08 突然の出来事
幸せいっぱいのクリスマスを過ごし、その余韻を噛み締めているうちに、気づけばあっという間に年越しをして新年を迎えた。
後天性オメガと言われた時はどうなるかと思ったけど、俺の人生は思ったよりずっと順調だ。
泰雅との交際も順調だし、勉強も捗っている。模試判定も合格範囲内だし、このままいけばまず大丈夫だろうと学校の先生たちにも言われている。
ヒートがいつ来るのかという不安はあるものの、その時はその時だ。立ち止まってなんていられない。前進あるのみ!
「よし、今日も頑張るぞ!」
俺は机に向かい、泰雅がわかりやすくまとめてくれたノートを広げた。
ノートを見ていると、勉強中だというのに、泰雅の嬉しそうな笑顔が浮かんできた。そして、クリスマスのことを思い出し、つい口元が緩んでしまった。
いかんいかん、真面目にやらないと!
俺は両手で軽く頬を叩き気合を入れ直すと、机の上のノートに視線を戻した。
明日は担任の先生との面談があるから、久しぶりに登校することになっている。オンライン面談も選択できるけど、オメガと診断されてからオンラインに切り替えたので、ちゃんと先生に挨拶したいなと思ったんだ。
◇
久しぶりの担任の先生との面談では、成績のことはもちろん、オメガへの転化についても話をした。
デリケートな問題なので、先生も気を使っていたようだけど、俺が思いの外あっけらかんとしていたから驚いたみたいだ。
心配してくれている先生に、幼馴染の泰雅がそばにいてくれるから大丈夫だと伝えたら、すごく納得していた。あれ? どうしてだろ。でもまぁ、先生に安心してもらえたみたいだし、良かったかな。
面談が終わって、泰雅との約束の時間まで、第二図書室で時間を潰すことにした。
図書室なので、参考書は借り放題だ。試験も間近なので、俺は真面目に勉強をすることにした。
思ったより集中できたらしい。気づいたら、時計の針は午前十一時を指そうとしていた。
下駄箱で落ち合う約束をしているから、もう図書室を出ないと間に合わない。
俺は慌てて荷物をまとめると、下駄箱へ向かった。
今日は泰雅と、前から気になっていた喫茶店でランチをする約束になっている。高校の近くだから、オンラインに切り替えたせいで、なかなか行くチャンスがなかった。
何を食べようかな。やっぱりオムライスかな。でもハンバーグもいいな。……そんなことを考えていたら、ぐーとお腹がなった。お腹の音に応えるように、俺の足取りは自然と早くなった。
第二校舎は三年生がメインで使っている。だから自由登校になった今は、ほとんど人とすれ違わない。シーンと静まり返った中に、俺の足音だけが響いていた。
一階まで降り、第一校舎への渡り廊下もすぐそこという辺りで、足音が増えた気がした。俺と同じように、面談で来た生徒が図書室を使うのかな? そう思った瞬間、突然後ろから抱きつかれた。
え……っ!?
振り返ろうとしたけど、抑える力が強すぎて振り返ることができない。
俺はそのまま、真っ暗な視聴覚室へずるずると引き摺り込まれた。
「やめろ! 離せ!」
俺は精一杯の抵抗を試みたけど、全く身動きが取れない。
誰なんだ? なんでこんな……!
必死に抵抗をしていた俺は、バランスを崩した。
ヤバイ!
その直後、頭部にガツンと激しい衝撃を感じ、そのまま意識がぷつりと途切れた――。
◇
あれ? もう朝なのかな。うーん、めちゃくちゃたくさん寝ていた気がするな……。
俺はぱちっと目を開け、ゆっくりと体を起こした。
ふと横を見ると、窓際の椅子に腰掛けたまま、腕を組んで寝ている泰雅がいた。
「泰雅、あれ? なんでそんなところに……。え? ここ……病院?」
自分の部屋かと思ったら、俺がいるのは以前お世話になった病院だ。薬の匂いが鼻をつく。
「圭太、起きたか。具合は大丈夫か?」
「うん、全然大丈夫。ほら、元気、げん……痛っ」
ほら元気だよと、ラジオ体操よろしく両腕をぐいっと上げて見せたら、急に頭に痛みが走った。
「無理をするな。念のため数日入院するから、ゆっくり休んで」
「入院? なんで? 俺またなんかした? ヒートが来たとか? 全然覚えてないんだけど」
面談のために、学校に行ったのは覚えている。でもいつ帰ったんだっけ。帰りにランチに行ったんだよな? でも行ったのも覚えていないんだ。
「体調が万全になったら、ちゃんと話をするから。とにかく今は体を休ませて」
「え、でも試験も近いのに」
そうだよ。試験までもう日がないんだ。数日入院ってなんでだよ。
何があったのかはわからないし、泰雅は教えてくれないし、俺はかすかな苛立ちを感じていた。
泰雅は俺のことを大切に思ってくれているから、心配させないように言わないんだろうけど、俺自身の問題じゃないか。
「泰雅が教えてくれないなら、先生に自分で聞きに行く!」
俺はベッドから降りて病室を出ようとしたけど、泰雅にガシッと腕を掴まれた。
「わかった。担当の先生を呼んでくるから、圭太はベッドに戻って待ってて」
泰雅は諦めたように小さく息を吐き出すと、俺の腕を離し、病室を出て行った。
前に入院した時と同じかと思ったけど、多分違うと思う。だって、何があったのか思い出そうとすると、頭がズキズキと痛み出す。前にはこんな症状はなかったんだ。
壁にかかっているカレンダーを見て、俺は大きなため息をついた。
試験、本当に間に合うんだろうか。大学でも、サッカーをやりたいという夢がかかっているのに……。




