第3話 水辺の時間
さて、熊の話は、いったんここまでにしましょう。
森には熊のほかにも、さまざまな生き物が暮らしています。
大きな体で森を歩くものもいれば、草の陰でじっと息を潜めるものもいる。土の中を進むものもいれば、水の中を泳ぐものもいます。
そして、空を飛ぶものも。
もっとも、空を飛べるからといって、地上の生き物より偉いというわけではありませんよ。
私のところにも、空を飛べることを少々自慢する鳥がおりましてね。あれを見るたびに、飛べない神様の気持ちも少しは考えてほしいものだと思うのです。
……おっと、いけません。
今日は鳥の話でしたね。
私は水に縁のある神ですから、水辺で暮らす鳥のことなら、いくらかお話しできます。
今回ご紹介するのは、ゴイサギです。
*
人間の暦で、2023年10月。
秋の夕暮れは、夏のそれよりも早くやってきます。
日中にはまだ暖かさが残っていても、太陽が傾くころには、空気が少しずつ冷たくなっていきます。
水辺を渡る風が、草の葉を揺らしました。
水面には夕方の光が細く伸び、風が吹くたびに、その光が揺れてはほどけていきます。
岸辺には、枯れかけた草が立ち並んでいました。水底には泥が沈み、水草の陰では小さな魚が動いています。
人間から見れば、何ということもない水辺かもしれません。
しかし、ここで暮らす生き物たちにとっては、食べ物を得るための大切な場所です。
その水辺に、一羽のゴイサギが立っていました。
頭から背中にかけては暗い緑色を帯びた黒。翼は灰色で、腹のあたりは白っぽい。成鳥なら、後頭部から白い飾り羽が伸びています。
首を縮め、背中を少し丸めるようにして、水面を見つめていました。
ずんぐりとした体つきで、じっと立っている姿は、サギの仲間としては少々不格好に見えるかもしれません。
……本人に聞かれたら、怒られそうですね。
鳥にも面子というものがあります。今のは内緒にしておきましょう。
ゴイサギは動きません。
水面を見つめ、時折、ほんの少しだけ頭の位置を変えます。
水草が揺れても、すぐには動きません。
小さな魚が水面近くを通り過ぎても、追いかけません。
獲物が十分に近づくのを待っているのです。
人間の皆さんは、じっと待つのは得意ですか?
私は神になってから、ずいぶん長い時間を待ってきました。ですが、長く待てることと、待つのが得意なことは別なのですよ。
ゴイサギは、どうやら待つことを苦にしていないようです。
やがて、水面の近くで小さな影が動きました。
魚です。
ゴイサギの頭が、わずかに前へ傾きました。
次の瞬間、くちばしが水面へ伸びます。
ぱしゃっ。
小さな水音がして、波紋が広がりました。
ゴイサギは捕らえた魚を飲み込み、何事もなかったかのように、再び水面を見つめました。
大きな魚ではありません。
けれど、ゴイサギにとっては、れっきとした一食です。
毎回、うまく捕まえられるとは限りません。魚が少ない日もあれば、場所を変えなければならない日もあるでしょう。
自然の中では、食事の時間が決まっているわけではありません。
食べられるときに食べる。
それが、ここで生きるものたちの日常なのです。
「今夜は、どうだい?」
草の陰から、声がしました。
カエルです。
ゴイサギは、水面から目を離さずに答えました。
「まあまあだな」
「まあまあ、か。ずいぶん景気の悪い返事だね」
「毎晩、魚が山ほど泳いでいるわけじゃない」
「そりゃそうだ。こっちだって、何でも好きなだけ食べられるわけじゃないさ」
カエルは草の陰から水辺を眺めました。
「ところで、さっきから、ずいぶん熱心にこっちを見ているようだけど」
「気のせいだ」
「へえ。そういうことにしておこうか」
カエルは、ぴょんと草の根元へ移りました。
ゴイサギは何も言いません。
カエルも、それ以上は問いませんでした。
お互いに、相手が何を考えているのかは分かっています。
ゴイサギにとって、カエルは食べ物になることがある。
カエルにとって、ゴイサギは油断できない相手です。
それでも、毎回争うわけではありません。
相手の様子をうかがい、距離を取り、ときには言葉を交わす。
そうやって、それぞれの暮らしを続けているのです。
人間の皆さんも、相手と仲良くすることと、相手を警戒しないことは、必ずしも同じではないでしょう?
