第28話 お披露目
「どうしてこんなことに…」
俺は自分が置かれている状況を嘆いて溜息をついた。
「そう悲観するな。もっと前向きに生きないと人生損するぞ」
そう言って俺の肩を叩いてくるダイトスさんは近衛騎士の礼服に身を包み、腰には身の丈に合わない剣が差してある。そしてその剣は俺の腰にも差してある。
この剣は近衛騎士の身分を証明する証のようなもので、見た目ばかり重視されている。鞘や柄には華美な装飾が施され、鍔にはローラの紋章が入っている。これを国王から授けられるのが着任の儀だ。
また近衛騎士にはこの剣以外にもう一つ与えられるものがある。それは本人が最も得意とする武器だ。リサはロッド、ケインさんは大剣、ダイトスさんは手甲、ユイさんは弓、そして俺は2本のロングソードだ。
この武器にはオリハルコンというクエリオス王国でしか産出されない希少金属が使われている。オリハルコンは軽く、頑丈で、魔術の触媒としても使える。クエリオス王国ではミスリル銀というオリハルコンの劣化版(とはいっても十分に強力な)希少金属も産出されていて、これは対外的にも取引されているが、オリハルコンは自国でのみしかその存在が知られていない。
因みに俺のロングソードの1本には、俺の要望でハウの竜玉がはめ込まれている。こうすることで剣の強度は少し落ちるが、戦術の幅が増え面白いことも出来るようになる。まあその機会はまだ先になるだろうが…
俺も先日無事に着任の儀を終え、晴れて正式なローラの近衛騎士となった。そのすぐ後にはローラを含む王位継承権を持つ者の報告会で紹介され、今は貴族の子女が集まる舞踏会にローラのお供且つ、新しい近衛のお披露目として出席している。
正直言って面倒くさい…
貴族の坊ちゃん嬢ちゃんは元農民である俺のことは見下した目で向けてくるし、そうでない者も奇異の視線を向けてくる。
今回の舞踏会も出る気はなかったのだが、ローラに護衛と言われてしまったのでそういうわけにもいかない。今は踊る気もないし、一介の騎士にダンスを申し込む酔狂な奴も居ないので、こうして近衛隊のメンバーと一緒に端で固まっている。
因みにユイさんはさっき貴族の坊やのダンスを申し込まれていたが、身分的に断ることは出来ないので、渋々付き合っている。
「まったく…このような公の場でそんな顔をしないでください」
いつもより華やかなドレスを着たローラが正面から睨み付けてくる。
「しょうがいだろ?元々俺はしがない農民のまま生涯を過ごすつもりだったんだ。こんな場所に連れてこられて見世物みたいに周りの奴らが見てくるんだ。鬱陶しいったらない。俺はここで壁のシミになってるから、ローラは媚び諂う豚どもに笑顔を振りまいて来いよ」
「またそのようなことを言って、周りに聞こえたらどうするのですか?」
「知ったこっちゃないね。まあそれでローラに危害を加えるなら容赦なく切り刻むけど」
俺はそう言ってグラスを煽る。酒なんて村では祭りかお祝いのときにしか飲んでいなかったから久しぶりだ。うーん、さっき飲んだ奴の方が上手かったな。
「それに関してはワシも同意見だが、壁のシミっていうのは何だ?」
既に出来上がって顔が赤くなっているダイトスさんの両手にはたくさんの料理が抱えられている。俺が言うのも何だがちゃんと護衛できてるのか?
