2-1
私は、サラ。新人魔女だ。
私の朝はとても優雅。お日様の匂いがする洗い立てのシーツにくるまっていると、台所から美味しそうな目玉焼きとベーコンの匂いがする。
その匂いに起こされて目を覚ます。
「あ、おはようございます、師匠。」
起きた私に気がついた、弟子のシンが、こちらを向いた。弟子にしてからの数日で、彼はエプロンをつけ、完全に主夫……いや、弟子のようだ。
「……おはよう。」
私は、朝はあまり得意じゃない。思考停止して二度寝しそうになりながらも、この美味しそうな匂いに導かれ、パジャマのまま机に向かった。
椅子に座るとシンが私の料理を置く。シンも、自分の料理を置いて朝御飯がはじまる。
「いただきます……」
「いただきます。」
二人で合掌し、もくもくとご飯を食べる。
「あ、師匠、牛乳ありますよ。」
「えー、あんまり好きじゃ……」
「好き嫌いしないでください。ほら、どうぞ。」
とぽぽ、と音を立ててコップに牛乳が注がれる。
私は、少し不機嫌になりながらも、黙ってそれを飲むことにした。
……って、なんだか、おかしくない?
「……ねぇシン…………」
「はい、師匠。」
「私……甘やかされてない?」
そうだ。私は、一人暮らししてたのだ。なのに…なのに!いつの間にか、主夫のような弟子がいて(子供だけど!)朝も昼も夜も、お世話をされてしまっている。
「あ、あんたは子供なんだからさ、もうちょっと甘えてもいいんじゃないの?」
もう、私がシンくらいの年なんて、親に甘えまくってたと思う。ちょうど、今の感じぐらいだ。なのに、それをシンではなく、また私が甘やかされてる。これはよろしくない。
「……師匠……」
シンは、持っていた箸を静かに置いた。
「ボクは、師匠に置いてもらっている身ですよ。これくらいはさせてください。ボクだって、師匠の役に立ちたいんです。」
「……そ、」
そんな、綺麗な目で、言われても!
自分が同じくらいの年の事を思い出して、いたたまれなくて冷や汗が出る。
いや、なんて素直な子なのと思うべきか。
どうやら私は、滅茶苦茶しっかりしている弟子をとってしまったらしい……。
「…それに……ちょっと、やりたいことがあって。好きでやってるんですよ。だから遠慮しないでくださいね。」
にっこりと彼はあまり子供らしくない余裕の持った微笑みで言った。
「やりたいこと……?」
「内緒です。師匠には。」
しー、と指を唇に置いて、彼は言った。
そのしぐさも、子供らしくない。
シンと、数日暮らしはじめて気づいたことが少しだけある。
彼は、サラを甘やかす。料理を作る。掃除をする。洗濯をする。
さらに、やっぱり言動や仕草があまり子供らしくなかった。
苦労してきたからだろうか?それとも、記憶がない事に関係があるのだろうか。
サラはそんな疑問を抱えながら、シンの作る絶品を料理を食べていた。
しかし、そんな日常は一気に飛んでいく。
「サラァァァァァァ!」
バン!
突然の大きな声と同時に、玄関のドアが開く。強風がドアをすり抜け、部屋のなかに風が舞った。
そして、そのドアからやってきたのは、サラがよく知った女の子。
「ア、アリア!?」
魔法学校ワールドマジカリアで出会った親友、アリアだった。
「サラ!久しぶり!元気だったーっ!?」
アリアはサラに飛び付いて、熱い抱擁をお見舞いする。
「うぐぅ……っ、あ、アリア苦し……っ」
「だってぇー!全然会えなかったんだもん!サラも全然会いに来てくれないしぃ~!寂しかったんだから!」
ぐりぐりぐりと、さらさらの髪ごと、頭をサラに押し付けて、さらに匂いまで嗅いでくるアリアに、サラは若干引きながら、その頭を撫でる。
「ごめんね、私も寂しかった。」
なでなで、とアリアの頭を撫でていると……突然、背中を強く引っ張られる感覚がした。
「わ……っと、何!」
「師匠、ずるいです。ボクも撫でてもらっていいですか。」
背中を引いたのは、少しむくれた顔をしているシンだった。
「は?何この子。私とサラのイチャイチャタイムを邪魔するなんて……」
じっと、怪訝な顔でアリアはシンを見る。
「あ、いや、こ、この子はねサラ……」
「はっ!も、もしかしてサラの……こ、こここ、子供!?あんたいつの間に…!」
「ち、違うわよ!」
アリアがとんでもない誤解をしそうになったので必死に否定する。
というか、まだこの年でシンくらいの子供なんて産めないわよ!!
