第42話 本気で殺っちゃう心意気
「つかぬことを伺いますが、なぜ人間界に事務所を設置なさっているのですか?」
「やっぱり暴力的に侵略とかっすか?」
「滅相もないです。町に猛獣を放つとか、川に毒を混ぜるとか、物騒なことはしないんで心配しないでください」
「では、どのようなことでしょうか?」
「ちょっと人間界の素晴らしい面を調査をさせていただいてるだけなんです」
「具体的には?」
「それは企業秘密なんで言えないというか、ぼくもよく知らないというか」
「リーダーではないのですか?」
「形式的なものなんです。成り行きでリーダーをやらせてもらってます」
「といいますと?」
「前のリーダーのギュニックさんが抜けたので、欠員補充でぼくが入ることになったんです。ジャンケンでリーダーを決めることになったんですが、ぼくはジャンケンめちゃくちゃ弱いんでリーダーにさせられてしまったんです。引き継ぎもないし、仕事は何をしたらいいのかわからないんです。助けてください」
「助けようにも、私どもではどうにもできないですけど。皆さんで話し合われるしかないのでは?」
「とりあえず掃除・買い出し・お茶くみ。あと、みんなのご機嫌とりとか雑用をやって済んでるからいいんですけど」
いいなら聞かないでもらいたいとクグは思った。
「とりあえず今のところは、侵略ではなく調査の段階ということでよろしいですね?」
「そんな感じです。勇者部企画課さんでは、具体的にどのような仕事をされているんですか?」
「勇者が町に着いたら都合よくイベントが起こるわけではないので、私どもがイベント案を作成し、勇者はそれに沿って冒険をしてもらうという流れです」
「それは合理的で良いですね。ちなみに、勇者が無視して行っちゃうという内容もありですか?」
「今回の場合ですと、魔族の方が事務所を拠点に活動されておりますので、勇者イベントありは避けられません」
スタボーン課長にも報告するよう散々言われている。企画課としてもなかったことになどできない。
「やっぱりムリですか。よくわからないので、そちらの手順ですすめてもらってかまいませんが」
「では、決められることはこの場で決めてしまいましょう。決めたことに沿って後日、それぞれ準備をしておくとムダがなくて済みます」
「具体的なことまで決めることになりますか?」
「勇者のイベントは行き当たりばったりでできるものではありけません。確実にイベントをこなしてもらうためには、具体的かつ用意周到な準備が肝要です」
「となると、こっちはノープランなので、けっこう時間がかかりそうですね」
「そうなります」
「お昼には少し早いですが、ランチミーティングはどうですか? 勇者関係の方との会食でしたら経費で落ちますし。ぼくは飲み会の段取りもやってるので、個室のお店も知ってますよ」
「ラッキー。タダメシが食えるっす」
「魔族の方から金品の授受や接待があると、癒着やヤラセが疑われるなど、いろいろとややこしいことになってしまう可能性があります。純粋に打ち合わせのみでお願いします」
クグたちは一見ただの冒険者にしか見えないし、民間企業の名刺もあるので、勇者に関する業務を行う国家公務員が魔族と話し合いをしていると一般市民から思われることはないだろう。
しかし、できる限り怪しまれる行動は慎まなければいけない。タダメシのためという理由はもってのほかだ。
「タダメシ食えると思ったのに……」
「それは仕方がないですね」
シイタケイオさんもゼタも残念そうに言った。
昼食後に再度事務所で打ち合わせをすることになった。
魔族と直接、打ち合わせをするのは、クグにとっては初めてのことだ。パシュトと任務をしていたとき、こんなことは一度もなかった。話で聞いたこともない。時代の流れなのだろうか。
勇者にとっては初の直接対決のイベントとなる。クグにとっても初の直接対決となる。失敗しないためにも、しっかりプランを練る必要がある。殺るか殺られるか命をかけるつもりで挑むため気合を入れ直した。
昼食後。再び株式会社魔王シュテン堂・チューリッツ出張所を訪れたクグとゼタ。
「今回のイベント案を軽くまとめてみました」
クグは、昼食中にまとめたことを早速、提案した。
「謎のミッションを帯びた魔族がアジトを構えていることを知った勇者は、魔族の陰謀を暴くためアジトへ乗り込む、という感じはどうでしょうか」
「いいですね。『謎のミッション』というのがカッコイイです」
シイタケイオさんの反応は上々だ。おおむね気に入ってもらえたようだ。物わかりが良い人と話が進められるのは、クグにとっても都合が良い。
「では、大筋はこの方向で進めていきましょう」
「ところで、人間の悪い方と、モンスターと、魔族とでは対応が変わるのですか?」
「魔族の方の基本プランですと、ぶっ殺すために勇者がこちらまで訪問することになります」
「勇者さんがこちらまでいらっしゃるんですか。それは困りましたね。見ての通り、非戦闘系の事務員ばかりのチームなんですよ」
魔族の皆さんの体格がガッシリしているので、戦闘系なのか事務系なのかクグは見分け方がわからない。
「あっさり倒す瞬殺イベントか、戦いに入らず取り逃がすイベントのどちらになりそうですか?」
「魔王様や上司からは『勇者が来たらとりあえず戦っとけ』と言われてますので、気が進まないけど仕方がないですね。この戦力でも殺るだけ殺ります」
「とりあえず戦う方向ですすめますね」
「来ていただいて戦闘となると、やっぱりここでは無理ですよね」
「ビルごと爆破するくらいの戦闘でいいんじゃないっすか?」
「パソコンとか書類がありますし、他の入居者さんや大家さんにも迷惑がかかるんで、それは困っちゃうんですけど」
「勇者としてもできれば外がいいです。観光地で戦闘できる場所が思い当たらないのですが、どこか良い場所を知っておられますか?」
