後日談:お先に
あらすじ
メナスの決戦後、気を失ったリエは基地メシアに運び込まれ治療を受けた。数日経って、ようやく彼女は目覚める。
朝方の光にあてられ、ゆっくりと、目を開く。まず視界に入るのは、きっちりとはめられたタイルで構成される天井だった。この天井には見覚えがある。おそらく少し前までいた基地メシアだ。状況を理解できず、頭が混乱する。
(……確か私は、作戦に参加して、突貫に成功したけど、敵の戦車長に自爆されて、それから……)
そこからの記憶が曖昧だ。確かシャルルさんが来てくれて、その後にハリコフも……
(……! そうだ、2人はどうなったんだろう……?)
体温が急速に冷えてくる。最悪の予想が脳裏を駆け巡った。2人が死に、自分だけがおめおめと生き残っているとしたら……?
必死にその考えを消そうとして、1つのことを思い出す。私は確か、最後に、ハリコフに会いたがっていた……!
(い、いやだ……、そんなのいやだ……!)
起き上がろうとして、体中が軋むのを感じる。関係なかった。邪魔な点滴を強引にむしり取り、壁に寄りかかって移動を始める。包帯が紅く滲む。足取りは自然と、作戦会議室に向かっていた。
(もし皆無事なら、今も会議室で作戦立案をしてるはず……!)
息遣いが荒くなる。病み上がりから来るのか、動騒が起こすのか、私には見当もつかない。
必死に身体をよじらせ、何とか部屋の前にたどり着く。全体重を乗せて扉を開いた。それでもーー
「誰も、いない……」
人っ子一人、いなかった。もぬけの殻のその部屋の中で、私は独り、座り込む。受け入れたくない事実を、胸のうちに押しつけられる。その感触から、胃液がせり上がるのを感じ、私は吐いてしまった。胃酸のみが飛び散る。腹が引き絞られ、腹部から更に血が滲み出た。
一通り吐き終えたあと、私は泣いていた。苦しい。心臓が握り潰される感覚に陥る。胸を押さえても止まらない。辛い。辛い。辛い。誰か助けて、誰か……。
「ーーエ。おい、リエ!」
「……ハリコフ?」
肩を揺らされ、正気に戻る。声の先には、死んだと思っていた親友が、とても心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「バカ、まだ安静にしていないとダメだろ! っ、この傷、お前無理やり点滴を剥がして……! それに傷が開いてる、早く医務室にーー」
ハリコフが言い終わるよりも前に抱きついてしまった。彼の軍服が私の涙と吐瀉物で汚れる。
「じんだかど思っだぁ……よがっだぁ……!」
「……バカだなほんと。お前を置いて、俺が死ぬわけないだろ?」
しゃくりあげながら頷く私に、彼は苦笑する。その笑い声はとても優しかった。彼の肩を借りながら、私は医務室に歩いていった。
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数日後。
「へ〜〜、窮地の時にトーマスさん達が現れたんだ」
「あぁ、さすがにあれには度肝を抜かれたよ。おかげで助かったし、機転を利かせたラッタに感謝だな」
ベッドに横たわる私のすぐ横で、ハリコフがリンゴを剥きながら戦況報告をしてくれていた。
「それで、体の調子はどうなんだ? リエ」
「だいぶ回復してきたよ。身体を起こせる程度にはね」
「そいつはよかった。心配したんだからな、いつものように会議室に赴いたら、お前が蹲っていたんだから」
「うぅ、恥ずかしいな。今更の話だけど……」
思わず赤面してしまう。
(よくよく考えたらまだ朝なのだから誰もいるわけないのに……。ほんとに病み上がりって危ないね……)
恥ずかしさのあまり俯いていると、慌てて彼は慰めてくる。
「ま、まぁあの状況じゃ勘違いするよな。仕方ないさ」
そのあまりの慌てっぷりに、私は思わず笑ってしまう。
「……なんだよ」
「いやぁ? 別に」
不貞腐れた彼を見て、少しだけ可愛いな、と思った。
そして、朝から考えていたことを、ポツリポツリと話し始める。
「……今回の戦いでさ、私もハリコフも、死にかけたじゃん」
「ん? まぁ、そうだな」
「そこで考えたんだよ。もし死んだら、君も私も、あの世で会えるのかな?」
「……」
彼は顎に手を付けて考え込む。そして答えた。
「会えないだろうな」
「……なんでそう思うの?」
そう問うと、彼は丁寧に答えてくれた。
「もしあの世で会えるのなら、今世で人と交わる意味がないのと同義だからな。"死"があり、それが"無"だからこそ、この世で生きる意味が生まれ、人の営みは美しくあれる」
「そっか。確かにそうじゃなきゃ、死ぬのは怖くないよね」
「まぁ、人っていうのはそれを簡単に受け入れられないから、宗教とかにはまるのだけどな」
そういって彼の答えは締めくくられる。彼の答えに満足した私は、ちょっぴりだけ策を講じてみた。
「なら、今のうちにやりたい事とかやっていったほうがいいなぁ。ハリコフ、手伝ってくれる?」
「? あぁ、いいぞ。何をしてほしい?」
「じゃあ、少しだけ目を閉じて」
彼は首を傾げるも、すぐにそのとおりにしてくれた。
「よし、目を閉じたぞ。このままにしておけばいいのーー」
「……ん」
長い、長い静寂が訪れたあと、私は彼の口元から顔を離す。彼は何が起こったのか分からず、呆然としている。"神童"の名が泣いてるよ。
彼が口を動かそうとするも、うまく働かない。
「……ぇ、は、な、なにが……」
「……それ、私の初めて。やっぱ死ぬ前に、これはやっておきたくてさ」
「……っ、馬鹿野郎!」
彼が鬼の形相で私の肩を掴み、乱暴にゆすり出す。そして怒りと、少しの悲しみを交えた声で説教を始めた。
「そういうのは、軽率に行ったらだめだろう!? ちゃんとふさわしい相手を見つけてからーー」
「馬鹿は君でしょ? 私がそんな考えなしだと思っているの? 私は君だから頼んだんだよ、ハリコフ」
いつもの冷静な彼とは打って変わって、完璧に固まり顔がどんどん赤くなっていく親友の姿を、心のなかで笑いながら見ていた。
(ちょっとからかうだけでこんなことになるなんて、将来が心配だな)
そんな事を考えたのは、私だけの秘密だ。
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「それじゃ、これからもよろしくね、相棒」
「……あ、おい待て、話を……!」
静止する暇もなく、彼女は眠りにつく。本当に、こいつはいつもいつも、俺を振り回してくれる。そこが憎らしくも……愛らしい。
「……はっ、いよいよ死ぬわけにはいかなくなったな」
気持ちよさそうに寝る少女の顔を見ながら、ハリコフは独り呟いた。
6月9日 ハリコフはこう言っていたが、私は会えると信じている。別れも言えぬままに消えた戦友が私にはごまんといた。
彼らに、謝りたい……。




