発生
汗で湿るシーツによる不快感で、俺はゆっくりと瞼を開ける。枕元のアナログ時計を乱暴に掴む。朦朧と数字の羅列を確認すると、時刻はどうやら午前6時半を過ぎたばかりらしい……
「!」
完璧に意識が覚醒し、即座に体を起こした。
(しまった、昨日書類仕事をやりすぎたか……?)
さっさと朝ご飯を用意して、本部に出勤しなければ。
ベッドから降りようとして、ふと、体を止める。何か、違和感がある……
「っ!?」
右腕に電流が走ったような痛みがでて、すぐに消えた。
(……? 気のせいか?)
突然の痛みに混乱しながら、部屋を出ようと扉を開けてーー
軋んだ音を聞いた瞬間、その違和感に気がついた。
(砲撃音が、聞こえない……!?)
街は、静寂を保っていた。すぐ近くのはずの前線から響く戦争の音が聴こえない。
何かただ事ではない事が起きている、と即座に理解する。俺は朝飯のことも忘れて「ハリコフ」と己の名が小さく刺繍された軍衣を羽織ると、本部の仲間の元へ駆け出した。
ーー本部につき、作戦会議室の扉を勢いよく開ける。その中の雰囲気も尋常ではなかった。
鳴り止まない無線機の音、飛び交う怒号、慌ただしく書類を抱えて走る通信兵。その場は狂気的な喧騒に支配されていた。何が起きているのか、俺はますます不安になった。
視界の先に、自らの上司を見つける。
「長官、状況の説明を! 前線で何が起きているのですか!」
「! ハリコフか。……前線だけではない、どうやらこの状況はすべての地域で発生しているようだ、続きの報告を待て!」
上司から望んだ回答を得られず、俺の思考がさらに狂い出す。呼吸が浅くなるが、なんとか力技で抑え込んだ。
(落ち着け、一度冷静になれ。軍人たるもの、こういうときこそ心を平静に保つべきなのだ)
一度大きく息を吸う。そして己に満ちる焦燥とともにさらに大きく息を吐き出す。少なくとも焦りは消えたようだ。ならば、この事象に対応するために、できることをしなくては。
そうしていると、大きく開かれた扉から、部下が額に汗を浮かべて駆け込んできた。
「報告! 情報局との調査で、新たな事実が判明しました!」
一同の視線が、彼に釘付けになる。
「っ……さ、昨晩より、連邦を始めとした世界各地で、人間に異能力が宿る現象が発生しております! 原因は不明、ともかく、大都市では混乱により暴動が発生しているとのこと!」
その荒唐無稽な伝令を聞き、会議室は同じく混乱に陥った。異能力? そんな空想の産物が、現実で起こるわけ……
「バカな……おとぎ話でもあるまいし……」
誰かが必死に笑い飛ばそうと、震えて声を発する。しかしその声を掻き消すように、徐々に騒ぎ声が聞こえてくる。気になった俺はその場を離れ、ピシッと閉められたカーテンを開け顔を覗かせた。
「なんだ、これは……」
眼下には、異様な光景が広がっていた。
ある者は異形となり泣き叫ぶ。ある者は火達磨となって転げ落ちる。烈風が巻き起こり、焔が街々を燃え盛らせる音が聞こえる。
避けられることのない未来を前に、やっと俺は理解させられた。
世界はおそらく、もう戻らない。
そして世界は『加速』する。




