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第一章 初めての鍛冶仕事 3

仕事が忙しく、更新が少し空いてしまいました。

すみません。

よろしくお願いします。

「うるさい」

「すみません」


近所には誰もいないんだからいいじゃないか。


「それはともかく、どういうことだ?」

「いやいや、言葉どおりでしょ。私も日本人なのよ。五年前にこっちに飛ばされてきたのよ」


俺は椅子に腰を落とした。

っても、レネにばれない程度に、少し浮かしてただけなんだけど。

ふー。安心した。


「俺以外にも、ここに飛ばされた人がいたのか。じゃあ、レネって名前も」

「そう本名じゃないわ。こっちでつけられた名前。『聖女』らしいけど、ストレートすぎるよね」

「じゃあ本名は?」

「私は、虚神に対抗できる存在を探していた魔道士たちに召喚されたの」


俺の質問は華麗にスルーされた。

いや、いいんだけどよ。

俺も特にそういう部分に首を突っ込みたいわけじゃなかったから! 

でもさ、完全に無視ってのはひどいんじゃないのか? 

いや、俺はいいんだよ? 

本当に気にしてないんだけどさ……。


「ユウヤ、話の続きをしてもいい?」


「はい、ご随意に……」


よろしい、とレネは嬉しそうにうなずく。言葉や態度から険は取れたけど、性格が変わったわけじゃないんだな。結構、強引でマイウェイだ。


「戦争は終わったから、私がこの世界にいる理由はないんだけど」


次に続く言葉はなんとなく予想できる。


「魔道士たち、召喚はできるけど、帰し方は知らないんだって」


ああ、だよなあ。でなけりゃ、こんなところにいないよな。


「まあ、召喚されてから五年も経ってるから、今さら帰ったところで向こうに私の居場所があるとも思えないけど」

「でも、召喚されてる間は時間が止まってる可能性だってあるんじゃないか?」

「それはないよ」レネは首を振った。

「なんで?」

「なんでも。それどころか、少し早く進んでいるかもしれないよ」


なぜか苦笑している。

その表情がどうにも寂しげで、それ以上は突っ込めなかった。


レネは、日本に居場所がないと言っていたけど、こっちの世界にだって、居場所はないじゃないか。でなければ、半年も逃亡生活を送らないし、俺のところに転がり込んだりはしない。


