一目惚れ
若葉の色も濃くなり始め、少し汗ばむ陽気になってきた五月も下旬の或る日曜日、紫苑学園では創立記念の学園祭が催されていた。
この日、二年生の結城素直は一人の女生徒に恋をした。
彼女は体育館へ通じる通用口から校舎へ入ると、廊下を歩いていた素直の方へ向って真っ直ぐに歩いて来た。
その容姿はまるでモデルのようにスラリと背が高く、綺麗に切り揃えられたカラスの濡羽色の髪は歩く度にサラサラと揺れて、素直の視線を釘付けにした。
三白眼気味の黒い瞳が長いまつ毛を従えて、アンニュイな、それでいて凛とした空気を纏い、すれ違う素直の姿を捉えながら流れていく。
素直も彼女に強く惹きつけられ、視線を合わせるようにその瞳を無意識に目で追っていた。
赤い唇と横から見たツンと尖った鼻先も彼女の優雅さを引き立てていて、切れ長の目と同様に印象的だった。
すれ違う瞬間、素直の中でスローモーションのように緩やかに時間が流れ、彼女の姿は彼の目に強烈に焼き付けられた。
それと同時に、堂々とした様子と自分よりも背が高い彼女に素直は少々引け目を感じてしまったのだった。
しかしその時、素直はまだ知らなかった、一目惚れした彼女が実は同じ二年で隣のクラスの尾形圭司という男子生徒だった事を。
圭司は学園祭の催し物のひとつとして、午前中に体育館で行われた“Mr.男の娘コンテスト”に出場していたのだ。
彼はクラスメイトによって女装させられ、自身も面白半分にコンテストに参加した後、着替えるために更衣室へ戻る途中に素直と出会ったのだ。
コンテストというものにまるで興味が無い素直は、そのコンテストが有る事すら完全に忘れていた。
それで圭司が女装しているとは夢にも思わず一目惚れしてしまったのだ。
(誰だろう……?あんな綺麗な子、紫苑に居たかな……?)
素直は圭司の後ろ姿を見詰めながら不思議な感覚を覚えるのだった。
圭司は圭司で、以前から素直が気になっていた。
彼は女装したまま廊下ですれ違った事で気不味い思いだったが、素直が自分だと気付かなかったことに安堵したのだった。
そもそも今まであまり接点が無かったのだから気付かないほうが当たり前なのだろうが、それでも女装している事を素直にだけは知られたくなかった。
そして……これ以降、素直が彼女を見掛けることは無かったのである。




