(五)今日は終わりにした
◆ 九 最後の依頼
美緒は荷物をまとめる。
端末を閉じる。
スマホを見る。
通知はまだある。
だが、今日はもう見ない。
そう決めた瞬間、目の前にいる白鳥から通知が届いた。
> 八重結び実行ログの確認依頼
> 優先度:高
> 期限:本日中
> 補足:帰還確認ログとの照合が必要です
美緒は、目の前の白鳥を見る。
白鳥はまっすぐ返す。
「期限の都合、休暇前に確認していただく方が妥当かと」
美緒は、ゆっくりと言った。
「白鳥さん」
「はい」
「休暇という概念を学習してください」
白鳥は少し考える。
「式守に追加しますか」
美緒は無言でスマホの電源を切った。
透が声を漏らす。
「あ」
黒瀬も言う。
「切った」
つづりが笑う。
「逃げた」
美緒は鞄を持つ。
「これは逃走ではありません」
「休暇です」
そして走る。
透は、その背中を見送った。
「休暇って走って始まるんですね」
黒瀬が言う。
「追うな」
白鳥が端末を見る。
「ログ確認は」
黒瀬がもう一度言う。
「追うな」
つづりは、追加請求書の控えをまとめながら言う。
「地獄に営業行くより怖いね、未精算残業」
透が頷く。
「美緒さんの敵、怨霊より強いんじゃないですか」
黒瀬は否定しなかった。
「たぶんな」
◆ 十 今日は終わりにした
美緒が去ったあと、白鳥は少し考えた。
「休暇中の業務通知を制限する機能を作ります」
透が明るく言う。
「いいじゃないですか」
黒瀬は即座に言う。
「それは今すぐ作れ」
白鳥は頷く。
「学習データが必要です」
黒瀬の声が低くなる。
「誰に聞く気だ」
「片桐さんに」
「やめろ」
白鳥は止まった。
「では、休暇明けに」
黒瀬はさらに低く言う。
「やめろ」
透は、端末に残った通知を見た。
見てはいけない気がした。
だが、一件だけ、画面に表示されていた。
> 風祭令:若手から質問です。交流会は私服ですか、作務衣ですか。
透は、そっと端末を伏せた。
「見なかったことにしましょう」
黒瀬が言う。
「それは隠蔽じゃないのか」
つづりが答える。
「休暇保護だよ」
白鳥が端末へ向かう。
「休暇保護。式守に追加します」
黒瀬は止めようとして、少しだけ考えた。
「それは追加していい」
そのころ、美緒の電源の切れたスマホには、届かない通知が一件残っていた。
美緒は、それを知らない。
知らないまま、三日間の休暇に入る。
案件は終わっていない。
だが、今日は終わりにした。
第8.5話 片桐美緒の未精算残業 了
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/yaemusubi_top/




