非常に長く険しい序章 13
「は、はい!」
肩がびくっとした。
思わず答えちゃったじゃないか。
このまま逃走すると、本当に万引き犯に思われそうだったので、あきらめて俺は振り返った。
営業スマイルとともに。
みんなの受けは悪いんだけどね。
案の定、二人も眉をひそめた。
ここまで評判が悪い俺のスマイルってどんなのなんだろう。
怖くて鏡の前でやったことはないけど、そろそろ確認のしどきかな。
「ちょっと来い!」
おやっさん、今までで一番顔が怖いよ……。
いやだなあ。でも、行くしかないよな。
仕方がないので、なるべくゆっくりと歩幅を小さく近づいていく。
しかし、というか、当たり前の話だけど、前に進んでいればいつかは目的地に着くわけで。これが将来の夢のことだったら、かっこいいんだけど。俺の前にいるのは、ごつい鍛冶屋のおやっさんと正体不明のエリート君。とてもじゃないが、かっこよくない。むしろ、どうして俺は逃げる勇気を出さなかったのか、後悔してしまう。
おやっさんが手を伸ばせば、俺の首なんて簡単に捕まえられる距離まで接近した。
いや、してしまった。
いや、するという運命を図らずも受け入れてしまった。
いや、受け入れてねえし。
「坊主、もう一度聞く」
「なんでしょう?」
落ち着いた声で言えた……と思う。
「お前、鍛冶屋だな」
心臓がどきっとした。
俺は、試されている。
どう答えるかで、今後の人生が変わる。
根拠はない。
ただ、俺の勘がそう告げている。
そしてこれは、今までの経験上、従うべき直感だった。
肯定するか、否定するか。それだけなのに、すげえ迷う。でも、時間もない。早く答えないと、回答そのものが無意味になる。
はあ。じゃあ、俺の返事は一つ。
「そうです」
困ったときは正直に。俺の人生の鉄則。
二人とも、探るように俺を見る。
何も言おうとしない。
次の言葉を待ってんのかな?
じゃあ。
「まあ、新米……というか、このナイフしか作ったことないんですけどね」
てなわけで、ナイフをきちんと二人の前に差し出した。
鍛冶屋のおやっさんはさっきも見たのに、「ほう…」と感心している。
エリートさんは、食い入るように見つめていて、「ちょっといいですか」の「で」あたりで、俺の手からナイフを取り上げていた。
……銃刀法違反ってこと?
とすると、エリートさん、あなたは警察官?
うわっ、いやな汗が出てきた。うーん、逃げときゃよかった。
じーっとエリートは、ナイフを見ている。
時折、「ふむ」的なことをつぶやいている。
おやっさんは、感心するのに飽きたのか、そばに立ってはいるが、全然別のほうを見ている。
お前ってやつは……
心臓の鼓動があまりに激しくて、身体ごと踊りだしてしまいそうになるのを抑えていると、急にエリートの野郎が顔を上げた。表情は穏やかで、俺に微笑みかけてさえいる。
「これは、いい品ですね」
「そりゃ……どうも」
こいつ、警官じゃないのか?
「あなたが作ったナイフですか?」
なんか、英語の教科書みたいな質問だな。翻訳機能、実直すぎるな。ちょっとなごむ。
で、俺の返答。
「一応」
「不思議な返事ですね。あなたが作ったんでしょう?」
「レンジでチンしたのは、俺ですけど、材料とかは師匠がそろえたんです。だから、一応」
「レンジでチンですか。なるほどね。材料はお師匠さんだったんですか、なるほどね」
エリートさんが、どうも少しがっかりしているみたいだ。
鍛冶屋のおやっさんは、「なんだー」って露骨に面白くなさそうな顔をしている。
お前は、もっと早くにそういう表情をすべきだったんじゃないか?
