41話. 分水嶺
あらすじ
サマル少将、敗死――その報は連盟全体に知れ渡った。勢いのままに攻め上がろうとする連邦軍と、緊急の事態に対応すべく高原に集結する連盟軍――火蓋が切って落とされる。
戦闘が終わり、兵士達の足音のみが響く平野にて――
地表に突き刺した刀の柄に手を置き、軍人は静寂に包まれた戦場を一瞥した。視線の先には、異様な存在感を放つ巨大な岩礁が聳え立っている。彼は一言も発さず、ただじっとそれを見つめていた。
かれこれ三十分――部下が見かねて声を掛けようとしたその時。
「いつもの瞑想か? ネイトン殿よ」
年老い、しかし言葉に重みと冷たさを感じる声が、彼らの耳に入ってきた。ネイトンがゆっくりと振り返ると、杖をつきやってくるアリオスの姿があった。部下達は自分達の出る幕ではないとして下がっている。
「……これはこれは、アリオス殿。わざわざ前線まで赴いて下さるとは、恐悦至極にて」
「今戦は貴殿の初陣だからな……いや、亡命軍としては、だったな」
アリオスの発言に対し、少しだけネイトンは顔をしかめたが、相手に悟られないように本意を隠して言葉を返す。
「ええ……本国での革命に失敗し、亡命してきた我々を快く受け入れて下さったアリオス殿のためにも誠心誠意を尽くさせて頂きますよ」
そう告げて、ネイトンは軍帽を深く被る。「では」と軽く残し、連邦軍服を包む黒き直垂を軽く翻させて、彼は去って行った。
彼の部下達も、アリオスに一礼して立ち去って行く。その場に残されたアリオスは、その背中を静かに見つめていた。
(さて、お手並み拝見と言ったところだな)
石の群れの奥に点在する反乱分子を視界に収めながら、アリオスは冷酷に笑った。
◇◆◇
同時刻、平原の奥――サルダ高原にて。
第二、第三師団を引き連れたソート東部総司令は、その惨状を前に歯噛みしていた。
次々と、第五師団の被害報告がやってくる。
「大まかな計測が完了しました。死者統計、約2100余名――常駐の半数が死亡しています」
「前線に生物兵器の出現を確認。現在は沈静化したとのこと」
伝令に空返事をしながら、ソートは悔恨に苛まれていた。師団配置の遅れにより、サマル少将を失ったこと――これは連盟にとって大きな損失だ。
停戦の状況に甘んじず、常駐軍を増やせばよかったのか、師団を近くに配置させておけば――取れるはずだった手段が、次から次へと現れる。
それらを必死に振り払おうとし対応策を考えようとするも、己を責め立てる悪魔は消えてくれない。
――いつか、ミハイル元帥に言われたことを思い出す。
("結果を悔やむな。己の無能さに絶望するな……次の戦いで、さらに大きな被害を呼ぶことになる")
もし、そう割り切れたのなら、どれほど良かったことか――悪魔は狡猾で、耐えようとしても許してくれない。
ソートの心は、後悔に支配されていた。決断を、鈍らせる。
◇◆◇
同じ頃――東部方面軍に加勢した白撃隊副長シャイセンは、戦場の異質な空気を感じ取っていた。
(……今までとは、明らかに違う。この戦争は今、佳境に入ろうとしている)
この戦いが分水嶺――その初戦が、惨敗で終わったということにシャイセンは焦りを感じていた。最悪の結果が脳裏をよぎる。
シャイセンはすぐに振り切った。もしそうなったとしても、自分は軍人として、最後まで責務を全うするだけだ。
その時――視界に何かが映った。紫色の何かが、味方を追いかけている姿だ。
「! 逃げるのが遅れたのか、援護を!」
その声に呼応するように、後ろの狙撃兵達が弾を放ち始めた。紫色のヒト型のそれは、銃弾を見切ったかの如く避け続ける。
一発の、甲高い銃声が響き渡った。一瞬遅れて、その生命体は頭から吹っ飛んで斃れ落ちる。――シャイセンの銃口から、硝煙が噴き出ていた。
「化け物の一種か……だが、狙撃の雨から逃れられる者は、この世にいない」
その言葉とともに、彼は銃を下ろす。すぐに部下を引き連れ、シャイセンは同じく倒れる味方の兵士のもとへ駆け寄った。
兵士は少年だった。背中には既に複数の銃創と斜めに赤い線ができており、助からないことは明白だった。
シャイセンは倒れる彼の肩に手を置き、必死に揺らす。
「おい、大丈夫か? 返事をしろ!」
少しばかりの呻き声を上げて、少年は口を開こうとする。しかし、漏れ出るのは吐血の音のみ。
「無理するな、喋らなくていい! 大丈夫だ、君は助かるから――」
少年は身体を震わせ、力強く何かをシャイセンの胸に叩きつけた。すぐに崩れ落ち、その動きを止めた。
シャイセンは呆然としていたが、すぐに現実に戻り少年が手にしていたもの――手帳を拾う。その中を読んで、彼は驚愕した。その中には、怪物に関する情報が逐一記録されていた。先程現れた人型の怪物も含めて。
(歳の満たない兵士が、なぜこれほどの……!? ……そうか。サマル少将の情報を、君は命を懸けて届けてくれたのだな)
シャイセンは部下に手帳を手渡し、自らのマントを少年の骸に被せてやった。静かに手を合わせ、戦場を見つめる。徐々に敵兵士が地平線を埋め尽くしつつあることを理解する。
同時に、味方の陣地から砲撃が開始された。部下がシャイセンに声をかける。
「副隊長、そろそろ……」
「あぁ、配置に付こう。ここで敵を押し留めるぞ」
部下達が神妙に頷くのを確認して、彼らは部隊に戻っていく。それぞれの使命を果たすため、兵士達は銃を握りしめた。
――後世の歴史を形作った『サルダの会戦』が、ここに始まった。
もし私がそこにいられたなら――後悔が尽きることはない。




