非常に長く険しい序章 12
しばらくして、ようやく立ち上がることでできた俺は、通りを歩き始めた。
さっきのショックで、頭痛は消えていた。これが、ウ○コの力というものか……
通りは、俺がいた世界の商店街にイメージが近い。
いや、旅番組とかで見たヨーロッパの商店街っぽい。
石畳の道の両端に、レンガ造りの店があって、どこも客が入りやすいように扉を開放している。
道は自動車がすれ違える程度には広い。
といっても、この世界に自動車があるようには思えないんだが。
人もそこそこだった。歩きにくくはないが、活気があると思わせる程度には多い。
だから、必然的に店も多い。
何キロ続くんだろうってくらい道がまっすぐあり、ずーっと先まで店はあるようだ。
ここは、ただの街じゃないだろうな。首都的な何かか、観光地なんだろう。
そんなところなので、俺の目的とする武器屋もさくっと見つかった。
他にもあるような気もするが、そこはそれ。縁ってやつさ。
俺は極力、初めてではない顔をして店に入った。
「いらっしゃい」
うーん。
この世界は基本的に期待を裏切らない。
武器屋のオヤジって、なんとなーく強そうなイメージがあったんだよな。
ヒゲでムキムキ。腕には若気のいたりのイレズミがあり。
そんでもって、「にや」って笑うんだよ。獲物を狙う虎のように。
目の前にいるのが、まさにそんな感じ。
うへっ。
俺、買う気ないんだよなー。
それにしても、武器屋に入るのは初めてだけど……こりゃ、すげえなあ。
圧巻。圧巻だよ。
直刀、
曲刀、
片手剣、
両手剣、
サーベル、
短剣、
青龍刀、
棍棒、
棍、
多節棍、
鎖鎌、
モーニングスター、
槍、
斧、
戟、
薙刀、
手裏剣、
チャクラム、
弓、
メリケンサック、
トンファー、
鉄の爪、
ベアクロー
などなど
こちらでの本当の名前は分からないが、そんな形状の武器が所狭しと並んでいる。
おおお。
やっぱ、ここはファンタジーな世界だよ。
手を伸ばせば、ゲームの中でしか使えなかった武器に触れられる。
そして、銃砲刀剣類所持等取締法違反なんて気にすることなく、買えるし使える!
おーっ。かっこいい……。
ただ、商品には値札がついているんだが、金額が全然分からない。
数字が、地球と違うんだなー。
おかげで、俺の手持ちで買えるのかどうか、手がかりすらつかめない。
俺の推理だが、昨日のゴブリンのことを思えば、一般人が自衛のために日常的に武器を手にしている可能性は高い。ってことは、割に安価なんじゃないかと思うんだが。
……いや。
待て待て。
俺は客じゃねえ。ここに商品を卸せないか考えている鍛冶屋なんだった。
いけねえ。かっこよさにだまされて、危うく買いそうになったぜ。
「何を探してるんだ?」
店内を熱い目で見ているのがばれたようだ。
頭を冷やさねば。ここで金を使っては、明日のパンツさえ見つからない。多分。
「うーん、特に決めていないんですよねー」
「その体つきは、戦いが仕事ってわけじゃないな。護身用か?」
「そんなところです」
「お、でも短剣は持ってるじゃねえか。それはどうしたんだ?」
「いや、僕の物ですよ」
「分かってる、分かってる。万引きとか思ってるわけじゃねえって」
おやっさんは、がはははと笑った。あまり安心できない顔だ。
「短剣を使ってるのか?」
本人にその気はなくとも、こっちは詰問されてるような気持ちになるって。
「いえ、実はほとんど使ったことなくて」
だから、つい本当のこと話しちゃったよ。
俺が鍛冶屋の見習いであること。どこに卸せばいいのか分からなくて、とりあえず目についたここに入ったこと。
「それは、よくないな」
ずい、とおやっさんの顔が近づいた。顔だけが近づいた。もともと大きかった顔がさらに拡大される。そんな魔法なのか?
