第7話 神様の言い訳
「どうして、お願いを聞いてくれないの」
また、そんな声が聞こえてきました。
「神様なんでしょう?」
「お願いしていたのに」
「どうして助けてくれなかったの」
人間というものは、なかなか難しいものです。
願いがかなえば、神様のおかげ。
かなわなければ、神様は何をしていたのかと聞いてきます。
まあ、気持ちは分からなくもありません。
病気が治ってほしい。
家族が無事でいてほしい。
大切なものを失いたくない。
そう願うことは、ごく自然なことです。
ただ、私に言われましてもね。
私は、何でもかなえられるわけではありません。
そもそも、神様とは何なのでしょう。
人間たちは、昔から私たちに名前を付けてきました。
姿を想像し、物語を作り、山や水や風に神様を見いだしてきました。
神社を建て、祈りを捧げ、願いを託す。
そうして、人間の中に神様の姿ができあがっていったのでしょう。
では、ひとつ聞いてみたいことがあります。
神様のイメージは、人間が作り出したものではありませんか?
人間が思い描く神様と、ここにいる私。
同じなのでしょうか。
それとも、別のものなのでしょうか。
さて、困りました。
私自身にも、よく分からないのです。
人間が私をどう思おうと、それは人間の自由です。
立派な姿を想像していただくのも結構ですし、ありがたい存在だと思っていただくのも構いません。
ただ、実際の私は、案外そうでもないのです。
私は水を担当しています。
それから、山も。
……ええ、兼務です。
水の具合を見て、山の様子を見て、雨の流れを追いかけていると、なかなか忙しいものです。
海から空へ。
空から山へ。
山から川へ。
そして、また海へ。
水は、ずいぶんと気の長い旅をしています。
雨となって大地に降り、土に染み込み、地下を流れ、川となって海へ向かう。
風に運ばれた雲が、遠くの土地に雨を降らせることもあります。
その一滴が、どこから来たのか。
どこへ向かうのか。
人間の一生よりも長い時間をかけて、水は巡っています。
山も同じです。
木が育ち、葉が落ち、土ができ、斜面が変わる。
長い時間の中で、山は少しずつ姿を変えていきます。
私は、そうした営みを見ています。
もちろん、何もかも私の思いどおりになるわけではありません。
自然には自然の摂理があります。
雨は降り、川は流れ、風は吹く。
季節は巡り、生き物は生まれ、やがて命を終える。
その一つひとつには、長い時間の積み重ねがあります。
私が気に入らないからといって、川の流れを変えたり、季節を止めたりしていたら、どうなるでしょう。
世界は、ずいぶん落ち着かない場所になってしまいます。
何より、私もそんなに暇ではありません。
……おや、今のは少し余計でしたね。
もっとも、誤解していただきたくないのですが、私は何もできないわけではありませんよ。
やるときは、やります。
ただ、何でもかんでも手を出すわけにはいかないのです。
私がすべてを決めてしまったら、それはもう自然の営みとは呼べないでしょう。
普段は見守る。
変化があれば気づき、必要なことを把握し、覚えておく。
それが基本です。
見守るというのは、何もしないという意味ではありません。
世界が世界として動き続けるためには、見守る者も必要なのです。
まあ、少々大げさに聞こえるかもしれませんね。
けれど、神様にも守るべきものがあるのです。
*
そうそう、白い木のこともありました。
見に行こう、見に行こうと思いながら、実際に訪ねるまで、ずいぶん時間がかかってしまいました。
人間なら、きっとこう言うでしょう。
「いつになったら行くんですか?」
……まったく、そのとおりです。
忘れていたわけではありませんよ。
ただ、こちらにも事情がありまして。
水の様子を見て、山の様子を見て、あちらこちらを歩き回っているうちに、時間が過ぎてしまったのです。
なにしろ、山は兼務ですから。
……いえ、分かっています。
少々、言い訳がましいですね。
それでも、ようやく白い木を訪ねることができました。
あの木には、どうにも気になるものがあります。
年輪を見れば、木が過ごしてきた時間は分かります。
けれど、あの木に残されているものは、それだけではないように思えるのです。
人間の願いや祈り。
動物たちの思い。
そして、長い時間をかけて巡る自然の営み。
白い木は、そうしたものと自然の摂理の間に置かれてしまったのかもしれませんね。
何が起きているのか。
私にも、まだ分かりません。
神様だからといって、木の胸の内まで分かるわけではありませんからね。
まあ、もう少し付き合ってみることにしましょう。
*
さて、今度は熊の話です。
十月三十日、一頭の熊が捕獲されました。
その知らせは、私のところにも届いていました。
人間たちは、ずいぶん心配していたようです。
当然でしょう。
家の近くに熊が現れれば、誰だって落ち着いてはいられません。
一方で、熊にも熊の事情があります。
どこから来たのか。
なぜ、そこを通ったのか。
以前に目撃された熊と同じなのか。
分からないことは、まだあります。
私は、その熊を助けには行きませんでした。
人間たちがどう対応するのか、見守ることにしたのです。
もっとも、何も感じなかったわけではありません。
人間にも事情がある。
熊にも事情がある。
それぞれの事情を、私が簡単に決めつけることはできません。
それに、私は熊を捕まえる仕事をしているわけでも、人間の暮らしを決める仕事をしているわけでもありません。
ただ、少し気になったのです。
人間たちは、こういうとき、どうするのでしょう。
市役所というところでは、何を話し合い、どんなことを決めるのでしょう。
地鎮祭に呼ばれたことはあります。
新しい建物を建てるときなど、土地の神として顔を出すことがありますからね。
しかし、市役所の中に入ったことはありません。
あそこは、人間たちの仕事場です。
神様が勝手に入っていって、あれこれ口を出すところでもないでしょう。
……いえ、今回は口を出すつもりはありませんよ。
ちょっと見に行くだけです。
人間たちが何を考えているのか。
熊のことを、どう受け止めているのか。
それを知るのも、悪くありません。
山では山の時間が流れています。
川では川の時間が流れています。
そして、人間たちには、人間たちの時間があります。
同じ土地に暮らしていても、それぞれ見ているものは違うのでしょう。
さて。
今度は、人間たちの仕事を見に行くことにしましょう。
神様にも、知らないことはあります。
知らないことを知るには、出かけてみるのが一番です。
私は、そう考えて、人間たちの暮らす街へ向かいました。