「それもそうかもな」

とりあえず、話を合わせておく。

「厄介な事情を抱えているみたいだけど、虚神戦争ってのは終結したみたいだから、人里離れたところで、しばらくの間はほとぼりを冷ますのがいいんじゃないかな」

「私もそう思う! だから、ここでお世話になるね!」

「おいおい、男と女が同じ屋根の下で二人きりだぞ? いいのかよ」

「めー」

「ほら、ヤギ太郎もいるじゃない。大丈夫だよ。ユウヤ、いくじなしだし」

「あのなあ……」


レネは明るく会話をしているけど、多分自分でもそんな簡単な話じゃないってことくらい分かってると思う。

だからこそ、俺は軽い調子で話した。

世の中はなるようにしかならないけど、意外と何とかなるってことを、この苦労してきた女の子に教えてやりたくなってきたからだ。


理由は自分でも分からない。なんでだろ? 下心ではないと思う。多分。もしかしたら。


「でもね」

レネが心配そうな顔をした。意外と表情がころころ変わる。よくも悪くも見ていて飽きない。

「なんだ?」

「ドウガンたち、神聖教団はまたここに来ると思う」

「間違いなく、来るだろうな」

それは、かなり近い未来に。


昨日は正直、ラッキーだったんだ。

レネ一人だと思って人数が少なかった。

ドウガンが心の折れやすいおっさんだったから、つけいる隙があった。

あの傭兵が、サービス残業をしなかった。

それらのおかげで、俺たちはこうして話がしていられる。


それでも、レネは傷を負った。それが、俺たちの本当の実力だ。相手が対策を立ててきたら、勝ち目は薄い。


俺は何も言えなかった。気休めを語ることさえ罪悪感にかられる。世の中意外となんとかなるってのは、平和な世界で育った俺の甘さだったのかもしれない。

不安で、心配で、苦しい。

レネも俺と同じ気持ちのはず。それなのに、彼女はいとも簡単に口を開いた。


「そのときはユウヤがまた、昨日みたいに守ってよ」


いい表情だった。

かわいいとか、きれいとか、美しいとか、そういうんじゃない。

いい、顔だった。

拒絶なんかできるわけがない。


「ああ、そうするよ」


俺は少し恥ずかしくなった。

結局、元気づけてもらったのは、俺のほうだった。

偉そうにしていた自分を、穴の中に埋めて、アスファルトの舗装をしてしまいたくなる。

どんなのだったかは知らないけど、戦争を生き抜いてきた彼女だ。人生経験は豊富なんだろう。


彼女の気づかいが、照れくさい。

でも、嫌いじゃない。

こんな気持ちになったのは、久しぶりだった。

なんか、未熟な自分を人に見せている、どうにも座りの悪い甘酸っぱさを感じる。


うん、俺も年取ったな。


異世界も、案外悪くないんじゃないかな。そう感じ始めている。


と、ここで急にレネが真顔になった。


「それでユウヤ、仕事は?」

「……急に現実に戻るんだな」


さっきまで、結構いい話してなかった、俺たち?


「あー、ほら。私の現状を把握してもらったから、次はこの家の家計の話がしたいなーって思って」


悪びれた様子もなく、にっこり笑っている。くそっ。ごまかされるのは、今回だけだからな。


俺は、シルバー・スプーンとのやり取りを話した。

街の武器屋に商品をおさめるには、ギルドに入っていなければいけないこと。

入るためには、シルバー・スプーンの出す試験に合格しないといけないこと。

試験とは、シルバー・スプーンの使う武器を作ること。

武器の指定はなし。

期限は今日から数えて、明後日の午前中。具体的には、彼と会った時間。

そんで、材料は向こう指定の鉄のインゴットを使うってことだ。


インゴットは机の上に置いて、レネにも見せてやる。

「なるほどねー」

のんきにインゴットをつついている。触っても、鉄の感触しかないだろうに。

「ユウヤは、これをどうしようとか考えてるの?」

「うーん、素材は決まっているから、デザインが勝負だと思ってるんだけど、シルバー・スプーンさんことをよく知らないからな……」

「あー、なるほどね」

レネがうなずく。


そうなのだ。素材を決められたこと、シルバー・スプーンの情報がないことは、大きなマイナスなんだ。


素材が自由だったら、迷わずヴァン鋼を使っていた。ストックがないとはいえ、貴重なものを惜しげも出す、他人にいいものを差し出すことを厭わない鍛冶屋としてアピールできる。

そして、彼の情報があれば、好むデザインの系統や、どんな武器を普段扱っているのか、もしくはいないのかが分かったのに。全てを推測で作っていくのは、かなり危ない橋だと思う。まあ、やるしかないんだけどね。


「ただ、向こうが一つ指定しなかったことで、俺の裁量でできることがある」

「お、すごいじゃない。で、それは、なに?」

「柄の素材だ。俺はデザイン以上に、そこで勝負をしようと思ってる」

「ん?」

「ほら、剣の柄に皮とか巻いたりするだろ?」

「あー、はいはい、なるほどねー」

レネがのんきに感心している。

「じゃあユウヤは、柄のある武器を作るんだ。もしかするとシルバーさん、手裏剣みたいな柄のない武器が好きかもしれないよ」

「可能性はある」

俺はうなずいた。

「でも、武器の指定がなかった分、アピールするポイントが多いもののほうがいいと思うんだ。確かに課題は、彼の武器を作ることだけど、例えば、彼の普段の獲物が俺の知らない武器だった場合、その時点で詰んでしまう。何を作るかはもちろんロジカルに考えなければいけないことだけど、多少彼の嗜好と外れてもいいように、『商品』としても魅力を持った……いや、ちょっと違うな、俺が鍛冶屋としては割に気が利くところも見せておきたいんだ」

「わー、すごいねーユウヤ、さっすが!」

なんでレネがそんなに嬉しそうにするのか分からんが、素直に褒められるのはいい気分だった。

「で、レネに相談があるんだが――」




そんなやり取りをしたのが、かれころ四時間くらい前。

レネによると、この世界も一日が二十四時間ということなので、今はお昼くらい。

腹が減った。

飯が食いたい。

それなのに。


「ウヌ ハ ワレ ヲ ガイスル キ カ?」


目の前にいるのは、巨大なドラゴン。


初めて見たよ。


超でかい。


俺の身長がドラゴンの顔の半分くらいしかないんだもん。


小さな丘じゃん。


相対するだけで、すげー威圧感。


おまけに、非常にご機嫌斜めでいらっしゃる。


うーん、帰りたい。


「ワレ ニ テキスルモノ ヨ カンタン ニ カエレル ト オモウナ ヨ」


ですよねー。


俺はため息をついて、棍を構えた。


戦うしかないっぽい。俺は鍛冶屋なのに。


ただ今、絶賛後悔中。


どうして、こんな無茶なことになってるんだっけ……。


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