「……ボクは、サラ師匠の弟子です。」
ぎゅ、とサラの服を掴んだまま、シンは言った。
「弟子……?」
「あ、アリア……っ、これにはちょっと事情があって……!」
私は、サラにシンを弟子にとるまでのいきさつを語った。
アリアは、顔をしかめたり青ざめたりしながら、話を聞いてくれた。
そして、全てを聞いたあと言った。
「サラ、この子は教会に預けるべきよ。」
「え……?」
サラは椅子に深く腰かけて、ため息を深くついた。
「シン、だったかしら。事情は分かったわ。私の住んでいる帝都に、孤児を受け入れている教会があるからそこに行きましょう。送るわ。」
「ちょ、ちょっとサラ…!」
アリアは、シンを見つめながら非情に語る。
「サラ、考えて。この子は人間よ。人間は魔女の弟子にはなれないわ。それに……人間を側に置きすぎたら罰がくだるの。習ったでしょう?」
「そ、それは……!」
そうだった。魔法使いにはいくつかルールがあり、人間と暮らすのはタブーと言われていたのだ。
「で、でも……」
サラはシンを見つめた。
シンは、人間だから、一緒にいてはいけない。その事実がサラの心にのし掛かる。
人間、だから…?
「ちがう……アリア、この子は記憶がないのよ。もしかしたら、魔法使いかもしれないじゃない。これから特訓したら、魔力に目覚めるかもしれないわ。」
そうだ。シンは、記憶がないと言った。だから、もしかしたら、両親は魔法使いと魔女だったかもしれない。まだ人間と決めつけるのは早い。
「もし、シンが人間だったら、私は凄い手柄よ。魔法使いは年々減ってきているから。感謝されるくらいよ。だから、ね?お願いアリア…」
もう少しだけ、シンといさせてほしい。
サラは、自分の中にある願いに驚いた。いつの間にかシンはサラにとって、一緒にいたいと思える存在だったらしい。
「ボク、絶対に魔法使いになります!」
その時、ずっと黙って会話を聞いていたシンが、はじめて口を開いた。
「サラと一緒にいたいんです!サラの側じゃなきゃ、ダメなんです。だから……!」
強い口調で語るシンの目は、今にも涙が溢れそうになっていた。
「ちょ、あんた達、そんなに……」
アリアは、サラとシンを交互に見て、ため息をついた。
「……分かったわ。その代わり!一ヶ月よ。一ヶ月特訓して魔力に目覚めなかったら私が縛ってでも教会に連れていくから。」
アリアは思った。
一ヶ月、それ以上一緒にいれば、いずれ魔法界で噂になってしまうに違いないと。魔法界はかなり情報が行き交っている。特に、デビューしたての新人には魔法学校からの監視の目もあるのだ。
バレたら、サラが罰せられる。それだけは阻止しなくてはいけない。
「アリア……!」
「ありがとうございます!」
ぱぁ、と顔が明るくなった二人に、思わずアリアも顔がほころぶ。
しかし……
このシンって子供、なんだか信用出来ない。只者じゃなさそうな……。
「よし!シン!今日からバリバリ修行するわよ!」
「はい!師匠!」
そんなアリアの思いは露知らず、サラはシンを絶対に魔力に目覚めさせようと、奮起していたのであった。