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第44話 裏切らないモノ

 魔族特有の肌の色、頭に短くて真っすぐな角が2本生えている。体はそれほど大きくない。クグと同じくらいだ。魔族特有の威圧感を感じられず、第一印象はどことなく好青年だとクグは感じた。


「スミマセン。この近くに変わった宗教団体があると聞いたのですが。知ってますか?」

 男性は人間を警戒する様子もなく聞いてきた。ブレッシング・スターのことだろう。相手の目的がわからないので、安易に答える訳にはいかない。

「この町に来たばかりなので、よくわからないのですが」

「そういえば、冒険者の格好をされてますね。スミマセン」


 魔族が教団に何の用事だろうか。何かたくらんでいるのか。つながりがあるのか。

 すでに魔族と関わりがある団体で、手伝いに来たのをとぼけているのか。だとしたら、もっと人目を忍ぶはずだ。

 どちらにせよ、魔王との関わりくらいは軽く探っておいたほうがいいだろう。


「あなたはチーム・スッキャキのメンバーの方ですか?」

「ちょっとわからないです。魔族といってもたくさんいるし」

「魔王の会社に所属されているのですよね?」

「いえ、魔王の命令で来ている訳ではないです。他の魔族とは考えが合わないので」

「では、何をしにわざわざ人間界まで?」

「常々僕は、人間と魔族は共存できると思っているんです。他の魔族には理解されないから、こうしてひとりで活動しているんです」


 魔族にも変わった考えをもつ人がいるようだ。だが、それと教団に何の関係があるのだろうか。

 ローブから立派な剣のつかが出ている。手だれの戦士だろうか。クグの目線に気づいたのか、魔族の男はさりげなくローブで剣を隠した。


「そんじゃあ、一緒に見に行ってみるっすか?」

「魔族を誘ってどうする」

 魔族と一緒に調査活動などできるわけがない。うまいこといけば魔族と教団を同時に調べられるか。しかし、そんな簡単に馬脚をあらわすとは思えない。


「せっかくのお誘いですが、やめときます。今日は様子を見に来ただけなので。あ、申し遅れました。僕はライズといいます。また、どこかでお会いしましたら、よろしくお願いします」

 そう言うと、ライズはフードをかぶりあっさりと去っていった。本当に見に来ただけのようだ。

 もしくは、魔王関係者を知っていると言ったことで、警戒された可能性もある。チーム・スッキャキの人たちはたまたま話が通じただけで、他の魔族は簡単に正体を明かさないはずだ。



 町の人の情報をもとに町外れへ行くと、家はまばらになり、人通りはすっかりなくなっていた。

 木造1階建ての建物が通りに面して建っている。その裏手側には木造2階建ての建物がある。周りに他の建物はない。森が近いせいか木々が建物のすぐ裏手まで迫ってきている。

 通りに面した建物へ近づくと、大きな両開きのドアが少しだけ空いていた。

 クグは隙間から中の様子をのぞいた。


「神殿とかっていちいちノックして入らないじゃないっすか。おんなじようなもんなら、気にせず入っちゃえばいいんすよ」

 とゼタは言うと、ドアを勢いよく開けズカズカと入っていく。

「おい、もうちょっと慎重に」

 クグはゼタを追いかけるようにして中へ入った。


 室内は、背もたれのついた長椅子が中央の通路をはさみ奥へといくつも並んでいる。通路の先は教壇のようなものが置いてある。シンプルでシンメトリックな様式だ。

 天井はなく梁と屋根が見えているので、あまり広くはないが開放感を感じる。両側の窓から入ってくる光が柔らかく室内を包む。


 教壇の奥の壁には、シンボルマークのようなものが掲げられている。

 円形で、内側は3分の1ずつY型に区切られ、上が金色、左が緑色、右が黒色にそれぞれ塗られている。そして中心に小さな円があり、そこだけ白色だ。

 奥の左手にはドアがある。関係者が裏手から出入りするためのものだろうか。


 奥のドアの近くに30代くらいの男性が1人いる。クグたちが入ってきたのに気づき笑顔で近づいてきた。

 カソックという詰襟でロングコートのような黒い制服を着ており、髪の毛はきれいにオールバックになでつけられ、こぎれいで香水の香りがする。宗教者というよりやり手のセールスマンにも見える。

