16、 金の部屋
あのけんかの日から、ピウラは宮殿に顔を出さなくなった。
ぼくが無理やりたのんだことなのに、ピウラとのやくそくをやぶり、そのうえピウラが友だちの家に行っていたことをうらやましがるなんて、ぼくはなんて勝手だったんだろう。よく考えてみれば、すべてわるいのはぼくだと、気づいたはずなのに。
もう一度、ピウラに会ってあやまりたい。そう思いながらもピウラには会えないまま、何日もすぎてしまった。
ぼくはひどくかなしくて、友だちとも遊ばずに、ほとんど部屋の中ですごすようになった。
前は、お兄さまのけいこが終わると、すぐさま外に飛び出していったぼくが、ずっと部屋の中にいることを、ばあやはとてもしんぱいした。
「ぼっちゃま、無理にお友だちと遊ぶことはありませんが、外に出ることは大切なことですよ。お友だちに会いたくなければ、宮殿のうらの方で遊んではいかがですか? 少しは太陽に当たらないといけません。それに、お部屋の中にいると、わるいことばかり考えてしまうものですよ」
ぼくが何かをなやんでいることは、ばあやにも分かったらしい。しかし、ばあやは、ぼくがいつも遊ぶ友だちと小さなけんかをしたのだろうと思っているようだった。
けれど、ばあやにそう言われて、ぼくはひさしぶりに外に出てみることにした。
宮殿のうらといっても、ピウラと服を交換した倉庫のあたりには行きたくなかった。ぼくはこれまで行ったことのない、建物がたちならぶ細い路地へと入っていった。
あたりはしんとしずまりかえって、子どもたちが遊んでいる気配はなかった。それどころか、めしつかいたちが、いそがしそうに行き来しているようすもなかった。
また、アクリャワシのように、入ってはいけないところへ来てしまったのだろうか。
ぼくはあわててひき返そうとした。
ふと、わきにある小さな部屋の入り口から、金色の光がもれているのに気づいた。
部屋の入り口やそのまわりには、番兵や宮殿の大人たちがいる気配はない。ぼくは光にさそわれるように、その部屋の中へと入っていった。
部屋に入ると、中は小さな入り口からは想像できないほど広く、ずっと奥にまでつづいていた。天井も高くて、天井近くに開いたまどから、まっすぐに光がさしこんで、部屋の中を明るくてらしていた。
その光がかべに当たり、かべの何かがさらにまぶしい金色の光をはねかえしている。
ぼくはそこに何があるのかを知りたくなって、目を細めながら近づいた。
まぶしく光っていたかべは、近づくと光が弱まり、そこに何があるのかが分かるようになった。
それはかべ一面をおおう金の板だった。
ただの平らな金の板ではなく、そこには細かく人や動物や草花の絵がきざまれている。ぼくは息をのんでその絵に見入った。
絵は、ただ人や動物のすがたが描かれているだけではなくて、それらが何をしているのかが分かるように描かれているようだ。戦う人やたおされる人、おいのりをささげる人、楽しくおどる人、獲物をとらえる動物や、草木が育っていくようす。
その奥にも何まいもの金の板のかべがつづいていて、たくさんの絵が描かれているのが分かった。
ぼくはそれらの絵を見て、いろんなお話をおもいうかべながら、中へと進んでいった。
ときおりおそろしい戦いの場面が出てくると、目をつむって通りすぎ、またちがう絵を見て新しいお話を考えた。
つい夢中になって、いつの間にかぼくは部屋のいちばん奥に来ていた。
正面に、今まででいちばん大きな金の板がある。その板を見て、ぼくはおもわず「わあ」と声を上げた。
高い山々、大きな空とそこにうかぶ雲、空を飛ぶ鳥たちや、大地を走る動物たち、野をうめつくす花たち、そんな風景が、まるで本物のように描かれていた。
生まれそだった家のまわりや、宮殿の中しか知らないぼくは、絵であってもそんな風景を見るのははじめてだった。それでも、絵の中から鳥のさえずりや、風の音が聞こえるような気がした。
その大きな金の板は、一まいの中に、風景のほかにも、いくつかの物語が描かれていた。
そこにもやはりおおぜいの人が戦っている場面があった。そして戦いの横に描かれていた絵に、ぼくは目をとめた。
戦士のすがたをした強そうな男の人が、よわよわしくひざまずき、なぜかかなしげな目で山の上を見上げていた。山に向かって高くかかげた男の人の手には、一輪のかわいらしい花がある。その小さな花に男の人がねがいをたくしているように見える。
ぼくは、ふしぎな気持ちになった。こんな小さな花なのに、強い戦士の心をなぐさめることができるなんて。
そして思わず、その花にいのっていた。
「どうか、ピウラにもう一度会えますように。会ってちゃんとあやまることができますように」
それからまた、反対がわのかべにはられた金の板を見ながら、部屋の入り口へともどって行った。
さいごの一枚には、今まででいちばんたくさんの『人』が描かれていた。
それはぼくのきらいな戦いの絵だったけど、ぼくは目をつむらずにその絵を見ることができた。
大きな戦いの場面なのだろう。おそろしいと思うよりも、絵の中の小さな人たちが何をやっているのかを想像してみるのが楽しかったのだ。
いちばんはしに、小さな女の人が描かれていた。女の人なのに、武器を高くもって勇敢に戦っているすがただった。
「女の人の戦士がいるなんて。それにこの女の人は、どんな男の戦士よりも強そうだ」
ぼくはまた興味をひかれて、その絵をしばらく見つめていた。
金の部屋を出たとき、自分がなやんでいたことが、とても小さく思えていた。
きゅうに気持ちが軽くなって、ぼくは帰り道をたどりながら思っていた。
「きっとまた、ピウラはやってくる。そうしたら、ちゃんと心からあやまろう」
 