戦闘のためにいちいち魔動改札式検問所を通るわけにもいかない。
「近くの住宅街に広場がありますけど。公園を使用するにはたしか、公園緑地課で『都市公園内行為許可申請書』が必要だったはずです」
「勇者の動向が分かり次第、うちの事務担当が申請すれば間に合うかな。書式は役所のホームページからダウンロードできるか確認も必要だな。なかったら窓口まで行って用紙をもらっておかないと」
「こちらで出しておきましょうか。面倒なお役所手続きは雑用のぼくがやってますので。勇者との戦闘なら、日付の変更も融通が利くと思います」
「それは助かります。では、そちらの手続きはお願いします」
「問題は、どこで勇者さんと出会うかですよね」
シイタケイオさんは腕組みをしながら言った。
「ダンジョンならともかく、町中をあてもなく探すのは効率が悪すぎますし」
クグもお昼に考えたが、よい案が出ないままだった。いきなり情報課の人からこの場所を教えるわけにもいかない。
「町の入り口で、『ようこそ』って書いたボードを持ってお出迎えするのはどうっすか」
「ダメに決まってるだろ」
「あなた方は、どうやってこちらを見つけたんですか?」
「辻の駅でたまたま見かけまして。後をつけてこの事務所を見つけました」
「でしたら、同じにするのが一番自然かと。だたし、ずっと辻の駅にいるわけにもいかないです」
「勇者が町の近くまで来ましたら、情報課から連絡がいくようにするのはどうでしょうか」
「勇者さんの動向を逐一教えていただけるのであれば、こちらも準備がしやすいのでありがたいです」
これで大筋のことは決まった。しかし、まだ詰めなければいけないことがある。
「確認したい点があるのですが」
「なんでしょうか?」
「先ほど事務系とおっしゃっておられましたが、勇者にとって手応えのある戦闘になりそうですか?」
「これから仕事の合間に訓練をしようかと思ってます。本気で勇者を殺っちゃってもいいんですよね?」
「もちろんです。そちら様のご都合もあるでしょうから、思う存分に戦っていただいてかまいません」
「勇者を倒せたら大出世間違いないですからね。頑張ります。あと、お昼にみんなと話してしていたのですが、万が一のときのためにサプライズも用意できたらという意見が出ました」
「どのような内容でしょうか?」
「まだ具体的には決まってないですが、楽しみにしていてください。決して損はさせません」
「期待しております」
「めっちゃ気になるっす」
やりがいのある戦闘になるのであれば、どんな形であっても歓迎だ。
「最後に、データをとりたいので、皆さんをシラベイザーでスキャンしてもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
「訓練したらステータスが変わっちゃうけどいいんすか?」
「細かいステータスの変更が出るのは構わない。モンスターだって状況によっては変わるだろ。おおよそのデータがわかるだけで十分だ」
「何なら集合写真も撮りますか?」
「ぜひ、お願いします」
スタボーン課長に信用してもらうためにも、証拠物は1つでも多いほうがいい。
シラベイザー(スマホ版)で全員のデータをスキャンしたあと、クグのスマホを三脚で固定しタイマーをセット。魔族の間にクグとゼタも入る。みんな笑顔のよい写真が撮れた。
帰り際、シイタケイオさんから個包装された豆大福を1個ずつお土産に渡された。『魔王の豆大福』と渋めの書体で印字されている。
食べきれずに捨ててしまうのはもったいないのでもらってください、ということなのでありがたくいただいた。これは賄賂ではない。クグは自分で自分に言い訳をした。それに、ゼタに食べられ1個も食べられなかったので、どんな味か食べてみたかった。
魔族の事務所を出ると、クグは緊張から解放されるとともに、充足感が胸を満たした。初めての魔族との打ち合わせだったが、しっかりしたものができた。
「サプライズってなんなんすかね?」
「強力な合体技か、さらなる強敵が現れるのか」
「どっちでもいいから見てみたいっす」
「偵察係の動画報告書で確認すればいいだろ」
「動画じゃ迫力がイマイチっす」
「ぜいたくを言うな。魔族と直接、話ができただけでも貴重な体験だっただろ」
報告書の提出だけして庁舎へは戻らないことにした。いったん庁舎へ戻り再度この町に来ると、また通行税がかかってしまうからだ。
そして、今から次の町へ向けて出発しても2、3時間もすれば日が傾きはじめるので、すぐに野営の準備をしなければならない。魔族とイベントの打ち合わせで1日かかったということであれば、もう1泊しても怒られることはないだろう。
報告書を仕上げて、残りの時間は明日の出発の準備にあてる。
報告書には、シラベイザーのデータだけではなく、交換した名刺データと集合写真も添付した。詳細を詰める必要があれば、事務担当から直接、話をしてもらえるよう付け加えた。
翌朝。クグとゼタは、チューリッツの町に入ってきたときとは反対側の出入り口へ行き、魔動改札機にスマホをかざして町を出た。滞在日数に応じて税金が加算されることはない。
これで国境を越え、ゲイムッスル王国の隣国、オトナリナに入った。
目指す町は、深い森のそばにあるメルシの町だ。街道を南東へと進む。街道のそばに鉄塔が建っているのが見える。
「こっちの国でも鉄塔が建ってるんだな」
「そっすね」
「気にならないか?」
「別にどーでもいいっす」
「そう言われるとそうなんだけど。まあいいか」
鉄塔のことはさておいて、次の町のメルシを目指しひたすら歩く。道中、休憩で食べた豆大福は体の疲れを癒してくれた。
夕方、小さな村に着いた。ゲストハウスに泊まる。
翌朝に出発すれば、夜までにはメルシの町へ到着できる予定だ。