 シンボルマークと同じ形のロザリオを首から下げている。


「こちらの代表の方でしょうか?」

「いえ。司教ユピテヌスがこの地を担当して布教にあたっておりますが、司教は忙しいのでわたくしが応対させていただきます」

 対応してくれたのは秘書長のルナティコと名乗る人物だ。


「弊社はプーションという商品を扱っているのですが、今回こちらの地域を営業で回っておりまして」

「ここは宗教施設ですので、そういったものは受けかねますが」

「失礼いたしました。伝統的な神殿とはまったく違うのでわかりませんでした」

「ここは神殿ではなく教会の礼拝堂といいます」

「こちらで祭られている神は戦の神ですか? 豊穣の神ですか? 最高神ゼウスや神々の女王ヘラなどの像も飾られていないですが」

 明らかに一般的な信仰の神と違うことはわかるが、クグはわざとらしいとは思いつつも探りを入れる。


「役割の違う複数の神々によってこの世の平和がもたらされているのではありません。全知全能の唯一なる神が迷える人々を真の平和の世界へいざなってくださるのです」

「そういえば、一神教を掲げる宗教団体があると町の人から噂を聞きました。興味がありますので詳しくお話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか」

「喜んで。こちらへどうぞ」

 教壇の前へと立ったルナティコに、手前の席に腰掛けるよう促された。


「神の像は置かないのですか?」

 クグは座りながら聞いた。

「私どもの教団では偶像崇拝はいたしません。その代わり、私ども教団のシンボルを正面に掲げております。このシンボルは世界を表しています」


 それぞれに意味があると説明してくれた。

 円は世界全体で、緑は緑の大地、つまり人間界。黒は魔界。金は天界。天界とは神がいる世界。中心は神が導く新たな世界を表している。

 神の教えは『隣人を愛せ。平和の世界が新たに訪れる』。

 全知全能の神というのでもっと仰々しいものだとクグは思っていたが、意外にシンプルだ。


「その神には名前があるのですか?」

「神に名前などありません。あえて言えば『神』が名となります」

「名もなき神に何を祈るのですか? 神殿でそれぞれの神に祈るのとは何が違うのですか?」

「そもそも神が何なのか、何をもたらすのか。根本から違います」

「といいますと?」

「神々が存在しているのに、貧困や差別が横行していても許されているのはおかしいと思いませんか? そう、これまで信じられてきた神々は存在していなかったのです」

「最高神ゼウスをモデルにしたのかと思っていたのですが」

「モデルとなる神などありません。この世に実在した人間が実は神だったのです」

「それは誰なんですか?」

「その者の名は、先代勇者であるフォールズ・ブライト! 真の神が人々のそばで平和の世界へと導いてくれていたのです」


 人間が神になるわけがない。しかも先代勇者のフォールズだ。何年、冒険の支援をしたと思っているのか。クグは反射的に言い返しそうになったが、飲みこんだ。いまここで正体をバラして言い負かしてもメリットは何ひとつない。


「先代勇者フォールズが亡くなるまで、神がいなかったということですか?」

「そうではありません。父なる神と、神の子なる勇者フォールズと、聖霊は一体なのです。3つが1つであり、1つが3つであるのです」

「聖霊とは何ですか?」

 ルナティコは咳払いをひとつすると、説明をはじめた。


 父なる神と子なる神が我々に示した超自然的な力を聖霊とよぶ。そしてこの聖霊も神である。つまり三位一体である。

 子なる神である勇者フォールズを遣わしたのは父である神。子なる神の勇者フォールズはこの世で人々の罪を背負って亡くなったことにより、飾り物ではない本当に信じるべき神がいることを我々に示した。これらは聖霊のなせる(わざ)である。

 そして、我々は神の聖霊によってこの世に生かされている。

 聖霊が我々に宿ることにより神への信仰心という神聖なる精神を得ることができ、その精神で神に祈ることによりさらに信仰心を育むことができる。


「『聖霊とは何か』という質問が間違っているのです。『聖霊とはどなた様なのか』と聞くべきなのです。そしてその答えは『聖霊様である。すなわち神であられる』のです」

 いよいよきな臭くなってきたとクグは思いつつも、怪しまれないようルナティコへ向けた視線は動かさない。


「つまり、勇者フォールズが世界各地でやったイベン……おこないは――」

「勇者フォールズが世界各地でなさった救済はどれも奇跡のたまものです。神がその奇跡を起こすよう計画なさったものなのです。それを地上に降りてきて実行なさったということです」


 もし神の計画通りに勇者フォールズが動いていたのであれば、勇者部の職員たちが神ということになる。クグは自分たちを神だと思ったこともなければ、勇者を神だと思ったこともない。

