19、 戦士(せんし)と花のいいつたえ
金の部屋に入ると、ぼくはまっすぐに、入り口ちかくにかかげられている『戦いの絵』のところへ行った。
大きな大きな金の板に、たくさんの小さな人たちが戦うすがたがえがかれているあの絵だ。金の部屋のどれよりも新しく、そしていちばんこまかくえがかれている。
―― いまの皇帝さまは、あのたいへんな戦争のすぐあとに即位されたんですもの。
…………これだけゆたかな生活が送れるようになったのは、どなたのおかげかと思っているのかしらね ――
あのめし使いの女の人が言っていたことで、ぼくは気づいたのだ。この戦いの絵は、お兄さまが皇帝になるすぐ前のできごとだ。そのしょうこに、いちばん新しくて、そのあとにつづく絵がない。
ぼくは、絵のまんなかに、少し大きめにえがかれている立派な身なりの男の人がお兄さまなのだとしんじた。
それから『年取ったお兄さま』の言葉も思い出した。
―― この子は期待どおりの優秀な戦士になりそうだ。なんといってもこの顔は『母親』にそっくりだからな ――
なんで今まで気づかなかったのだろう。お母さまに似て優秀な戦士になりそうだということは、ぼくのお母さまは戦士だということに。
ぼくは、その絵のいちばんはしにえがかれている女の人の絵を見た。女の人のあとにたくさんの戦士がしたがっている。この絵をかいた人は、この女の人の強さや勇敢さをつたえたかったにちがいない。
「お母さま」
少し高いところにえがかれたその絵に、思いきりせのびをして手をのばす。女の人の足先にやっとぼくのゆびがとどいた。絵にさわりながら、もういちど、つぶやいた。
「お母さま」
その女の人が本当にお母さまかどうかは分からない。それでもぼくはそうしんじようと思った。もしもこの戦いでお母さまが死んでしまったのだとしても、もう泣いたりはしない。ぼくはきっと、この女の人のように強くなれるはずだ。
しばらくそうしたあと、ぼくはお気に入りの『戦士と花』の絵を見に、部屋のおくへとすすんでいった。
その絵はこれまでよりもずっと美しくかがやいて見えた。ちょうど夕日が高まどからさしこんで光をはねかえしていたから、そう見えるのだろうけど、本当に絵の中から光がさしているみたいだった。
きっとぼくの中の何かが、かわったからだ。
ぼくは戦士の手の中の小さな花にちかった。
「ぼくは、お母さまのように強くなりたい。そしてたくさんの人を守れるようになりたい」
「そこで何をやっている」
とつぜん、後ろから声がひびいた。びっくりしてふり返ると、部屋の入り口に、お兄さまが立っていた。
いくらお兄さまでも、こんな場所にかってに入ったことをゆるしてはくれないだろう。ぼくは肩をすくめて、おどおどと上目づかいにお兄さまを見ながら、一歩後ろへ下がった。
「ここは私のゆるしなく入ってはいけない場所だ」
ごめんなさいを言わなくてはいけないのは分かっているけれど、むねがどきどきして言葉が出てこなかった。
だまって小さくなっているぼくをきびしい目でにらみつけながら、お兄さまは近づいてきた。ぼくはたたかれるのではないかと思って、びくっと体をふるわせた。
けれど、お兄さまはそのままぼくの横にならぶと、ぼくの見つめていた『戦士と花』の絵を見上げた。
「この絵が気になるのか」
ぼくは何も返事をしなかったけれど、お兄さまはそのまましずかに話しはじめた。
「……むかし、戦いにやぶれた部族の長が、のこった兵をひきいて高い山の中に逃げ、この花を見つけた。
けわしい岩場に美しくかがやくオレンジ色の一りんの花。それはまるで朝日がさして星々がきえていっても、ひとつだけのこる『明けの明星―― チャスカ ――』のようだった。
長は、この花を手にとり、山をおりると、奇跡的に敵にうち勝ったのだ」
しかられるのではないかとびくびくしていた気持ちが、お兄さまの話を聞いているうちに、わくわくする気持ちに変わっていた。
この絵を見るだけでも、とても勇気がわいてくるのに、そこにかくされた物語を聞いたら、ますますこの絵がすきになった。
「このチャスカの花がおまえの心をとらえるのは、おまえにこの花と同じ使命があるからだ。この花はこの国の戦士を守り、この国を勝利へとみちびいてくれる。
おまえもこの花にあやかって、勇気ある立派な戦士となり、この国を勝利へとみちびくのだぞ。ユタ」
ぼくの心が変わってきたことに、お兄さまは気づいていたのだろうか。
これまでただ、ぼくに斧を教えて、やさしくなぐさめてくれるだけだったお兄さまが、そんなことを言うのは、はじめてだった。
お母さまをさがして泣いていたこれまでのぼくだったら、きっとそんなことを言われたら、よけいにびくびくしてしまっただろう。でも、今のぼくはちがう。
お兄さまの目をしっかりと見つめて、ぼくは大きくうなずいて見せた。
そんなぼくを見て、お兄さまはこれ以上ないほどやさしい目になって、ぼくにこたえるように大きくうなずいた。




