41 届かない想い
泰雅がこっちに戻って来て、数日が過ぎた。
帰国後もまだやることがあるらしく、帰省した日以外は、まだゆっくりと過ごすことが出来ていない。
そんな中、バイトの休憩時間に大地くんに声をかけられた。
いつもみたいに『どこかに遊びに行こうよ』と、軽く誘われるのかと思っていたら、何か様子が違った。
「圭太くん、ちょっといいかな?」
「ん? なに?」
休憩室に顔を出した大地くんは、俺の前に座り、少し考え込んでから口を開いた。
「来週、クリスマスじゃん? もしよかったら、遊びに行かないかなって思って」
「え……クリスマスに?」
世の中のクリスマスといえば、恋人たちにとって特別な日じゃないか。クリスマスの約束はまだしていないけど、当然俺は泰雅と過ごすつもりだ。
じゃあなんで、大地くんはそんな特別な日に、俺を誘うんだ……?
もしかしたらという思いはあるけど、確信を持てないでいる俺に、大地くんは言葉を続けた。
「クリスマスに、二人きりで過ごせたら嬉しいなって思って」
ああ、やっぱりそういう意味なのか。だからクリスマスって誘ったんだな。
俺は、大地くんの気持ちに気づいて、申し訳ない気持ちになった。
「ごめん、クリスマスは用事があって……」
「ご家族で過ごすのかな? それとも、あの過保護なお兄さんと一緒かな?」
大地くんはあの日迎えにきた泰雅のことを、過保護な幼馴染のお兄さんだと勘違いしたままだ。
プライベートな問題だし、恋人がいると伝えていいのかと悩んだけど、俺は思い切って伝えることにした。
もしそういう意味なら、曖昧な返事はよくないと思ったんだ。
「えっと……ごめん。俺、クリスマスは恋人と過ごすんだ……」
「え……恋人?」
目を見開いて驚いた大地くんは、そのまま言葉を失ってしまった。
大地くんがずっと距離が近いと感じたのは、気の合うバイト仲間だからじゃなかったんだ……。
でも俺には泰雅がいる。わざと隠していたわけじゃないけど、大地くんには申し訳ないことをしてしまった気がする。
意を決して声をかけようとしたタイミングで、大地くんを呼ぶマスターの声がした。
大地くんは、我に返って『はーい』と返事をすると、そのまま一階へと降りていった。
なんとなく気まずいままその日のバイトを終え、まだ営業中の喫茶にしむらを後にした。
寮に帰り、俺は泰雅に相談をしようと電話をかけた。
バイト先での話だから。先にマスターに相談すべきだろうけど、泰雅が先だ。
この前泰雅は、『運命の番』への不安を口にしていた。だからあれから、泰雅を少しでも不安にさせるようなことはしないと心に決めたんだ。
今日はちょうどタイミングがあったらしい。泰雅はすぐ電話に出た。
俺は、大地くんにクリスマスの誘いを受けたこと、個人情報の扱いについて言われてたから悩んだけど、恋人がいるとハッキリ断ったこと、バイト中だったからそれ以上は話せていないことを伝えた。
泰雅は黙って俺の話を聞いた後『マスターにはなんて?』と聞いてきた。
バイト採用時の内容は泰雅も把握しているから、気にかけてくれたんだと思う。
だから俺は、このあと閉店後に、マスターに電話をかけて相談することを伝えた。
◇
次の日、俺はバイトのない日だったけど、大学の講義前に喫茶にしむらに足を運んだ。
昨日マスターに相談したところ、マスターも一緒に三人で話をしようということになったから。
少し緊張しているけど、誤魔化して隠す方がもっと嫌だから、話す場を設けてもらえたのは良かったかもしれない。
「圭太くん、おはよう」
「おはよう」
「おはようございます」
大地くんとマスターは先に席についていた。多分前もって、ある程度話をしてくれたのかもしれない。
俺は、二人の向かいの席に座った。
「昨日圭太くんから相談の電話があったことを、大地に話していたところだよ」
マスターはそう言いながら、隣を見た。それに応えるように大地くんは頷くと、ゆっくりと話し出した。
「俺は、圭太くんに好意を持っていた。恋人がいないと思っていたから、仲良くなれたら良いなと思っていた。だから食事に誘ったりした。けど、なかなかタイミングが合わなかっただろ? だからクリスマスに気持ちを伝えようと思ったんだ。……でも、恋人がいるなんて知らなくて、本当にごめん」
ズキンと胸が痛んだ。
やっぱり俺の思い込みじゃなくて、本当に大地くんは俺のことを思ってくれていたんだ。
けど、どんな言葉を返したらいいのかわからなくて、口を開くことができなかった。
「バイト採用したのがオメガの子だから、アルファを怖がるといけないと思って、大地にも釘を刺しておいたんだ。だから、お互いが気づかなくてもしょうがなかったんだよ。誰も悪くない」
やっぱり、大地くんはアルファだったんだ……。
マスターの言葉で、泰雅が言っていたことが本当だったんだと知った。
「それに圭太くんは、ネックガードをつけて抑制剤も飲んでくれていたからね。大地が『圭太くんには、番はいないんだろう』と誤解したのも無理はないよ」
そうか。俺が『ネックガードもつけるし抑制剤もちゃんと飲む』って泰雅にした約束が、大地くんに誤解させることになってしまったんだ。
「でもまさか、大地くんが圭太に好意を持つとは思ってなくて……。結果的に、大地がアルファであることを隠したようになってしまってごめんね」
黙ってしまった俺たちの間に入って、マスターが言葉をかけてくれた。
色々な条件が重なって、俺たちはお互いに誤解してしまったんだ。
「大地くんの気持ちは嬉しいけど……俺には大切な人がいる。……気持ちに応えられなくてごめん」
「そっか……残念だな。でも、バイト仲間として、引き続き仲良くしてくれると嬉しいな」
大地くんは、初めて会った時はチャラくて軽そうと思ってしまったけど、本当はすごく情に厚いし気遣いのできる人だ。
今だって、どうしていいのか困ってしまっている俺が、これ以上気を揉まないように『バイト仲間として』なんて言葉をかけてくれる。
「俺のほうこそ、なんか勘違いさせちゃってごめん。大地くんはすごくいいやつで、バイトもすごく楽しいんだ。これからもバイト仲間として仲良くしてくれると嬉しい」
「いいやつ……か」
ポツリとつぶやいた大地くんの笑顔は、やっぱりどこか無理しているように思えた。
俺には泰雅しかいないから、大地くんの隣を歩く未来はありえない。だけど大地くんにも、隣で足並みを揃えて歩いて行ける人が見つかりますようにと、願わずにはいられない。
「話はおしまい。さ、開店準備するよ」
マスターは、しんみりしてしまった俺たちの間に割り入って、パンパンと手を叩いた。
「ほら、圭太くんはこれから大学でしょう? 遅刻しないようにね。また明日よろしくね」
「はい、行ってきます」
俺は、まだ晴れない気持ちを抱えたまま、大学へと向かった。
何度も大きなため息をついている俺を見かねて、柊がカラオケに誘ってくれた。そのおかげで、帰る頃にはだいぶ気持ちが軽くなった。
その日の夜、俺は泰雅に今日のことを報告した。




