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20、 さようならピウラ



 お兄さまが金の部屋にやってきたということは、神殿(しんでん)でのいのりは終わったのだろう。しかし、そのあともやはり、お兄さまが(おの)のけいこにやって来ることはなかった。

 あいかわらず、宮殿(きゅうでん)の中も外もさわがしく、おちつかない。きっとお兄さまはいまとてもたいへんなのだろう。

 お兄さまが来なくても、ぼくは毎日ひとりで斧の練習(れんしゅう)をつづけた。もう(うで)がいたいと思うこともなくなった。

 あと少しでぼくは七つになる。そうしたら学校に入って、たくさんの友だちと斧のけいこをするのだ。宮殿に来たばかりのころはつらかった斧のけいこだったけど、今は学校で斧をならうのが楽しみだった。


 ぼくの毎日は、前とはずいぶんちがっていた。だから思い出すこともなかったけれど、そんなときにはよく、わすれていたことを思い出すできごとがおこるものだ。


 ある日、ぼくは宮殿のかたすみに、見なれた服を着た女の子が立っているのを見た。そこにいたのは、けんかしてわかれたままのピウラだった。

 いっしゅん目をうたがって、どう声をかけていいのか分からなかったけれど、しばらくして、ぼくはずっとピウラを待っていたことを思い出した。


「ピウラ!」


 ぼくはよろこんでピウラにかけよった。ピウラはおどろくわけでも、はしゃぐわけでもなく、しずかにぼくが近づいてくるのを待っていた。


「ピウラ、ぼくはずっとあやまろうと思っていたんだ。だけど、ピウラがやってくることもなくて、ぼくも、もうアクリャワシにしのびこむ勇気(ゆうき)がなくて、会うことができなかった。だから、こんなにおそくなってしまった。

 ごめんね、ピウラ。ピウラは、ぼくがお母さまに会えるように協力(きょうりょく)してくれたのに、かってにひがんで本当にわるかった。ぼくはあのことで、何がだいじなのかよく分かったんだ。だいじなのはお母さまをさがすことじゃなくて、友だちや、今そばにいる人たちを大切にすることなんだよね。

 だからピウラ、いつまでも大切な友だちでいてほしいんだ」


 ぼくは、ようやくピウラにあやまることができて、ホッとした。


 ぼくがひといきに話すのを、ピウラはじっと聞いていた。ぼくの言葉に、いつものようにいじわるな返事を返すわけでも、わらいとばすわけでもなく、だまっているピウラに、ぼくは不安(ふあん)をおぼえた。

 しばらくしてピウラは、まじめな顔をしたまま話しはじめた。


「もうとっくにおこってなんていないわ。あんたはいつだって、大切な友だちよ。友だちだから、ついけんかになったのよ。どっちがわるいなんてことないわ。

 でもね、ユタ。ざんねんだけど、もうあんたには会うことはできないの。あたしはもう、このまちにいることができないのよ。

 今日はね、あんたにおわかれを言いに来たの。今までなかよくしてくれて、ありがとう。会えなくても、あんたのことはずっと友だちだと思っているわ」


 ぼくはピウラが冗談(じょうだん)を言っているんじゃないかと思った。けれど、ピウラのまじめな、少しかなしそうな顔を見れば、冗談を言っているわけじゃないことが分かった。


「どういうことなの? ピウラはもうアクリャのおつとめがゆるされて、家に帰ることができるの?」


「いいえ。あたしはね、神さまのお山に行くの。そこでこの国の人たちが幸せにくらせるようにって、神さまにおねがいするのよ」


「それじゃあ、そのおねがいがすんだら、またもどって来るんでしょう?」


 ピウラは何も言わずに首を横にふった。


「どうして。何で、もどってこれないの?」


「あたしは、これからずっと神さまのお山でくらすの。そのためにアクリャになったのよ。今までその準備(じゅんび)をしてきたのだけど、いよいよその日がやってきたの。

 はじめはいやだった。アクリャワシでは、ママコーナはきびしくても、きれいな服を着て、おいしいごちそうを食べて、つらいお仕事をすることはなくて、だいじにされていたわ。けれど、つまらなかった。 

 でも、ユタに会って、宮殿でたくさんの友だちと遊ぶことができて、本当に楽しかったの。きらいだったこのまちが、ユタのおかげですきになったのよ」


 ぼくは、ピウラに何を言っていいのか分からなかった。それよりも、二度と会えないということがどういうことか、よく分からなかった。

 ぼくの顔がよっぽどかなしそうに見えたのだろう。ピウラは、ぎゃくにぼくをなぐさめようと言った。


心配(しんぱい)いらないわ。ひとりぼっちじゃないのよ。クワンチャイと、オマの兄さんもいっしょだから」


「オマの兄さん?」


「そう。けんかする前に、言おうとしたでしょ。オマの兄さんは耳が聞こえないの。不自由なところのある子どもは、神さまにえらばれた力があるから、みんながたよって、おいのりに来るくらいなのよ。

 クワンチャイはユタも知っているとおり、とってもたよれる姉さんみたいでしょ。ふたりといっしょなら、安心よ」


「でも、なんでピウラが行かなくちゃいけないんだ」


 ぼくはかなしさよりも、なぜかいかりがこみ上げてきた。


「あたしじゃなかったら、ほかのだれかが行くことになるわ。あたしが行っておねがいすれば、たくさんの人がたすかるの。あたしはえらばれて、大切なお仕事をまかされたの。


 …………本当は、さっきまでこんなこと思ってなかったのよ。

 ユタはクワンチャイから本当のことを聞かされたんだと思ってかなしくて、ユタに会いたくなかったの。でも、ユタは何も知らないってクワンチャイから聞いて、やっと会いに来れたのよ。

 さっきユタが、あたしを大切な友だちだって言ってくれたから、もう、それだけでよくなったの」


 ピウラはぼくの手をにぎって、つづけた。


「ユタにだけ、話すわね。あたしは、ピウラという名前じゃないの。ピウラは生まれた村の名前。アクリャになったときに、本当の名前は取り上げられて、お山に行くまでの(かり)の名でよばれていたの。お山に行ったらそのよび名もなくなるわ。

 だからユタにだけは、おぼえておいてもらいたいわ。あたしの本当の名前はね…………」


 ピウラはぼくに近づくと、その名前を耳うちした。それを聞いて、ぼくはおどろいた。

 ピウラは、ゆっくりぼくからはなれると、にっこりと笑ってうなずいた。そして、くるりと背を向けると、ぬけ道の方へと走りさってしまった。





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