 勇者として活動したことは尊敬したとしても、神としてではなく、人としてである。

 それ以外で勇者に対して抱いたことといえば、操り人形のようだと感じたことがあるくらいだ。

 クグにとってはあまりにも馬鹿げた思想であり、神としての神秘性も畏怖の念も感じられないばかりか、反論の言葉さえも出てこない。


「このまま魔動機械文明がすすめば、人々の欲望が無限に増大し、人間同士の争いによって世界はいずれ滅ぶことになるでしょう。魔族に滅ぼされるのではなく、人間は自分たちの手によって滅ぶことになるのです」

 確かに人の欲望は尽きないが、話が飛躍しすぎているとクグは思った。ルナティコは続ける。


「我々は生まれながらにして罪人なのです。勇者フォールズは事故で亡くなったのでも、魔族に殺されたのでもありません。人間に殺されたのです。我々の罪が殺したのです」

 ルナティコは徐々に熱が入り、自分に酔いしれているように演説を続ける。


「惜しくも亡くなった勇者フォールズがこの世に光と平和をもたらす神であり、世界が滅亡へ向かっていることを教えてくれたのです。人々はその声に気づくべきであり、そしてそれに応えるべきなのです。神はそのときを待っておられるのです!」


 ルナティコは演説を終えて余韻に浸っている。

 思考が飛躍しているというより、深みにはまって抜け出せなくなった愚かな人にクグは見えた。

 ゼタの方を見るが、真顔で真正面を向いたまま無反応だ。足元を見ると、ゼタの両足がわずかに浮いている。どうやら腹筋を鍛えることに集中しており、話を聞いていない。


「誰でも入信できるのですか?」

「私どもの教団では獣人も魔族も問いません。隣人とは魔族も入るのです。人間も獣人も魔族も共に手を取りあう、差別のない世界が新たな平和の世界です」


 敵対視する勇者を魔族がやすやすと神として信じるとは思えない。平和ぼけなのか狂気なのか。獣人と共生するようになってようやく50年である。魔族と共生するだなんてありえない。 

 そんな簡単に共生できるのであれば、とっくに魔族との争いなどなくなり、今ごろ勇者など無用の長物として持て余しているはずだ。ルナティコが言っているのは、耳ざわりがいいだけの空虚な言葉でしかない。


「政治家や貴族も入信しているとウワサに聞いたのですが。政治的な活動も視野に入れているのですか?」

「彼らは純粋に神を信じているだけです。私どもは政治に関心がありません」

「政治的に社会を変えるのではなく、信仰のみで社会が変わると思っておられるのですか?」

「神のお力さえあれば可能です」


 一般市民だけでなく政治家や貴族の中にも、「実は先代勇者は生きており、戻ってきて勇者に返り咲く」といまだに信じている人たちがいる。

 そういった人たちにとっては、先代勇者が神となり世界を救うというのは信じやすい。いや、信じたいのだろう。

 とはいえ、政治的な目的がないのであれば、お金が目的ということも考えられる。


「そういった方々からの寄付の額はすごいのでしょうね。寄付額に応じて何らかの見返りがあるのですか?」

「寄付を強要したことはございませんが、いただいていないと言えば嘘になります。彼らの完全なる善意であり、貴重な活動資金として使わせていただいております。お金で罪が免除されるなど神がもっとも望まないことです」

 想定どおりの当たり障りのない回答だ。どこまで信用できる話かわからない。


「では、入信するメリットは何ですか?」

「勇者フォールズが復活し再びこの地に降り立つとき、死者も含めた人間・獣人・魔族はすべて神に裁かれるのです。その裁きによって楽園へと救済される者が選ばれ、新たな歴史が始まるのです。わたくしども教団の信者となっていれば、神の存在に気づき善き行いをしていたことが証明でき、必ずや楽園へと救済されることでしょう。神は裏切りません」

 隣人を愛せとか、差別のない世界というわりには、入信しているかどうかで分別をするという選民思想に、矛盾を感じていないのだろうか。


「たいへんよくわかりました。ありがとうございます」

「あなた方の本当の目的は何かわかりませんが、ご満足されたのであれば幸いです」

「ただの営業周りで来たついでの好奇心ですよ。営業は広く社会のニーズを知る必要がありますから」

 クグは笑顔で落ち着いて答えた。


「目を見ればわかります。あなた方は神を信仰しようとしていない。それだけではなく、私どもを異物のように扱い排除しようとさえ思っているのでしょう。ですからこうして、あなた方を排除するのではなく慈愛・博愛の心をもって接し、神の教えを体感していただいたのです」

