非常に長く険しい序章 18
彼女は窓の外をじっと見ていた。
「誰が?」
「私が」
……。
ん。
えーと。
つまり、それは。
「勝手に人の家に入ってきて、怪我させたあげく、変なことに巻き込んでるってこと?」
ぎん、といった擬音が出そうな鋭い目つきで、彼女は俺を見る。
「詳しい話は後! この家は囲まれているわ。もうすぐ彼らは踏み込んでくる。死にたくなければ、じっとしていて!」
勝手だなあ。確定事項ですかい。
ただまあ、予告してくれるのはありがたい。相手が来る前に、俺は俺で迎撃準備を整えられるからな。人の家に侵入する奴は、かわいい女の子以外はみんな敵だ。いや、ひいきではなく、真理として。誰も異論はあるまいて。
昔のことを思い出しながら、口から思い切り息を吸い、丹田に力をこめる。
「あら、武術でもやってたの?」
俺の様子を見た彼女が言った。
「多少ね」
「でも、実戦なんてしたことないでしょ? 無理はするべきじゃないわ」
「ああ、安心してくれ。俺は臆病者だよ」
久しぶりの実戦に緊張してきて、うまく笑えなかった。
でも、不意打ちじゃないせいか、思ったよりも怖くない。
俺の武術の先生はスパルタで、素手のときにどうやって武器を持った相手と戦うかも教えてくれていた。それも実戦形式で。
くそ、思い出すと腹が立ってくる。
毎日のように、授業料だって俺の家に飯をたかりにくるくせに、ほとんど殺すつもりだったもんな。俺も、よく生きてたよ。
がさ。
外から音がした。
草を何かが踏んだじゃないか。
何かって、多分、人だな。
周囲には音を出すものがないからか、よーく聞こえる。
がさがさ。
さらに音がする。複数人か。厄介だな。
女の子をよく見ると、剣をさげていた。
白塗りの鞘に金の縁。変な歪みもなく、真っ直な剣。柄の部分には宝石でも埋め込まれてるのか、緑色に輝いている。ぱっと頭に浮かんだイメージは、純潔。こんな状況なのに、これほど彼女にふさわしいものはないと思った。
こんなに自分勝手で強引で、しかも酒を底なしに飲むくせに……。
「なんか、言った?」
「いいえ、何にも」
「邪魔だけはしないでね。あなたの命もかかってるんだから」
「了解。明かりを消すか?」
「なんで?」
「外から、俺たちの位置が丸見えだろ。遠距離から狙い撃ちにあうじゃないか」
俺は、ガラス窓を指差した。この家にカーテンなんてものはない。
「必要ないわ。むしろ、急に暗くしたら私たちが何も見えなくなるじゃない」
「それもそうだけどさ。この状態もけっこう危ないと思うんだけど?」
「大丈夫、あいつらはそんな卑怯な真似はしないから」
真顔でうなずいた。ギャグなしだ。本気みたいだ。どういう敵だよ? やっぱり常識が違うのかな?
トントン
ん? 誰かがドアをノックした。敵か?
彼女を見ると、緊張した面持ちでうなずく。俺の意図が伝わってるんだか、伝わってないんだか、よく分からん。アイコンタクトできるほど、お互いを知らないぞ。酒を飲んだ夜は、記憶が曖昧だし。
なので、敵であるという前提で話を進めることにした。
「入ってまーす!」
どうせ中にいるのは、ばれてんだから、これくらい良いよな。
「馬鹿っ!」
でも、彼女には理解してもらえなかったようだ。
「いるとばれてても、あえて居留守を使って時間を稼ぎなさいよ!」
なんか、無茶ぶりが激しくなってねえか? まあ、追い詰められている本人だから、無理もないけどよー。俺、巻き込まれただけなんだから、もう少しゆるく扱ってくれないかな。
て、彼女の目が一気に吊りあがってるよ!
敵意が確実に俺へと向けられている。
なんでー?
うおっ! 中指を立てたよ、あの子!
それって、世界共通のサインなのかーって感心してる場合じゃないな。
いやいや、ゆるく扱ってほしいとは思うけど、希望だって! あくまで希望ですから、怖い顔でにらまないでくださいよ! 事情は理解した。はい、した。させていただきました!だから、この話はお終い!
彼女、舌打ちしながら、視線を扉に向けたよ。
とりあえず、一過というところか。それにしても、どうして俺の考えが伝わったんだろう。
「二人いるのか?」
扉の向こうから、とまどいの混じった声がした。
男のものだ。
中年の自信に満ちた低音。
なんとなく、楽しい日々を送っていそうなタイプを想像する。仕事が順調で、家族を大事にしている。友人には恵まれていて、毎朝起きるのが楽しくて仕方のないタイプ。
つまり、俺の大嫌いなタイプだ。
「二人いたら、どうだっていうんだ?」
彼女に代わり、俺が返事をした。
「君は、子供か?」
二十代のサラリーマンを捕まえて、子供はないだろう。これだから、自分の成功体験にしがみついているリア充オヤジは困るんだよ。
「俺が子供でも大人でもいいじゃないか。問題は俺がどっちの側にいるか、だと思うけど?」
「……どうやら、少し勘違いしているようだな。私たちは敵じゃない。ああ、決して敵じゃない」
うーん、公明正大を貫こうとするあまりに、婉曲な表現になっているみたいだな。なんとなく、見えてくる気がする。
「敵じゃないが、味方でもないんだろう?」
「それは君次第だ」
なんという上から目線! 俺は、わざと聞こえるようにため息をついた。もちろん、嫌味だ。
「悪いんだけど、俺は巻き込まれただけなんだ。この家は俺のもの。勝手に来られても何もできないよ?」
がちゃがちゃと音がした。なんだ? 相談中か?
「君は自由に話ができているのか?」
「もちろん」
「女性がそこにいると思うが?」
彼女を見た。指で丸を作っている。OK。
「いるよー」
「脅されてないか?」
「ないよ」本当は少し嘘だけど。
「そうか……」
またがちゃがちゃと音がした。鎧か? 話し合いをするだけで、体力を消耗しそうだな。話を引き延ばして、疲れさせるか?
なーんて、考えていたけど。
「残念だが、我々は君の敵のようだ」
意外と潔い連中だな。あっさり、結論が出たらしい。向こうも、あまり待てなかったみたいだ。ま、しゃあないね。どうせ、そのつもりだったんだし。
「あっそ、じゃあ、かんぬきは開けないから、自分でよろしく」
木の扉に木のかんぬき。多少は時間を稼げるだろう……な。