一度ついた真実は、突き通さないといけないっぽいな。
「やっぱり、まずいですかね」
こっから先は、俺も本音トーク。おやっさんに骨まで食われたくはないわけで。
「そりゃ、そうだ。使い方を知らねえやつが、いいものを作れるわけはねえんだよ。ま、一流の使い手になれるくらいなら、そっちで食ったほうが稼げるから、単純な話ってわけでもねえさな」
「はあ」自分でも情けないくらい、気のない返答だった。
「ただ」おやっさんはぶっとい腕を組んだ。左腕が前にきている。右脳が発達しているようだ。「どちらにしろ。うちじゃあ、あんたの作ったものは買い取れないんだがな」
「へ?」やっぱり、俺の声って間抜け。
「本当に、なんも知らないんだなー。街で商売をするってのも、簡単じゃないんだよ。よそもんから街の人間の利益を守らなきゃらなねえ。特に、ここみたいにお偉いさんの直轄じゃねえ、自由領でしかもでっかい街道のど真ん中にあるような街じゃな」
「つまり…?」
「この街には同業者組合、ギルドがあるわけだなあ。武器屋だけじゃなく、八百屋や魚屋とか商売ごとにギルドがあって、なかなかよそ者が商売できないように、流通や価格を調整しているって寸法だ。もちろん、ギルドはお偉いさんにも顔が利くから、そっち方面でも便宜が図ってもらえる。安泰ってやつさ」
「どういうこと?」
いや、言わんとすることは分かる。分かるんだけど、それって俺にとってすんごく良くない情報。なもんで、自分で結論を出したくなかった。ほら、取り越し苦労って、社会に出ると割にあるじゃん。
でも……
「ギルドに入ってない鍛冶屋からは買い取りができねえってこと」
「うはっ!」
やっぱ、ダメだったか!
うん、嫌な予感してたんだよね。
取り越し苦労と嫌な予感だったら、圧倒的に後者のほうが当たるんだよな。異世界でも例外はないか。
むう。
「そこを何とか、なりませんかねえ?」
「残念だけどな」
おやっさんが顔をしかめている。同情してくれてるのか、面倒な話で怒ってるのか、表情から全然分からねえ。
とにかく、困った。
まいったね、こりゃどうも。
設備はあっても、販路がなけりゃあ商売はできない。
人脈がないから、個人営業もできやしない。
あと思いつくのは、このおっさんに弟子入りを志願することくらいだな。
でも、怖そうなんだよなあ。
怒られるのは苦手。
俺って褒められて伸びるタイプだし。
うん。褒められたことないけど、今まで伸びたことないから、きっとそうだ。
じゃあ、とりあえず他を当たってみるか。おっさんは最後の手段かなー。
「そいじゃ……」
と、俺が店から出ていこうとしたとき、店に入ろうとする人がいて、危うくぶつかりそうになった。
「ごめんなさい!」
とっさに数歩うしろに下がった。
相手も「こちらこそ、申し訳ない」と落ち着いた様子で謝っている。
男だった。
髪を肩まで伸ばした男。
人間だとしたら、二十代後半くらいかな。
理知的な容貌だが、柔らかみも持ち合わせている。
一言でいえば、「すげー仕事ができそうなタイプ。しかもワンマンじゃない感じ。おまけにイケメン」というところ。
一言じゃ収まんなかったけど。
シェイクスピアに出てきそうな薄緑色の、「中世ヨーロッパ!」な服装をしている。
かといって、派手さはない。爽やかさと堅実さを兼ね備えていた。
うーん、苦手なタイプ。
嫌いじゃないんだけど、気後れするんだよね。
自分のできないところを遠回しに指摘されてるみたいで。
いい人なんだろうけどさ。
で、そのいい人は、おやっさんに何やら話しかけている。
なぜか、二人は俺をちらちら見ている。
ん? 俺、何かまずいことしたか?
心当たりはないが、ここは異世界、俺の何がタブーに触れているかも分からない。
……逃げよう。とにかく、逃げよう。
別れのあいさつはすでに済ませた、と思う。
ならば、扉を開けて外に出れば、俺は自由だ。
ゆっくり急いで、俺は扉を開けた。
ぎしっ。
こんなときに限って、扉が素敵な音を立てる。
「おい、坊主!」