 ルナティコの満足そうな笑みは、どこか人を見下しているようだとクグは感じた。


「本日は急に押しかけてお邪魔いたしました。失礼いたします」

 クグは背中に視線を感じながら教会を後にした。



「先代勇者が神なんて変な宗教団体っすね」

「よくあの場で言い返さなかったな」

「危ないヤツとは関わらないのがいちばんっす」

「それもそうだな」

「あんな変なヤツらは、勇者に壊滅してもらったらいいんじゃないっすか?」

「具体的に何か悪いことをしているわけでもないから、勇者のイベントにしようがない」


 先代勇者フォールズを信仰しているからといって、現勇者モモガワの冒険の邪魔をしているわけでもない。

 信教の自由もある。たとえ突拍子もない神であっても、何を信じるか信じないかは個人の自由だ。

 町の人たちの大半は奇異の目を向けているので、特に大きな組織になることもないだろう。現状では様子を見る程度でいい。


「ところで、ゼタは信じている神はいるのか?」

「神っすか? とくにこれといってないっすけど」

「まあそうだろうな」


 最近の若い人たちは信仰心なんてものを持ち合わせていない人が多いだろう。

 機械文明が発達してきて、それまで神の領域だったことが人間の領域に変わった。

 人々は徐々に神々を信じなくなってきている。神々を信じるのは、年配の人たちか一部の信心深い人たちくらいだ。

 クグも習慣としての軽い信仰はあるが、心から信じているわけではない。しょせん昔の人がつくったものだと思っている。

 クグが一番信じているのは最高神ゼウスでもなく、唯一神などでもない。公務員という職であり、この職にいつづけることが精神と経済の安定をもたらす唯一の信仰だ。


「あえて言えば、筋肉神っすかね」

「初めて聞く神だな」

「神々ってみんな筋肉すっごいじゃないっすか」

「たしかに男性をモチーフにした神は筋肉モリモリだし、女性をモチーフにした神はスレンダー美人だな」

「ということはっすよ、これらの神の頂点に君臨するのが筋肉神ってことじゃないっすか」

「どうしてそうなる」

「超肉体美の筋肉神から神々が生まれたんすよ。だから神々はみんな肉体美なんす」

「だから何だ」

「神イコール筋肉っすよ」

「さっきの教団より意味がわからん」

「人が神を信じ裏切らなければ神は人を裏切らない。つまり、人が筋肉を裏切らなければ筋肉は人を裏切らない。そう! 筋肉は裏切らない!」


 真面目に聞いた自分がバカだった。一度裏切ってもらえるよう筋肉神にお願いして、コイツを痛い目にあわせてほしいとクグは思った。


「さっさと昼メシを食べて、仕事に向かうぞ」

 この町でやらないといけないイベントはすでに決まっている。



 町の人は森で仕事をする人が多い。養蜂・間伐・植樹・切り開いた土地での農作業など。

 これから向かう場所は、こういった作業をしている場所とは違う。さらに奥へ行ったところだ。

 森の入り口近くに建っている鉄塔を横目に、町の人が使っている森の中の道を行く。爽やかな葉擦れの音と、たまに鳥が鳴く声しか聞こえない。騒がしいシュトジャネの町とは対照的だ。のどかな森の中にいると、これからダンジョン調査だということを忘れてしまいそうだ。


 途中まで行くと、道から少し外れた場所に白い木が一本生えているのを見つけた。その横に続いている獣道を進む。

 少し進むと道がなくなった。行き止まりだ。深いヤブが広がっている。

 ヤブの手前には、大人が1人通れるくらいの間隔に並んだ2本の木が、曲がりくねりながら上でつながり、さらに上へと伸びている。


「あれが入り口だ。あそこから森の奥に入っていくぞ」

「え? どこっすか?」

「すぐそこに曲がりくねってつながった2本の木があるだろ」

「あれっすか? イノシシも避けて通るほどの荒れ果てたヤブっすよ。あんなとこ入ってもなんもないっすよ」

「あそこを抜けると、森の奥へと続く秘密の道があるんだ」

「秘密の道っすか? ワクワクするっす」


 ゼタはそう言うと、1人でズンズン進みだした。

「おい、まだ説明が。まったくもう」

 クグはヤブの中へと消えていくゼタを追いかける。


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