33 私の居場所
「そうか。いいことだね。この地から聖竜様を奪うわけにもいかないし、まだ庇護が必要そうだ」
殿下は椅子から立ち上がり、外套を軽く払うとフォルの方をちらりと見る。
「聖竜様も、ここを随分と気に入っていらっしゃるようですからね」
フォルは何も言わない。それでも、クロードさんの腕の中でしっかりとレオンハルト殿下を見ていた。
「父上には僕からうまいこと説明しておくよ。君たちは、このままでいい」
玄関へ向かいながら、殿下は振り返って笑った。
「また来るかもしれないけど、その時はまた食事を頼むね」
「はい、ぜひ!」
思わず声が弾む。
このままでいいと言われたのが、嬉しかったのかもしれない。変わらない日常は、確かに私の心をゆっくり癒してくれた。
「今度はもっとたくさん用意しますね。雷嘴鳥も、とっても美味しいんです」
「ああ、それは楽しみだ。では、またね」
「レオンハルト殿下、お気をつけてお帰りください」
「ばいば〜〜い!」
クロードさんが姿勢良く腰を折り、フォルも笑顔で手を振っている。レオンハルト殿下は満足そうに頷くと、軽く手を振って外へ出ていった。
扉の閉まる音が遠ざかるにつれて、張りつめていた空気が少しずつほどけていく。家の中には、ゆるやかな静けさが戻ってきた。
さっきまで胸の奥にあった緊張の名残は、バターと卵の香りに溶けて、いつもの匂いと混ざってゆく。
「ねえねえ、ユーナ。おむらいすのおかわりたべたい!」
フォルは何事もなかったみたいに皿を指さし、遠慮のない笑顔を向ける。
一万時、ペロリと平らげてしまっている。その頬はまだむぐむぐと動いていて、幸せの象徴のように丸い。
「うん、まだたくさんあるよ」
そう答えながら鍋をのぞき込み、私はもう一度オムライスを作ることにした。
そうしたら、クロードさんとバチリと目が合った。その拍子に、さっき聞いた言葉が頭をよぎる。
(そういえば、クロードさんは貴族なんだよね……!)
思い出した途端、今さらのように胸がそわそわする。
「クロードさん、その……私、言葉遣いは大丈夫でしょうか」
振り向いて、勢いのままそう聞いてしまった。
今さら敬語が足りなかったらどうしようとか、失礼なことを言っていたらどうしようとか、頭の中が一気に騒がしくなる。皿洗いをさせたりしていたけど、色々大丈夫なのかな!?
私の心配をよそに、クロードさんは一瞬だけきょとんとしたあと、すぐに小さく息を吐いた。
それから、困ったように――でも柔らかい表情で言う。
「ここでは今まで通りでいてくれ。俺はそれがいい」
その声音は、いつもよりも静かで、穏やかに感じられた。
「ミレスタでは、身分なんて気にする者はいないだろう」
「……はい」
「だから、ここでも同じだ。ユーナはユーナでいい」
その言葉に、胸の奥で張っていたものがふっとほどける。
それから、ほっと息が漏れた。
「よかったです。今まで通り、よろしくお願いしますね」
「……ああ。そうしてほしい」
そう答えると、クロードさんはわずかに目を細めた。
私も自然と笑顔になる。
(色々なことがあったけれど、今まで通りでいいんだよね)
お皿を並べ直しながら、私は考える。
加護だとか、聖竜だとか。確かに、大きな力が私の手の中にあるのかもしれない。
でもそれ以上に。この家で、この町で。大切な人たちのために「おいしい」を作って、笑顔を見ることができる。
それが、私にとっての幸せなのだと今なら言える。
私はエプロンの紐を結び直し、もう一度フライパンを火にかける。
油の弾く音が、心地よく耳に響いた。
「ユーナ、よるごはんはなあに?」
「フォルったら、もう夕ご飯の話?」
「そのつぎは、あしたのあさごはんがきになる!」
ふくふくほっぺのフォルは、得意げに胸を張っている。
この子が、聖竜だなんて。
でも、フォルの正体がなんだとしても、私のやることは変わらない。
「うん、これからも毎日おいしいものを作るね!」
ここが、私の新しい居場所になる。
お父さん、お母さん。私はこのミレスタで、精一杯生きていきます。
《第一部 完》
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
ボロボロだった仔竜が、おいしいごはんを食べて少しずつふくふくになっていく。そんなお話を、たくさんの方に見守っていただけてとても幸せでした。
ウェブ版はここで一旦完結とさせていただきます。三人のこれからについては、また書ける機会があればいいなと思っています。
そして、このお話が書籍になります。
『ボロボロの仔竜に懐かれたので、おいしいごはんでふくふくにします! 〜ひとりぼっちな三人が本当の家族になるまで〜』(MFブックス)
イラストはたらんぼマン先生に描いていただきました。
書籍版は加筆修正&レオンハルトの特別編があります。ウェブ版を読んで好きだなと思ってくださった方にも楽しんでいただけるとうれしいです。
改めて、最後までお付き合いいただきありがとうございました。
書籍でもまたお会いできますように!




