22、 むずかしい問題(もんだい)
「おきなさい。ユタ」
耳のすぐそばでお兄さまの声が聞こえて、ぼくは目をさました。お兄さまを待ちながら、いつのまにかねむってしまっていたのだ。
あわててとびおきると、お兄さまはとてもこわい顔でぼくを見ていた。
「ばあやから、石の広間でわたしに声をかけてはいけないと、教えられなかったのか」
「……教えられました」
ぼくは、ばあやがしかられると思って、あわててそう答えた。
「それなのに、なぜ言いつけをまもれないのだ! あのようなことをすれば、わたしのそばをまもる兵士に、その場できられてもおかしくはなかった!」
お兄さまに大きな声でしかられたのは、はじめてだった。それほど、ぼくのしたことはわるいことだったのだろう。それでも、はじめからそんなことは分かっていた。ピウラをたすけるために、それをおそれてはいられない。
「お兄さま、だいじな話を聞いてください」
ぼくは、お兄さまにまけないくらい、こわい顔をつくったつもりになって、お兄さまをにらんだ。
しばらくそのまま、お兄さまとにらみあっていたけれど、そのうちお兄さまの方があきらめて、大きなためいきをついた。
「なんと、がんこな子だ。おまえのだいじな話とは、いったい何なのだ」
「ピウラをたすけてください」
「ピウラ?」
「今度、お山の神さまのところへ行くことになったアクリャです。ピウラにはたくさんの家族がいるのに、その家族とわかれるなんて、かわいそうです」
一度はしかるのをあきらめたお兄さまが、急にさっきよりもこわい顔になって、ぼくにどなった。
「おまえはアクリャに会ったのか! アクリャに会ったということは、アクリャワシに行ったのだな! それがどういうことなのか、わかっているのか?」
「わかっています! ぼくはどんなバツでもうけます! でも、ぼくがバツをうけるかわりに、ピウラをたすけてやってほしいんです!」
ぼくはさけびながら、なみだをぼろぼろとながしていた。けれど、お兄さまの目からぜったいに目をそらさなかった。
お兄さまは、今にもぼくをなぐるのではないかと思うほど、むねのところで強くにぎりしめた手を、わなわなとふるわせていた。
「ピウラがかわいそうです。家族とわかれなくてはいけないなんて、ピウラがかわいそうです」
お兄さまはにぎりしめた手をひらいて、ぼくの顔に手をのばした。そのりょう手でぼくのほおをきつくはさむと、ぐっと顔を近づけて、ひくい声でゆっくりと言った。
「本当にかわいそうに思っているのは、自分ではないのか、ユタ。アクリャたちはふるさとをはなれるときに、二度と家族に会えないことを知っているのだ。かくごをきめて、都にやってくるのだ。
そのアクリャは今になって家族とわかれたくないと言ったのか? たすけてほしいと、おまえにたのんだのか?」
ぼくは、きゅうによわ気になった。ピウラの言葉を、もういちど思いかえしてみた。
―― あたしじゃなかったら、ほかのだれかが行くことになるわ。あたしが行っておねがいすれば、たくさんの人がたすかるの。
あたしはえらばれて、大切なお仕事をまかされたの ――
ぼくは、小さく首をふった。
「ユタ、おまえは会ってはいけないアクリャに会った。ほかのだれも知らないアクリャの生活を知って、ショックをうけたのだろう。
アクリャたちや神殿のことについては、皇帝である私でも、口出しはできないのだ。そのピウラという少女がえらばれたのも、すべて神がおきめになったことなのだ。
そのアクリャは、国のすべての人をたすけるために山に行く。
おまえはよく知らないかもしれないが、いま、火の山が火をふき、住んでいた村をなくした人々がくるしい生活をしている。戦がおきて、多くの人が亡くなった。たすけたくてもたすけられなかった人がたくさんいるのだ。
そんな人々のねがいをたくされたアクリャが、山に行くことをやめたら、これからたすけてやれない人がどんどんふえていくであろう。
それをよろこぶのはだれだ? 多くの人がくるしんでいるのを知ったとき、山に行かなかったアクリャがよろこぶと思うのか? つまりは、友だちをなくさないですんだおまえだけが、うれしいのだ」
お兄さまの話を聞いているうちに、ぼくのなみだは、すっかりかわいていた。ぼくは、とてもはずかしくなって、お兄さまの目から目をそらした。
お兄さまは、ぼくのほおから手をはなすと、ひざにおいたぼくの手をつつんだ。
「ユタ。人をたすけることはとてもむずかしいことなのだ。まず、おまえに知恵と力がなくては、けっしてできないことなのだ。
おまえがきまりをやぶったことをみのがすかわりに、おまえに問題を出そう。どうしたらそのアクリャがすくわれ、くるしんでいる人もたすけることができるのか、考えてみるのだ」
お兄さまはそう言うと、部屋の外にいるめしつかいをよびよせた。めしついに、ぼくを自分の部屋までおくるように言いつけ、そのまませなかを向けてしまった。
お兄さまに出された問題はむずかしくて、とても考えつかないような気がした。
それよりも、いまのぼくにはピウラをたすけてあげることができないということがわかって、とてもかなしくてしかたなかった。
 