今さら、そんな態度を取るな! 怖いから言わないけど。
「あなた、名前は?」エリートさんが俺にたずねる。
「カツラガワユウヤです」
「お師匠さんは?」
で、あなたは? と聞く前にエリートさんの質問が飛んできた。
うーん、これは……なあ。
「ヴァン・カントっていいます。師匠は師匠なんですが、実は一日しか会ってことないんですよ。というか、出会ったその日に無理やり弟子にされたんです。で、師匠はもうどっかに行って、居場所も連絡先も分からない……」
自分でも口にしても、嘘くさいよな、これ。案の定、二人ともぽかんとした顔をしている。仕方ない。
俺も同じ立場なら信じないと思う。
「信じられない。今の話、本当ですか?」
エリートさんが混乱している。悪いことしたなあ。てきとうな話をでっちあげて、納得してもらおうかな。
で、口を開こうとしたら、エリートさんが手で制した。
「いや、大丈夫。答えなくてもいい。疑って申し訳ない。このナイフを見れば、嘘でないことは明白だ」
何で?
「ああ、まさか、あのお方がな……意外だな。しかし、噂を聞く限りではそれくらいやりそうだ」
おいおい、鍛冶屋のおやっさんまで腕組んで神妙にうなずいてるぞ。
どういうことだ? あの爺さん、何者なんだ?
俺がそうたずねようとしたら、エリートさんは俺の手を取って、笑顔でうなずいた。
「ぜひ君と取引がしたい!」
うわっ、何この展開。ありがたいんだか、唐突なんだか。
「すみません。俺もそうしたいんですが、俺、組合に入ってなくて……」
「なんだ、そんなことか」エリートさんの笑顔は揺るがない。「気にすることはない。私は組合に顔もきく。あ……これが名刺。私は、ゴウト商会のシルバー・スプーン。よろしく」
彼は俺の手を離し、ふところから一枚の紙片を取り出した。
読めない文字がつらつらと載っている。ううむ、やっぱり読めない。でも、どうも本当に名刺のようだ。この世界にも名刺ってあるのか。
「あ、ちょうだいいたします」
つい、両手で受け取っちまったよ。
「でも、すみません。自分の名刺なんて、用意してなくて」
「かまわないよ。これからさ。何もかもね」
シルバー・スプーン。『銀の匙』か。変な名前だ。でも、悪い人ではなさそうだ。
俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。
すると、シルバーさんは、少し困った顔して、肩をすくめた。
「勢いで話を進めてしまったけど、あの方の弟子とはいえ、君のことは何も知らない。さすがに素性も何も分からない人を組合員に推薦することはできない。一つ、試験をしてもらえないだろうか?」
ふう。いい人って言わなくてよかった。言ってたら、きっと損した気分になっただろうな。何があろうとギブアンドテイク。どうやら本当に商人みたいだ。
「そりゃあもう、喜んで」
俺も満面の笑みを浮かべてみせる。この程度でがっかりはしないさ。社会人にとっちゃ、チャンスがあるだけラッキーだ。全力でこなすよっ。
「で、その試験とは?」
まあ、俺も前のめり。
「簡単だよ。ねえ、ここに鉄のインゴットはあるかな?」
「うちは加工品を売るんで材料は扱ってないよ……あるけどな」
なんか、色々思うところがあるのか、おやっさんはそう言って、奥へ引っ込んだ。すぐに出てくる。こぶし大の鉄の塊を持っていた。それを、布の袋に包んで、俺に差し出した。
「坊主、受け取れ」
持ってみると、かなり重い。大きさから想像した重さよりもだいぶ。鉄の重さか、これが。布の袋は手提げのように持てた。重くてしょうがないんだけどね。
「ユウヤ君、それで武器を作ってくれないか? 何をどう作るかで、君の実力を判断させてもらうよ」
おおっ怖え。新卒採用の課題みたいだ。
「分かりました」でも、やるしかないんだよね。それも、笑顔で。
「よろしい。前向きな姿勢はよし。じゃあ、三日後のこの時間、ここに来てくれないか」
「はい」やっぱり俺は笑顔でうなずく。三日後かあ。短いな……。
「何か、質問はあるかな?」
「そうですね……じゃあ、一つだけ。いいのができたら、あなたが使ってくれますか?」
「もちろん」シルバーさんは、即答だった。
おしっ! 気合入ってきた! この人を喜ばしてやろう。
俺は、もう一度深々と頭を下げて、店を後にした。
寄る辺のない世界で、とりあえずでも目標ができた。
実に嬉しい。
…とでも思わないとやってけないって、ホント。




