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非常に長く険しい序章 14


鍛冶屋を出た俺は、もう一つの調べものをするべく、通りを歩いていた。

調べたいのは、物価のこと。

どれくらいが「高い」もので、どれくらいが「安い」のか。経済感覚を身に着けなきゃいけない。


まあ、すぐには無理でもちょっとずつは。


で、だ。何を基準にしようかな。

異世界。文明も文化も技術も、おそらく思想も21世紀の日本とは違うはずだ。

じゃあ、俺の感覚とここの感覚をどうすり合わせようかと思う。

んで、何となく思いついたのは。


卵。ニワトリの卵。


もちろん日本の話だが、卵は何十年も価格が安定している優秀選手だと聞いたことがある。

そのまま当てはまるとは俺も思っちゃいないが、基準にはなるんじゃないかな。

ニワトリの卵が存在していればなんだけど。


てなことで、卵を売ってる店を探す。


スーパーみたいなところがあるといい。卵を基準に、他の品物も比べられるからな。


「へいらっしゃい、卵屋だよ」


そう来たか……。


声のほうを見ると、にこやかで威勢のよさそうな兄ちゃんが呼び込みをやっている。

店には、様々な大きさの「卵だけ」が、並んでいる。

知らなかったなー。卵屋。俺の考え台無しじゃん。

いやまあ、俺が悪かったよ。確かに、異世界ならそれもありだ。どうせ貨幣経済なんだから、他のものが売ってる店に行って価格を確認すればいい話なんだしな。


「今ならデエゴ5個でグァガの卵10個と交換だよ!」

「ちょっと待てえ! そこは否定するなっ! 物々交換なのかい!」


つい、声をあげちゃったよ。

でも、言うって。そりゃあ。貨幣経済まで否定されちゃあなあ。俺の手元にある貨幣はどうなるのさって話。


兄ちゃん――俺より若そうだけど――が、ぽかんとした顔で俺を見ている。目が合った。

その兄ちゃんはちょっと困った表情になり……笑顔でうなずいた。で、そばにあるこぶし大の卵を俺に差し出してくる。


「やるよ、貧しいんだろ? 母ちゃんに食べさせてやれ」


……え?


俺は自分を指さす。兄ちゃんがうなずく。ああ、俺か。俺は首を横に振る。


「気にするな、母ちゃん病気なんだろ?」


どこから何を誤解してるんだよ、こいつ。

黙ってもらうわけにもいかないんで、俺は「この街に初めておとずれた旅人で、物価を調べている」と事情を説明した。嘘はあまあり好きじゃないんだけど、そろそろ、この嘘とも本当ともつかない言い訳に違和感を覚えなくなっている。生きるって、そういうもんだよな。


「ああ、なんだ。そういうことか。なんだ、早とちりしちゃったよ」


傷ついた様子も怒った様子もなく、兄ちゃんは笑顔だった。


「よかった、病気の母親はいないんだ」


ジョニーウォーカーのCMか。我ながらネタが古いな……。


「それで本題なんですが、ニワトリの卵はありますか?」

「もちろん、これでしょ?」


兄ちゃんが手に取ったそれは、まごうことなきニワトリの卵だった。

よかった。この世界にはニワトリがいる。


「それ、いくら?」


「5000イェン」


「は?」

「だから、5000イェン」

「10個パックで?」

「まさかー! 1個で5000イェンだよ。これでも、うちはサービスしてんだよ!」

「嘘っ! ニワトリの卵って実は貴重品!?」

「実はもなんでもなく、貴重品でしょうが。卵はあるけど、ニワトリそのものは俺も見たことないくらいなんだから」


兄ちゃん、あきれ顔。まじか。

ううむ。ニワトリも俺と同じく、異世界から迷い込んできたってことなのか? 疑問が増えたな……。

でも、卵を専門に扱う店があるくらいなんだから、卵そのものはなじみの食材なんだろう。


「じゃあ、この辺でよく食べられてる卵って何?」

「そりゃあ、グァガの卵だよ。10個、デエゴ5個でいいよ」


どうしてそこに戻る。


「デエゴ5個っていくらですよ」

「200イェンくらいだな」

「じゃあ、最初からそれでいいじゃないですか」

「グァガの卵だからな」


もう何がなんだか。そもそもグァガが分かんねえし。聞きてえなあ。聞きてえけど、聞いたら怪しまれるよな。


「じゃあ、グァガの卵10個ください」

「あいよ。今日の相場は210イェンだが、いいかい? デエゴ5個でもいいんだよ?」


だから、デエゴが分からないんだって。


「いえ、イェンで払います」

相場を聞いた後だと、損した気分になるけどな!


卵屋を出た俺は、とりあえず食料を買って、家に帰ることにした。

食料はもちろん、よく分からないが、お買い得そうな肉と青い野菜を買った。どちらも、火を通しておけば、味はさほど癖がないと思ったからだ。


ついでに、ビールも買っておいた。

家に井戸があるかどうか確認していないし、あっても飲めるか分からないしね。アルコールの入ってないのも考えたんだけど、なんとなく、アルコールが入ってるやつのほうが長持ちしそうだったんで。

酒、好きだし。


2、3日分くらいの食料で、3000イェンくらいだった。そう考えると、通常の生活を送るには、1イェン=1円の感覚でいいのかもしれない。


卵屋での俺の努力台無し。でも、1イェン稼ぐにはどれくらい働く必要があるのかはまだ分かっていない。それに、全て言い値で買ってみたが、交渉をして買うのが正しい可能性もある。


生きるのは大変だな。


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