱は感じない。


「ひとつ、私の手を取れば全て元の状態に戻してあげる」


ゆっくりと彼女に近付く。


「ふたつ。もしもまだ私から逃げようと言うのなら―――」


瞬時に彼女との距離を詰めた。驚くシアの体をそっと抱き締めるとその首筋に歯を立てた。

ビクッと彼女の体が震えた。


「君が逃げ込む全ての場所を潰していくよ」


もちろん、君の親だろうが国だろうが神の元だろうが。全てを潰して最後には私の所しかないようにする。


そう囁きながら漆黒の髪を耳にかけると、軽く耳朶を噛んだ。


「!! ……わたくしの選べる道はひとつなのね」


疲れた声でシアが答えた。体を離すとその紫の瞳を覗き込む。諦念と愛情と。私を見るその瞳は優しかった。


「そうなるかな? 逃げたければ逃げればいい。私はどこまでも追うだけだ」


彼女の髪を両手で撫で付けると、肩までしかなかった髪が手の動きに合わせて腰まで伸びた。


驚く彼女の顔が可愛い。ククッと笑いながら右手を振ると炎の気配が消えて建物が元の姿に戻ったのがわかる。


「邪魔する奴は少し傷付けたけど、死んではないから安心して? さあ、帰ろうか」


私の差し伸べた手を彼女が取る。少し泣きそうなのは嬉しいからか、それとも恐怖からか。


正直、もうどちらでもいい。君さえ側に居てくれれば、他はなにもいらないのだから。


ヒーローは由姫以上のチート持ち、という設定です。本来ならヒーロー独りでも闇魔の王を倒せる強さですが、それをずっと隠してきました。人間社会で上手く立ち回るために、です。

もう少し、神の愛云々に関して書くつもりでしたが長くなったので削りました。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。


※12/28 内容は変わっていませんが少し手を入れました。

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