「壁のシミっていうのは舞踏会とかで誰とも踊らずにいる男のことです。因みに女の場合は壁の花になります」
「男はシミで女は花か。随分な言われようだのう」
ダイトスさんは呆れたように言って料理を頬張り、ワインをボトルごと煽っている。
「確かにシミもいいですが、もっと簡単にユロンの懸念を解決する方法がありますよ」
ローラが右手を差し出してくる。
「一曲付き合って下さいな」
「別に良いが、女の方から誘うなんてあんまり行儀がいいとは言えないぞ」
「細かいことはいいのです。ようは私と貴方が踊ったという事実が重要なのです」
そいうことか。ならここはローラの行為に甘えさせてもらおう。
丁度タイミングよく曲が変わりグループが入れ替わるので、俺はローラの手を取ってホールの中心に向かっていく。ローラが踊るということもあり、自然と道が開けていき俺たちの周りに空間ができる。
「私から誘っておいてなんですが、ダンスの経験はあるのですか?」
「ん?ああ、一応ダンスやら作法やらは母から教え込まれている。今まで使う機会はなかったけど、やろうと思えばできないことはない」
「それは良かった。では貴方のダンスの腕前を見せてもらいましょうか」
「あんまり期待するなよ」
俺たちは向き合って一礼すると、俺はローラの細い腰のそっと手を回して引き寄せ、ローラはそれにならい俺にその身を預けてくる。
ローラは小さく微笑むと手を組んでくる。俺もそれに合わせ、記憶を辿ってダンスに関することを一通り思い起こす。
音楽隊の演奏が始まり俺たちは踊り始める。
初めは体が付いてこなくて少しぎこちない動きだったが、ローラのリードが上手いこともあって直ぐに調子を取り戻していく。曲が終わることには周りの俺を見る目が変わっていた。
ダンス1つでここまで変わるのか。これはローラに感謝だな。
踊り終えて近衛隊のところに戻ろうとした俺の耳に新しい曲が入ってくる。
これは…
「悪いな、ローラ。もう一曲付き合ってもらうぞ」
「構いませんが、どうしたのですか?」
「ちょっと、な。この曲には少し思い出があるんだ」
俺はローラの手を取りもう一度ホールの中心に向かう。普通は一曲ごとに踊る組は帰るのだが、今回の舞踏会は人数が少ないこともあり俺たちに文句を言う奴は誰もいなかった。
一曲踊ったおかげで俺の体はすっかり感覚を取り戻し、さっきのようなぎこちなさは無くなっていた。
先程のしっとりとした強調とは打って変わって力強いテンポに自然と体が動き、まるで曲という水の流れに体を乗せているようだ。そんな俺たちのダンスに助長されたのか音楽隊の演奏にもより一層力が入る。
「凄いじゃないですか!本当に踊るのは今回が初めてなのですか?」
ローラは俺の変わりように驚いている。
「こういう場では初めてだ。まあさっきも言ったが、親父が出兵してる間に母さんに礼儀や作法と一緒に教え込まれたんだ」
「だとしたら驚きです。正直に言ってここにいる誰よりも、それこそ私よりも上手いですよ。いえ、もう上手い下手ではありません。貴方の踊りはとても美しい芸術です!」
大絶賛じゃないか。ここまで褒められると気恥ずかしいが、ローラの言葉を裏付けるかのように周りの目が俺たちの踊りに集中している。
雑談していた者も、食事をしていた者も、一緒に踊っていた者もホール全体が俺たちに注目している。
そして演奏が終わって俺たちがダンスを止めると、ダンスホールが揺れるほどの拍手が巻き起こる。さっきまで俺のことを蔑んでいた連中も今はただただ賞賛の拍手を送ってくる。その目には羨望すら窺うことが出来る。
俺たちはそれに軽く答えながら近衛隊がいるところまで戻ってくる。
「いやー見事だった。ワシにはダンスの良し悪しは分からんが、目が離せんかったわい」
「――綺麗」
ダイトスさんといつの間にか戻ってきていたユイさんが迎えてくれる。
「さっきのは知ってる曲でしたからね」
「確かあの曲は凱旋した兵士たちを迎えるために作られたものですね」
「そうだったのか。よく母さんが家事の合間に口ずさんでいたけど、どんな曲かまでは知らなかった」
「つまり貴方のお母様にとっては最愛の人の帰還を意味する曲だったわけですか」
ローラの言葉に母さんの姿を思い起こす。
確かに家事の合間に口ずさんでいたが、それはいつも親父が戦場に行っている時だった気がする。母さんにとってはある種の願懸けのようなものだったのかもしれない。




