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【独り立つ】  作者: 春の嵐
二章.鳥籠
24/28

後日談:お先に

あらすじ

メナスの決戦後、気を失ったリエは基地メシアに運び込まれ治療を受けた。数日経って、ようやく彼女は目覚める。

朝方の光にあてられ、ゆっくりと、目を開く。まず視界に入るのは、きっちりとはめられたタイルで構成される天井だった。この天井には見覚えがある。おそらく少し前までいた基地メシアだ。状況を理解できず、頭が混乱する。

(……確か私は、作戦に参加して、突貫に成功したけど、敵の戦車長に自爆されて、それから……)

そこからの記憶が曖昧だ。確かシャルルさんが来てくれて、その後にハリコフも……


(……! そうだ、2人はどうなったんだろう……?)

体温が急速に冷えてくる。最悪の予想が脳裏を駆け巡った。2人が死に、自分だけがおめおめと生き残っているとしたら……?

必死にその考えを消そうとして、1つのことを思い出す。私は確か、最後に、ハリコフに会いたがっていた……!


(い、いやだ……、そんなのいやだ……!)

起き上がろうとして、体中が軋むのを感じる。関係なかった。邪魔な点滴を強引にむしり取り、壁に寄りかかって移動を始める。包帯が紅く(にじ)む。足取りは自然と、作戦会議室に向かっていた。


(もし皆無事なら、今も会議室で作戦立案をしてるはず……!)

息遣いが荒くなる。病み上がりから来るのか、動騒が起こすのか、私には見当もつかない。

必死に身体をよじらせ、何とか部屋の前にたどり着く。全体重を乗せて扉を開いた。それでもーー


「誰も、いない……」

人っ子一人、いなかった。もぬけの殻のその部屋の中で、私は独り、座り込む。受け入れたくない事実を、胸のうちに押しつけられる。その感触から、胃液がせり上がるのを感じ、私は吐いてしまった。胃酸のみが飛び散る。腹が引き絞られ、腹部から更に血が滲み出た。

一通り吐き終えたあと、私は泣いていた。苦しい。心臓が握り潰される感覚に陥る。胸を押さえても止まらない。辛い。辛い。辛い。誰か助けて、誰か……。


「ーーエ。おい、リエ!」

「……ハリコフ?」

肩を揺らされ、正気に戻る。声の先には、死んだと思っていた親友が、とても心配そうな顔をしてこちらを見ていた。


「バカ、まだ安静にしていないとダメだろ! っ、この傷、お前無理やり点滴を剥がして……! それに傷が開いてる、早く医務室にーー」

ハリコフが言い終わるよりも前に抱きついてしまった。彼の軍服が私の涙と吐瀉物で汚れる。


「じんだかど思っだぁ……よがっだぁ……!」

「……バカだなほんと。お前を置いて、俺が死ぬわけないだろ?」

しゃくりあげながら頷く私に、彼は苦笑する。その笑い声はとても優しかった。彼の肩を借りながら、私は医務室に歩いていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

数日後。


「へ〜〜、窮地の時にトーマスさん達が現れたんだ」

「あぁ、さすがにあれには度肝を抜かれたよ。おかげで助かったし、機転を利かせたラッタに感謝だな」

ベッドに横たわる私のすぐ横で、ハリコフがリンゴを剥きながら戦況報告をしてくれていた。


「それで、体の調子はどうなんだ? リエ」

「だいぶ回復してきたよ。身体を起こせる程度にはね」

「そいつはよかった。心配したんだからな、いつものように会議室に赴いたら、お前が(うずくま)っていたんだから」

「うぅ、恥ずかしいな。今更の話だけど……」

思わず赤面してしまう。


(よくよく考えたらまだ朝なのだから誰もいるわけないのに……。ほんとに病み上がりって危ないね……)

恥ずかしさのあまり俯いていると、慌てて彼は慰めてくる。

「ま、まぁあの状況じゃ勘違いするよな。仕方ないさ」


そのあまりの慌てっぷりに、私は思わず笑ってしまう。

「……なんだよ」

「いやぁ? 別に」


不貞腐れた彼を見て、少しだけ可愛いな、と思った。

そして、朝から考えていたことを、ポツリポツリと話し始める。

「……今回の戦いでさ、私もハリコフも、死にかけたじゃん」

「ん? まぁ、そうだな」

「そこで考えたんだよ。もし死んだら、君も私も、あの世で会えるのかな?」

「……」


彼は顎に手を付けて考え込む。そして答えた。

「会えないだろうな」

「……なんでそう思うの?」


そう問うと、彼は丁寧に答えてくれた。

「もしあの世で会えるのなら、今世で人と交わる意味がないのと同義だからな。"死"があり、それが"無"だからこそ、この世で生きる意味が生まれ、人の営みは美しくあれる」

「そっか。確かにそうじゃなきゃ、死ぬのは怖くないよね」

「まぁ、人っていうのはそれを簡単に受け入れられないから、宗教とかにはまるのだけどな」

そういって彼の答えは締めくくられる。彼の答えに満足した私は、ちょっぴりだけ策を講じてみた。


「なら、今のうちにやりたい事とかやっていったほうがいいなぁ。ハリコフ、手伝ってくれる?」

「? あぁ、いいぞ。何をしてほしい?」

「じゃあ、少しだけ目を閉じて」


彼は首を傾げるも、すぐにそのとおりにしてくれた。

「よし、目を閉じたぞ。このままにしておけばいいのーー」




「……ん」

長い、長い静寂が訪れたあと、私は彼の口元から顔を離す。彼は何が起こったのか分からず、呆然としている。"神童"の名が泣いてるよ。

彼が口を動かそうとするも、うまく働かない。


「……ぇ、は、な、なにが……」

「……それ、私の初めて。やっぱ死ぬ前に、これはやっておきたくてさ」

「……っ、馬鹿野郎!」

彼が鬼の形相で私の肩を掴み、乱暴にゆすり出す。そして怒りと、少しの悲しみを交えた声で説教を始めた。


「そういうのは、軽率に行ったらだめだろう!? ちゃんとふさわしい相手を見つけてからーー」

「馬鹿は君でしょ? 私がそんな考えなしだと思っているの? 私は君だから頼んだんだよ、ハリコフ」

いつもの冷静な彼とは打って変わって、完璧に固まり顔がどんどん赤くなっていく親友の姿を、心のなかで笑いながら見ていた。

(ちょっとからかうだけでこんなことになるなんて、将来が心配だな)

そんな事を考えたのは、私だけの秘密だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それじゃ、これからもよろしくね、相棒」

「……あ、おい待て、話を……!」

静止する暇もなく、彼女は眠りにつく。本当に、こいつはいつもいつも、俺を振り回してくれる。そこが憎らしくも……愛らしい。


「……はっ、いよいよ死ぬわけにはいかなくなったな」

気持ちよさそうに寝る少女の顔を見ながら、ハリコフは独り呟いた。

6月9日 ハリコフはこう言っていたが、私は会えると信じている。別れも言えぬままに消えた戦友が私にはごまんといた。

彼らに、謝りたい……。

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