……おっと、また余計な話をするところでした。
水辺の神様は、つい話が横道にそれるのです。
*
日が沈み、辺りが暗くなってきました。
ゴイサギは、しばらく水面を見つめていましたが、やがて翼を広げました。
バサッ、バサッ。
大きな翼が夜の空気を打ち、体が地面から離れます。
軽やかに舞い上がる小鳥とは、少し違う飛び方です。
そして。
「グワッ!」
低く、濁った声が、暗がりに響きました。
人間が聞けば、驚いて空を見上げるかもしれません。
何かが鳴いた。
けれど、何が鳴いたのかは、すぐには分からない。
夜の街では、そんなことが起こります。
ゴイサギは、声を残して飛んでいきました。
水辺で餌を探し、別の場所へ移動し、また必要なものを探す。
それが、この鳥の日常です。
そして、その移動先は、必ずしも人間が想像するような自然豊かな場所ばかりではありません。
富谷の街を思い浮かべてみてください。
上桜木、成田、大清水、大沢、明石台。
人間にとっては、住宅が並び、道路が走り、店や施設がある街です。
夕方になれば、家々に明かりがともり、車のライトが道路を流れていきます。
人間の暮らしには、人間の時間があります。
けれど、日が沈んだからといって、街のすべてが眠るわけではありません。
住宅地の近くに水辺があれば、魚やカエルが暮らしていることがあります。近くに木々や茂みが残っていれば、鳥が身を休める場所になることもあります。
ゴイサギのように、夕方から夜にかけて活動する鳥が、そうした場所を利用することもあるのです。
一羽のゴイサギが、暗くなった空を飛んでいきます。
住宅の屋根を越え、街灯の明かりをかすめ、道路の向こうへと進んでいく。
その下では、家の中で食事をする人がいます。
仕事から帰る車が走り、歩道を歩く人がいます。
誰かが空を見上げるかもしれません。
けれど、誰もがその鳥に気づくわけではありません。
もちろん、上桜木から成田へ、大清水から大沢へ、あるいは明石台の上空へと、いつも同じ道を飛ぶと決まっているわけではありません。
鳥にも、そのときの事情があります。
餌を探す場所、休む場所、風の向き、周囲の環境。
そうしたものに応じて、飛ぶ方向も変わるでしょう。
それに、ゴイサギは人間の地図を見て飛んでいるわけではありません。
ここから先が上桜木で、あちらが成田だなどと考えているわけではないのです。
鳥にとって大切なのは、餌がある場所、身を隠せる場所、飛んでいく先の様子。
人間が名前をつけた地区の境界など、鳥にとっては特別な意味を持たないこともあります。
人間が街を区切るように、鳥は鳥の感覚で世界を捉えているのです。
*
街灯がともり始めると、その明かりの周りに小さな虫が集まってきました。
光の周りを、虫たちがふらふらと飛び回っています。
そこへ、黒い影がひとつ現れました。
コウモリです。
ひらりと向きを変えたかと思えば、次の瞬間には別の方向へ飛んでいます。
小さな虫を追いかけ、急に旋回し、また街灯の近くへ戻ってくる。
人間の目には、気まぐれに飛び回っているように見えるかもしれません。
けれど、コウモリは、ただ気まぐれに飛んでいるわけではありません。
超音波を発し、その反響を手がかりに、獲物や障害物の位置を捉えているのです。
人間には聞こえない音を使って、夜の世界を探っているのですね。
さて、先ほどのゴイサギが、少し離れたところを飛んでいきました。
街灯の近くを飛び回るコウモリを、横目でちらりと見ます。
「忙しないやつだな」
ゴイサギが言いました。
コウモリは、虫を追うのをやめずに答えます。
「そっちは、ずいぶんのんびりしているな」
「待つのも仕事だ」
「こっちは、飛んでいる間が仕事なんだよ」
そう言うと、コウモリは急旋回し、虫をひとつ捕らえました。
ゴイサギは、その様子を横目で見ていました。
「よくそんな小さなものが見つかるな」
「見ているだけじゃないからね」
コウモリはそう答えると、再び街灯の周りへ戻っていきました。
ゴイサギは、ふん、と鼻を鳴らしたようでした。
それから翼を動かし、暗い空へ飛び去っていきました。
……同じ夜空を飛ぶ生き物でも、ずいぶん違うものでしょう。
水辺でじっと待ち、魚を狙うゴイサギ。
街灯の周りを飛び回り、空中の虫を捕らえるコウモリ。
どちらも夜に活動する生き物ですが、食べ物の探し方も、周囲を捉える方法も違います。
人間が街灯を設置するのは、夜道を明るくするためです。
ところが、その明かりが虫を集め、虫を食べる生き物たちの行動にも影響することがあります。
人間が便利にするためにつくったものが、ほかの生き物にとっては、別の意味を持つこともあるのです。
もちろん、街灯があれば必ずコウモリが集まるというわけではありません。虫の量も、周囲の環境も、その日の気温も関係します。
それでも、夜道を歩いているとき、街灯の周りで黒い影がひらりと向きを変えるのを見かけたなら。
それは、ただの影ではないのかもしれませんよ。
*
人間の皆さんは、夜道を歩いているとき、空を見上げることがあるでしょうか。
街灯の光。
家々の窓にともる明かり。
道路を走る車のライト。
目の前の道に気を取られていると、頭上を飛ぶ鳥には気づかないかもしれません。
「グワッ!」
その声が聞こえても、何の鳥なのか分からないこともあるでしょう。
けれど、その鳥には、その鳥の暮らしがあります。
水辺で魚を探し、街の上を飛び、次の場所へ向かっていく。
人間が気づいていなくても、夜の街では、いろいろな生き物が、それぞれの時間を生きているのです。
さて、今日はこのあたりにしておきましょう。
……おや、まだ話が聞きたい?
困りましたねえ。
私は水の神ですから、水辺の話ならいくらでもできますが、夜が明けるまで話していたら、皆さんが眠くなってしまうでしょう。
それでは、またお会いしましょう。




